第87話 延焼(2)
【4】
モン・ドール侯爵領から始まった聖女ジョアンナを顕彰する
どこから資金が出ているのか、行進中の食糧が供給されているのでそれを目当てに参加するものも多数いる。
収穫の始まる農繁期にこんな事に人手を取られるのも痛手だが、武力鎮圧を図って収穫物をふいにする事も出来ず、各領主は消極的な恫喝と威嚇とに終始している。
状況は硬直しているが領主が説得や交渉と言う手段を用いないのは教導派聖教会の性質を反映している。
上位である創造主が定めた為政者が下々の主張を受け入れるという事自体が摂理に反する事なのだ。
施しは上の者が下の者に垂れるものであって、下の者が上の物に要求する事では無いのだ。
「呆けた事をぬかしよる集団が居るそうだな」
ペスカトーレ枢機卿は面倒臭そうにそう言った。
「ええ、なんでも聖女ジョアンナを顕彰するとかと言う建前で傲岸不遜な要求書を掲げて行進しているそうですね」
アントワネット・シェブリ伯爵令嬢は報告と面談の為王都大聖堂に赴いている。
「それもお前の仕込みなのか?」
「いえこの事は予想外の事でした。聖女ジャンヌの名を挙げれば清貧派を叩く口実に出来たものを…聖女ジョアンナとは」
「農民風情が思いつく事でも無いだろう。やはりセイラ・カンボゾーラが首魁か?」
「否定は出来ませんが、やり方がらしく御座いません。搦め手を使うとしても農民が血を流すかもしれない行動をとらせるのは考え難いですね。エマ・シュナイダーは一銭の利益も出ない持ち出しになるような行動はとらないでしょうし」
「ならお前が探らせていたもう一つの組織なのではないのか?」
「多分…その組織に乗っかっている者がおるようですね。あの組織と清貧派を手玉に取って漁夫の利でも企んでいるのでは?」
「なぜそう思う?」
「農村開放要求書はあの組織が立案したものでしょうが、市民開放要求書は作成者が別でしょう。農村開放要求を下敷きにしておりますが、文章がまるで違う。同じ組織なら同じ者が作成するのがどおり、ですから便乗犯では無いかと」
「フム、だがそんな事をする者がおるのか?」
「今探らせている組織ですら目的も首魁も解りません。しかし今回の首魁については推測は出来ますわ」
「申してみよ。その首魁相手に手を貸せる事なら助けてやる」
「元凶はモン・ドール侯爵家でしょう。多分州都ジュラの州都騎士団長では無いかと…」
「現役の軍人だぞ。それも教導派の」
「ええ、モン・ドール侯爵家に恨みを持つ騎士団長で御座いますよ」
「恨み? そうなのか?」
「元は近衛騎士団の中隊長だったのですよ。それが例の機密漏洩事件に巻き込まれて…」
「良い。理由は解った。動機は有りそうだがそれだけでは根拠が薄い。お前の事だ、それ以上の核心が有る理由を持っているのであろう」
「まず口火を切った市民開放要求が読み上げられたのも、聖女ジョアンナの顕彰を求めて農民が目指したのもジュラの街で御座いましょう。もちろん元が同じ組織なら同じ領地で起こるのは必然でしょうが」
「根拠は薄弱だな。どちらも州都騎士団が出動し首謀者を捕縛して斬首しておるぞ」
「ええ、ただどちらも奴らの主張を述べ終わるまで手を出しておりません。もっと言えば教導騎士団が出動し捕縛に踏み切る直前までそこに居りながら手出しをしなかったとの事です。そして名乗り出た首謀者の身を捕縛してそれ以外の者は解散させて処罰しておりません」
「まあジュラの、ペルラン州の事についてはそうだとしても他州に関しては同じ事は言えんぞ。何よりどの行進活動も食料が供給されている。ジュラの州都騎士団にとって他州での行進は意味がなさぬぞ」
「ええ、ここから後の目的がわかりにくいので御座います。少なくともペルラン州のマルヌ州都騎士団長の支援に便乗したものがいるのではないかと思うのです」
「便乗か?」
「或いは唆した物かもしれませんが、マルヌ州都騎士団長単独の犯行でないことは確かでしょう。個人で動くには少々金がかかり過ぎておりますから」
「ならその金を出しているのは誰だと思う?」
「私の推測でしか御座いませんが清貧派の看板を上げ辛い者、潤沢な資金を持つ者、モン・ドール侯爵家をを含めて私達が潰れる事を望む者…」
「王妃か…?」
「多分…」
【5】
「いったい何が? 何が起こっているのでしょう」
ド・ヌール夫人の困惑した声がした。
「ペルラン州での市民開放要求の読み上げは俺たちが考えました。それは御報告した通りです」
「ただ読み上げたあいつは騎士団に捕縛されて斬首されましたが。ただあいつもそれを覚悟で読み上げを行ったのですし、本望だったと」
「愚かです。私はあなた達に命を落とせとは言っておりません。危険では有りますが死ぬ前提での活動は私の本意で無い事は知っているでしょう」
「でも、要求書は最期まで読み上げられて…州都騎士団もその気概を汲んで読み終わるまで手出しをしなかったのだと思います」
「でもあの要求書は? あれもあなた達が作成したものなのですか?」
「俺たちで相談して必要な所をまとめて、文章を調整して…」
「全て自分たちで書き上げたと…?」
「それが、内容には齟齬も無く俺たちの考えた物でしたが、文章は誰かの手が入っていて要求の順番も変えられています」
「そうでしょうね。あの文章は三学の文法学や修辞学のかなりの知識がある人が作った文章でしょう。あなた方の力量で作れる文章では無いわ。それがいつ誰の手で書き換えられたのかは分からないの?」
「はい、あいつは草案を持って嘆願に行くと言って出て行ったきり帰って来なかったんですよ。モン・ドール侯爵家では無いと思いますが、市長なのか役人なのか聖教会の司祭なのか」
「聖教会の司祭は無いでしょうね。あの内容は教導派に棄教を促す様なもの。容認できるわけが無い。市長か役人か…モン・ドール侯爵家に不満を持っている者でしょうけれど…そうなれば該当者が多過ぎてわからない」
「聖女ジャンヌ様では無いのでしょうか? 聖女ジョアンナ様の顕彰
「それは有りませんわ。なにより聖女ジョアンナがそんな顕彰など望むべくも無い事をあの娘は…聖女ジャンヌは解っている筈です。なにより聖女ジャンヌや清貧派の人々が市民を危険に晒す様なこんな行進を後押しするはずは有りません。現にペルラン州では多くの人々が斬首されているでは有りませんか」
「もしやアントワネット様につながるものでは?」
「どうなのでしょう? 私はシェブリ伯爵家の者も信用できないのです」
「しかし、清貧派のジャンヌ様で無いならばそれくらいしか思いつきません」
「無いとは言えませんが、アントワネット様が画策したのなら清貧派を突き崩す為の意図がどこかにあると思って行動してください。今回のこの顕彰行進は何者かの悪意を感じるのですよ。誰かが便乗して利益を得ようと企んでいる様な」
「わかりました。俺たちも心して情報の収集に動きます」
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