第94話 ゴルゴンゾーラ公爵家(2)

【2】

「それでセイラさん、話の続きだ。その新しいカフェで何をしようと考えておるのでしょうか」

 やはり現国王の批判につながるような言動は控えろと言う事なのだろう。

 サレール子爵に促されて私は考えていた構想を伝える事にした。

「はい、アヴァロン州は領都も王都に次ぐ大きな街です。王都にも近く南部、西部の諸州の中心の街です。なによりハスラー商人や東部商人があまり入り込んでいないのが一番の理由で御座います」


 そう南部諸州の中心地であるゴッダードは木綿市が立つため収穫期にはハスラー王国や東部諸州から商人が押し掛ける。同じ南部のレスター州のグレンフォードの街や西部諸州は、同じく亜麻の市が立つ。

 季節により大量に東部やハスラーの人間が入り込んでくる。

 そしてその中には南部西部の貴族家の情報収集のための密偵も多く含まれている。

 特にゴルゴンゾーラ家との繋がりを東部貴族やハスラー貴族が一番に警戒しているのだ。

 何故か? もちろん反国王勢力の旗印となる公爵家に集う勢力となれば当然だろう。そもそもゴルゴンゾーラ公爵の父であった先々代国王は開明家でハウザー王国との融和を図って、ハッスル神聖国の教導派聖教会と対立を深めていた。


 ハウザー王国と国境を挟んで対峙する南部諸州や西部諸州は、融和政策には大賛成で前国王の大きな後ろ盾でもあった。

 そしてその前国王が志半ばで崩御して、保守派の北部や東部の諸州の貴族の後ろ盾を得た王弟であった現在の国王の父がゴリ押しで王位についた。

 ハッスル神聖国やハスラー聖公国の特に現教皇の率いる聖教会の暗躍があった事も間違いない。

 何より先々代国王の急死についても不審な点が多く、誰も口には出さないが皆暗殺を疑っている。


 前国王崩御当時すでに成人し子供までいた現ゴルゴンゾーラ公爵は、国内の混乱を嫌い前国王派の貴族領への絶対不可侵を条件に即位を認めた。

 さらにいきり立ち武力による蜂起を求めた武闘派の貴族に道理を説いて内乱を抑え、ハウザー王国との国交もゴルゴンゾーラ家が引き継ぐこととなった。

 これらの経緯により南部、西部そして公爵家の地盤である北西部の貴族たちはゴルゴンゾーラ公爵の下で一丸となった。

 庶民の間でも絶大な人気を博すことになり、現国王にとって最大の不安要素であることは間違いない。


 その為ゴルゴンゾーラ家を交えた大規模な貴族の集まりは王宮から監視を付けられている。

 北西部諸州は即位時の盟約により王宮の監視が難しい。その為王宮は木綿や亜麻の市にかこつけて南部、西部の諸州に密偵を送り搦め手から情報収集を図っているのである。

 更には王家の紐を突けるべく昨年の聖年式を期に、長女のヨアンナ・ゴルゴンゾーラと第二王子のジョン・ラップランドの婚約が発表された。これも王家がゴルゴンゾーラ家に食い込む口実の一つにしようとしているのであろう。


 王宮は貴族邸や聖教会への監視を強めている。ここ数年は清貧派が教導派を駆逐した聖教会は王国の南西部に非常に多い。

 その為王宮は聖教会に出入りする貴族には特に目を光らせている。その為聖教会内の教導派は余計に庶民や領主貴族に疎んじられ勢力をそがれて逆効果になっているが監視の目が張り巡らされているのは間違いない。

 その網を掻い潜るための方法が私の提案だ。


「私がクオーネで考えているのは貴族様や富裕商人の集まるサロンです。特にご婦人たちが集まってお茶やお菓子を楽しみながら世間話をするのが建前のお店に致します」

「建前か。でっ本音は何とするのだ」

「ご婦人方を通しての情報交換です。王宮の貴族様方は平民やご婦人方にはとても寛容なように存じますので、語らいの場を私どもが提供しようと考えております」


「ほほう面白い試みではあるな。それで俺たち男は如何すればいいのかな。それとも男子禁制なのか」

 ゴルゴンゾーラ卿が笑みを浮かべながら聞いてくる。

「別に男子禁制には致しませんが酒類は出しませんし日中だけの営業です」

「それはつらいなあ。酒が出ないのはつらいなあ」

「わしは別に構わんぞ。ここに出ている料理はどれも美味いからなあ」

 サレール子爵は辛党、レッジャーノ伯爵は甘党と言う事か?


「如何でしょうかお嬢さま、別にリバーシ場を併設するというのは? 個室で周りに邪魔されずゲームに興じるというのは。個室ですし羽目を外さなければお酒の提供も考えて宜しいのでは?」

 あちゃ~、このタイミングでリバーシカフェの飲酒をぶっこんで来たよグリンダは。


「それは良いなあ。個室で一対一で駆け引きをするのは。其方、その案も加味して出店を検討しろ。でっ我が姪は何を希望しておったのだ」

「アバカス教室と清貧派の聖教会への獣人属の帰依の後押しです…多分」

「アバカス教室? なんだそれは」

「ゴッダードではセイラカフェで一般市民を対象に定期的にアバカスの教室を開いておるので御座います。聖教会より教師を派遣して貰い、聖教会の印のついたアバカスを販売するとともに使用方法を教えます。ブリー州では花嫁道具にアバカスを添えるのがチョットした流行になっておりますもので」


 私は二人にアバカス教室を含む聖教会教室の概要を話しゴッダードを含むブリー州とベネディクト伯爵の治めるレスター州の状況を説明する。

 三人とも清貧派に理解のある領主なので興味を持ってくれたようだ。


 最近は算盤も値段を抑えた廉価品の販売を始めている。手のひらサイズの五桁の物なら銀貨二十枚、十桁で銀貨三十枚まで価格を下げている。アバカス教室への喜捨も参加を増やすために銀貨三十枚に下げられているのだ。

 算盤の習得者も増えたため本体だけの購入や算盤持参でアバカス教室だけに来る人も居る。

 アバカス教室では掛け算割り算の習得が出来る。筆算も教えるので、アバカスを持たずに来る者もいる。

 そんな人の為に聖教会が無償で聖珠ロザリオの珠を使った算盤の貸し出しも行っている。まあ教室の授業料は全て聖教会の物になるのだから参加者は多い方が良い。


「ふむ、アバカス教室の趣旨は分かるのですが、花嫁道具にアバカスというのが良く解りませんな」

 サレール子爵は首をかしげている。

「女性は買い物や家計のやりくりに算数が必須です。アバカスを使える女性は家計の遣り繰りが出来る賢い妻になるとの認識が出来つつあるのですよ」

「存外、ブリー州にはクルクワ家のマルゲリータ嬢のような娘が多いようですな」

 そう言ってレッジャーノ伯爵は私を見て笑う。


「あの姪の事だから、其方のメイドカフェも獣人属の娘たちで埋め尽くされてしまうかもしれんな」

「どういう事で御座いましょうか?」

「まあ見ていればわかる」

「私どももそうなればうれしいのです。我が商会はメリージャにも支店がありメイドカフェも好評ですが、希望者を捌き切れません。ハスラー王国とのつながりも深くあちらと行き来の有るゴルゴンゾーラ公爵家が仲立ちになって頂ければあちらとの商売もスムースに進むかもしれません」


「其方はハウザー王国との通商も考えておるのか?」

「もちろん商人で御座いますから。メリージャの市長とは面識は有るのですが、サンペドロ州を取り仕切るサンペドロ辺境伯とも繋がりが欲しいもので御座います」

 ハウザー王国は州全体を一つの領主一族が支配し取り仕切っている。

 メリージャの市長ダルモン伯爵も辺境伯の一族で、辺境伯の居城こそが第一城郭なのだ。


「サンペドロ家を介して商取引が盛んになれば、ブリー州での戦の可能性も下がります。独立心の強いハウザー王国の貴族ですから可能ではないかと考えております」

「それなら尚更其方のメイド長の発案は必要になって来るのではないか? 余人を交えずにボードゲームをするのも一考だと思うぞ」

「それでは夜に、ヨアンナ様と聖教会の方々を交えてアバカス教室のご相談を行いたいので是非よろしくお願い致します」

 ゴルゴンゾーラ卿の意見を加味し、更にはヨアンナの求めるアバカス教室を開く平民用のカフェ迄併設すると何やら巨大な娯楽施設になってしまう。

 一層の事大浴場や演芸ホールでも設けてやろうかな。

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