第95話 サロンdeヨアンナ

【1】

 その夜、セイラカフェの閉店後にヘッケル司祭とアグニア聖導女そしてフィデス修道女見習いがやって来た。

 カフェにはゴルゴンゾーラ公爵令嬢のヨアンナとその叔父のフィリップ・ゴルゴンゾーラ卿。

 そしてレッジャーノ伯爵とサレール子爵、そして父ちゃんとお母様と私。


 後はヨアンナのメイドとグリンダとエマ姉とエド、ライトスミス商会の従業員たちといった顔ぶれだ。

「まあバレてしまったからには仕方ないかしら。なにを隠そう私がゴルゴンゾーラ家の長女であるヨアンナ・ゴルゴンゾーラなのかしら」

 ほぼ隠していなかったと思うのだけれど、そう言う事にしておきましょう。


「これはこれは姫さま、失礼しましたわ。知っておればもっと儲かる取引をご提案できたのですけれど」

「まあ、分かればよいかしら。これからもあなた達次第で取引を考えても良いかしら」

 ヨアンナはエマ姉との実の無い会話を交わしながら、メイド見習のフォアを横にはべらせてコーヒーを啜っている。

 フォアはヨアンナに貰ったアップルパイを無心に食べている。


「あの、ヨアンナ様。余りメイドを甘やかされぬよう…」

「あらグリンダ。こんな小さな子が日が暮れるまで働いたのですもの、これ位のご褒美は良いかしら」

 ヨアンナは紹介もまだなのにグリンダとはえらく気安げに話している。何より名前まで知っているとは、グリンダは一体どこで顔繫ぎをしたのだろう。

「そもそも、春に来た時もウルヴァとか言うメイドを連れていたのに私の所には連れて来なかったのはどういう事なのかしら。ファナはセイラカフェから二人もメイドを入れたと自慢していたわよ」

 ヨアンナはケモ耳幼女にご執心で、筋金入りのケモナーのようだ。


「あのお姫様、恐れ多いのですが本当に甘やかされては癖になります。せっかく人より早くセイラカフェで修行をさせて頂いているのです。フォアもその御恩を自覚すべきです」

 フィデス修道女見習いがヨアンナに気を使いながらも妹のフォアに小言を言う。

「まあそう畏まらなくても良いかしら。私が三人をお呼び立てしたのだから座って先ずお茶を楽しんで欲しいかしら」

「ですが、公爵令嬢様。このようなご馳走は私ども聖職者には過ぎたもので御座います」

「アグニア聖導女は堅過ぎるかしら。こんな時ぐらい楽しめばいいのよ」

「アグニア聖導女、ヨアンナ姫様のお言葉に甘えさせていただきましょう。さあフィディス修道女見習いもお上がりなさい」

「そうよ、こういう時は周りに合わせる事も大切かしら。ヘッケル司祭の言う通りフィディスちゃんも食べてよいのよ」


 テーブルには趣向を凝らしたセイラカフェの料理が並べられている。

 ゴッダードのサンドウィッチにオープンサンド・南蛮漬け・蒸し鶏。

 メリージャのフレンチトースト、パルメザンのトンカツに串揚げ。

 そして今回新開発のビスケットやスコーンなどのソーダブレッド。

 更にはホットケーキや蒸しケーキなど和風の物も試しに作ってみた。


「あなた、セイラとか言ったわね。ファナの自慢の料理レシピも貴女が一枚噛んでいるのかしら」

「噛んでいるというか…、ロックフォール家の料理人にアイディアを送っております。それをファナお嬢様が召し上がって味を調えているとの事で…」

「あのザコとか言う若い料理人かしら。あの男もゴッダード出身と言っていたかしら」

 ウィキンズから聞いた話では、ダドリーは王都ではザコと呼ばれているらしい。

「ザッ…ザコでは無いのですがその男で間違い御座いません」


「私にも一つレシピを寄越しなさい。それに私の名を付けるから。それともレシピは全部教えてしまったのかしら」

 思いついたレシピはダドリーに送って、調理方法や材料を決めて貰っている。多分味見役はファナだろう。

 ダドリーの料理の腕も知識も王都で磨かれて上がっているが、味覚においてはファナの舌は卓越しているそうだ。

 ファナは贅沢を極めた食の知識をベースに、その味覚で的確に素材を見分けてアレンジできる。


「多分ファナ様は全て味見をしていると存じます…」

「それならば、あの食い意地の張った”なのだわ”女に教えていないレシピを今考えるかしら」

 どうもヨアンナはファナに対抗意識を持っている様だが、行き成りムチャぶりをされても困る。

「それならば其方が昼に言っておったアフタヌーンティータイムをヨアンナ飯にでも変更するか。それでどうだヨアンナ。看板にも大きくヨアンナ飯と掲げてやろうか? ワハハハ」


 ゴルゴンゾーラ卿がワイングラスを片手にヨアンナへ憎まれ口をたたきにやって来た。アルコールが入って上機嫌のようだ。

「何かしらその下世話な名前は! それに叔父上、油の付いた手で触らないでいただけるかしら」

 ヨアンナはゴルゴンゾーラ卿の手を邪険に払うと少し思案して続ける。

「でもその案はなかなか良いかしら。アフタヌーンティータイムなんて長すぎるかしら。ヨアンナティータイム…、ヨアンナティー…、ヨアンナティーブレイク…。そうね”ヨアンナブレイク”と名付けるわ。これならファナの鼻を明かせるかしら」


 …ヨアンナ姫様その名前で良いの? 壊れちゃってますよ。

「ヨアンナ姫様。ブレイクはあまり縁起が良く御座いません。ヨアンナ姫様が名を付けたことが重要なのでは御座いませんか? 姫様らしい高貴な呼び名をお付けになられては」

「それなら命名者として、このヨアンナが名前を授けるわ。名称はプリンセスアンドプリンスアフタヌーンティーセレモニーで良いかしら」

 良いかしらって、センスねえ。それに長くなっているし。

「セレモニーは仰々しすぎるのではないでしょうか。それにプリンセスやプリンス以外の方も見えられるので別な呼び名の方が…」

「そうね、なら高貴な私たちでプリンシパルかしら。プリンシパルアフタヌーンティーパーティーでどうかしら」

「午前から営業ですのでアフタヌーンではちょっと…」

「それじゃあプリンシパルティーパーティーよ。これで決まりかしら」

「でもそれでは普通のお茶会の様で…」

「あなたはちょっと文句が多いかしら。ではプリンシパルティータイムで、略してプリティーよ」

 疲れたわ、もうどうでもいいや。

「そうですね。そちらで宜しいのでは」

 略してプリティー。なにか頭の悪そうな名称になったが、ゴルゴンゾーラ家のご機嫌も取れそうなので妥協しよう。


「それで店名もセイラカフェとは一線を画しとうございます。わたくしとしては娘の名前を関係の薄い貴族の方々には知られたくないので御座いますよ」

「おれ…私もセイラはあくまでライトスミス商会の商会主で、貴族様とのかかわりは隠しておくのが得策だと思っています。ライトスミス木工所の代理商会と思われていた方が良い」

 お母様と父ちゃんが口を挟む。

 私が貴族に取り込まれることを嫌う二人は、ラスカル王国の大貴族に関わる交渉はグリンダやエマ姉を使って探りを入れさせて、極力私を表に出さないように気を使っている。

 私も貴族邸のパーティーや夜会には関わらず、顔繫ぎはグリンダやエマ姉を通している。少なくともあと二年聖教会とセイラカフェ以外の活動は株式組合の出資者会議位に留めておこうと思っている。


 だからアヴァロンに出資する新店舗はお母様と同意見だ。

 それにセイラカフェは少しオシャレな平民の店の印象が強い。ゴッダードでもパルメザンでも客はほぼ平民だ。

 店名にセイラやライトスミスを匂わせるのは得策では無い。貴族とそれに類する人々を対象としたサロンなのだから。

 …サロン!?

 そう、サロンだ。カフェじゃ無くサロン・ド・テだよね。


「サロン・ド・ヨアンナと言う店名は如何でしょうか?」

「まあ、それはとても花があって良いかしら。それはとても良い店名だわ」

 こういう時は語尾は疑問形にならないんだね。

 それならばこの店は株式組合にしてゴルゴンゾーラ家に出資をお願いしようかな。

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