閑話16 ウィキンズと王都(6)

 王立学校の生徒は、昼過ぎまで学校で授業を受けて午後の二の鐘から四の鐘までは近衛騎士団の練習場で訓練になる。

 ゴッダードの騎士団の訓練から比べるとぬるいと思うのだが、俺の所属している第四中隊はその中でもゴッダード騎士団に引けを取らない訓練内容だ。


 カマンベール中隊長はエリン騎士団長の後輩らしく、目をかけてくれるのは良いがエリン騎士団長並の技量を要求され俺だけ訓練が厳しいような気がする。

 いやいや、絶対に俺だけ厳しすぎるだろう。

 散々に打ちのめされて汗だくになり練習場の柵を出かける俺にそっと汗拭きの布と水の入ったコップが差し出される。


「お疲れになったでしょう。ウィキンズ様」

「クロエお嬢さま、平民の見習い騎士に様付けは不要です。ご容赦ください」

 俺はコップを受け取りながらそう告げる。

「平民だなんて。私も男爵家の孫娘とはいえ同じようなものですわ。それならば実力で王立学校にご入学されたウィキンズ様の方がずっとご立派ですもの」

 なにかクロエ様の俺に対するリスペクトが半端ない気がする。


 カマンベール男爵家が裕福でない事は知っているが、クロエ様は自己評価が低すぎる気がする。

 座学の成績も優秀だし、実兄は若くして近衛騎士団の中隊長だ。それに目立たないが容姿も美しい。

「そんな事は御座いません。お美しいし成績も優秀ではありませんか」

「まあ、そんな…」

 クロエ様ははにかんで俯いてしまった。


「おい! ウィキンズ・ヴァクーラ騎士見習い! 余力があるならもう一本付けてやるから準備しろ!」

 中隊長が鬼のような形相で俺を睨みつけている。

「お兄様! ウィキンズ様をあまり虐めないで下さいませ」

 勘弁してくれ。その一言がさらに中隊長に火をつけるのだけれど。

「はい。もう一本宜しくお願い致します!」

 俺はコップと汗拭きをクロエ様に返して練習場に戻る。

 心配そうに汗拭きを抱きしめて俺を見つめるクロエ様の様子を一瞥した中隊長の瞳に更に炎が灯る様な気がした。


 ◇◆◇


 今年の春に王立予科に挨拶に行った後巻き込まれた訓練騒ぎ…というかほぼケンカでルカ・カマンベール中隊長に気に入られ、そのまま第四中隊に配属になった。

 多分第七中隊のマルカム・ライオルを痛めつけたため、奴らに狙われている俺を保護する目的も有るのだろう。


 特に第七中隊の中隊長は血統至上主義の宮廷貴族出身で侯爵家の五男だそうだ。

 俺が絞め落としたマルカムも北部貴族のライオル伯爵家の次男だそうで気位の高い男だったらしい。

 それが仲間の前で絞め落とされて失禁する失態を晒したのだ。本人からはたいそう恨まれている様で、つくづく頭が痛い事だ。


 俺は第七中隊全員から狙われていると、あの時同じ練習場に居たアントン・エンゲルスと言う第五中隊の騎士が教えてくれた。

 俺は本来ブリー州を含む南部諸州の貴族が多い第五中隊に配属される予定だったらしいのだが、あの事件のことも有ってカマンベール中隊長が半ば強引に第四中隊に引き取ってくれたらしい。


 第四中隊は実力主義的な中隊で地方騎士団出身の下級貴族や平民が多い中隊で、厳しいが居心地は良い。

 一番の下っ端で訓練は厳しいが、エリン騎士団長に拾われてボウマン副団長の従者になった頃のようになんだか懐かしい。

 中隊長には感謝してはいるのだが、こと妹の事になるといささか見境が無くなるのは勘弁してほしい。

 クロエ様が俺を庇うほど俺に対する当たりが強くなる。

 そもそも中隊長が俺に妹に目を配ってくれと頼んだのではないのか。感謝も尊敬もしているがこの一点に関しては理不尽だと感じている。


 ◇◇◆


 秋に成って王都に着任して直ぐに近衛騎士団に着任報告と辞令を受けて取りに行った時に配属先を告げられた。

 その時に中隊長から直々に王立学校では妹のクロエ様に悪い虫が付かないかよく気を付けておいてくれと告げられた。


 だから王立学校の平民寮に入って関係貴族へのあいさつ回りの一番初めにクロエ様を入れたのだ。

 本来地元の上位貴族からとなるのだけれど、直属の上司の家族ならそこも考慮されるだろうし、侯爵家や伯爵家の関係者とは身分差があり過ぎるので逆にトラブルも起きにくいことも有る。


 クロエ様は俺が一番に挨拶に赴いたことにとても驚いた様であった。

 今回もカミユ・カンタル子爵令嬢と共にお茶を飲んでいたが、俺の出現に頬を染めて目を見開いていた。

「お久しぶりで御座います。この度兄上のルカ・カマンベール中隊長の下に配属されましたのでご挨拶に上がりました」

「まあ…まあ、お久しぶりですね。この度同級生となるクロエ・カマンベールです」

 クロエ様の名乗りを受けておれも名乗りを上げる。

「入学のご挨拶に伺いました。ウィキンズ・ヴァクーラ近衛騎士見習いで御座います」


 カミユ様はクロエ様の顔をチラ見すると、肘で二・三度クロエ様を突っついてニマニマと笑った。

 クロエ様はなぜか俯いて真っ赤になっている。

「お久しぶりですね、ヴァクーラ様。カミユ・カンタルです。あの時のお約束はお忘れではありませんよね」

「ご無沙汰しております。ウィキンズ・ヴァクーラ近衛騎士見習いで御座います。もちろんお二人を近衛騎士として盾となってお守りするという約束は違える事は御座いません」


「ヴァクーラ様。あの後大変な事件があったとか伺いましたよ。クロエからあなたの武勇伝を何度も聞かされておりますの」

 カミユ様の言葉にクロエ様は慌てて両手を振るとアタフタと言い訳めいたことを口にする。

「いえ、私も兄上からお聞きしたことをお話ししただけで…でもご立派です。とても勇気がある方だと…」

 そう言うとまたうつむいてしまう。


「もう、クロエったら。でもあのいけ好かないマルカム・ライオルを絞め殺したのでしょう。私は気分がすっきりしたわ。クロエだってライオル伯爵からはお爺様やお父様も色々と嫌がらせを受けているのでしょう」


いつの間にか俺は、殺人者扱いだよ。

いえいえ、さすがに殺していたらここには居られませんから。

「いえ、だって。領境を接しておりますから色々と軋轢は有りますが…」

「もう、この娘は煮え切らないんだから。ヴァクーラ様、ライオル伯爵家は本当にいろいろと問題の多い貴族なのですよ。宮廷魔導士で近衛騎士団にも顔が利く事で権力をかさにかなりあくどい事でも平気でする一族なのです。一学年上にマルカム・ライオルが居るのです。ですから本当にクロエをよろしくお願い致しますわ」


 さすがにコレは俺が蒔いた種だ。クロエ様にまで面倒事が及んでしまうとは浅はかだった。

 一時の感情でやり過ぎたと今頃になって反省しても遅いのだが、ダメージ無しに撒ける方法あっただろうし、絞め落とさなくても事を納められただろう。

 全部後の祭りだが。

「自分の浅はかな行為でクロエ様にまでご迷惑をおかけいたしました。謝罪させていただきます。必ずやカミユ様とのお約束は近衛騎士の誇りにかけて守ります」

「そんな、迷惑だなんて…。ご立派な行いです…。お顔を上げてくださいまし」

「ウフフフフ、あの時の約束がいつの間にか私の方が添え物になってしまいましたわね。ではクロエ共々宜しくお願いするわ」


 それからは俺もクロエ様の周りを警戒するようにして、レオナルドやウォーレン達にも協力をお願いした。

 二人から聞くマルカム・ライオルやライオル伯爵の評判は酷いものだった。

 いつも数人の取り巻きを連れて、平民の学生には直ぐに手を上げるという。

 実技の授業はそこそこらしいが他はまるでダメで、平民の学生に変わりを命じて授業もろくに出ていないらしい。

 伯爵領でも税率が高く住民は搾取されていると噂まで聞いた。


 その為も有って、クロエ様やカミユ様と一緒に行動する機会も多くなった。

 特にクロエ様は時折近衛騎士団の訓練場に中隊長を訪ねて来るようになり、面白くも無い俺の訓練を嬉しそうに見ている事もたびたびである。

 兄を慕っている良い兄妹だと思うのだが、そういう時は中隊長は機嫌の悪そうな顔をする。

 そう言う日は必ず俺がクロエ様を貴族寮の入り口まで送り届ける事になる。その頃になると中隊長の機嫌がさらに悪くなるのだ。

 これがお嬢が言っていたツンデレとか言うやつなのだろうか。

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