閑話17 グリンダのお嬢様(3)

 グリンダは地方の材木商の娘だった。

 そこそこ裕福だったので洗礼式の後は自宅で読み書きや算術の手習いを受けて聖年式の年を迎えた。

 両親の勧めも有ってゴッダードのライトスミス木工所にメイド見習いとして入る事になった。

 何でも奥方は元男爵令嬢でゴーダー子爵家の血を引く方だと聞かされた。その木工所のメイド長は子爵家の古参のメイドだそうで、しっかり修行すれば成人後には貴族のメイドに雇われることも有ると言われた。


 上昇志向の強かったグリンダはその言葉でライトスミス木工所を行儀見習い先と決めた。

 来てみるとメイド長のアンは、ライトスミス家の陰の権力者で家内の全てを牛耳っていた家宰であった。

 この人の様になろう! グリンダの初めての目標がこの時決まった。だからどんな指導も指示も一生懸命務めていたのに。


 

 なのに勤め始めて三月ほどでアンの下から令嬢のセイラの担当に替えられた。

 セイラお嬢様は気ままで、いつも裏の材木置き場に近所の子供達を大勢集めた何かしている少し変わり者のお嬢さんだった。

 希望と違う仕事で少し落ち込んだのだが、このお嬢さんといると楽しかった。

 始めはお嬢様と一緒に来ている子供たちに字や数字を教えていたが、いつの間にかお嬢様に教えて貰うようになっていた。


 そう、読み書きや算術以上の物を。

 文章の書き方や帳簿の付け方、商いの方法。

 いつの間にか子供のお遊びだったチョーク作りはお金儲けの手段になり、いつの間にか木工場の儲けの一部を担うほどに成っていた。

 それも街の子供達を雇って、賃金まで払っている。たかだか洗礼式が終わったばかりの幼女がである。


 この時グリンダの将来は決まった。

 このお嬢さまをこの国のトップに押し上げる事。そしてセイラお嬢様のメイド長兼家宰としてすべての権力を握る事だと。

 そしてその目標は達成されつつある。


 十歳の時に始めたマヨネーズ作りはその後すぐに、子供達を巻き込んだ事業として成立してしまった。

 今では南部諸州ではどこにでも、マヨネーズがあればマヨネーズ売りがいると言うくらいに浸透している。

 そして聖教会に深く根を下ろし清貧派の陰の実力者として聖教会教室や工房を実質運営してその販売の独占権迄握っている。


 そしてたかだか十二歳で立ち上げたライトスミス商会は、わずか二年でラスカル王国の南部・西部を代表する一大商会に成りあがり、ハウザー王国の国境沿いメリージャの街やサンペドロ州やラスカル王国の北西部迄含む範囲を商圏に広げようとしている。

 王国内でも有数の商会に成りあがりつつある。

 その上、謎の商会主セイラ・ライトスミスの名も国中に広まりつつあるのだ。


 そして今グリンダはライトスミス商会の有能な家宰として有力貴族の間で囁かれる影の実力者と目されている。

 ライトスミス家の旦那様と奥様の意向は、セイラお嬢様が貴族に取り込まれないようにする事。

 貴族にかかわって貴族政治の駒として扱われることを防ぐこと最大の使命。

 その為にグリンダは今日も貴族の間を暗躍する。貴族の駒にならない為に、セイラお嬢様が貴族を駒として使えるように。

 お嬢様の仕事を円滑に進める為に根回しを重ねて、強欲さエマ陰謀エドを駆使して商売を進めてゆく。


 ◇◆


「シュトレーゼ伯爵様。はじめてお目にかかります。ライトスミス商会のグリンダと申します」

「ああ、いろいろと噂は聞いておるよ。なかなかのやり手のようだなあ。ライトスミス商会の強欲なメイドとは其方の事であろう」

「それは強欲で守銭奴な経理のエマの事とお間違えなのでは御座いませんか。私は貴族の皆様方とは商談にあずかっていますがとても良い関係を保っております」


「まあよいわ。それで噂のライトスミス商会の家宰が私に何の商談なのだ?」

 シュトレーゼ伯爵は欲深そうな面持ちで期待を込めた眼差しを向ける。

「商談では御座いませんが、伯爵さまのお耳に入れておいた方が良いのではと思う事が御座いましたのでお訪ね致しました」

 グリンダの答えにシュトレーゼ伯爵は急に興味を失ってしまったようだ。

「ふーん、それでその話とはなんだ? 私に利のある事なのか」

「利の有ると申しますより、不利にならない様にと思いましてまかり越しました」


「不利? いったいどういう事だ!」

「パルミジャーノのリコッタ伯爵の件は御存じでしょうか? 宮廷貴族の方々から投資を募って紡績組合を立ち上げました事を」

「話は聞いておる。宮廷魔導士のライオル伯爵と近衛騎士団長のストロガノフ子爵が張り合っておったようだが、結局痛み分けで半分ずつの投資になってしまったとか聞いておるが」


「その件。伯爵さまはいかがお思いでいらっしゃいますか?」

「そうだなあ。まあ私が出向けばストロガノフ子爵ごときに後れを取る事も無かったろう。全ての投資金額を宮廷魔導士たちで占める事が出来たと思うが」

「それでは、その後ライオル伯爵が近衛騎士の持っている株をすべて手に入れたことは御存じないのですね」

「なんと! それはまことか? 寡聞にもそれは聞いておらんな。ライオルめ中々やりおる」

 そう言うシュトレーゼ伯爵の顔は自分に隠れて利益を得ようとしたライオル伯爵に対する怒りが現れていた。


「本日お耳にお入れしたい事は、その続きなので御座います」

「まだあるのか?」

「どうもライオル伯爵は近衛騎士団のストロガノフ子爵に謀られた様なので御座います」

「どういう事だ?」

「ライオル伯爵はストロガノフ子爵の側近で切れ者のブラン男爵を通じて、金貨十二枚の投資で買った株券を一割増の金貨十三枚と銀貨二十枚で購入致しました。この夏の亜麻の収穫高や紡糸の値上りのお陰で収益は上がり配当は元本の二割を上回ると踏んだからです」


「実際にこの度の紡糸の価格は非常な値上がりをしているぞ。レッジャーノ伯爵の所領では値崩れした亜麻の繊維をハスラー商人から買い叩いて紡糸にしていると聞くが…」

「ええ、その様でございます。リコッタ伯爵領でも真面に経営がされておればその二割の配当も間違えなかったでしょうが…」


「リコッタ伯爵が愚かな事を仕出かしたのだな。いったい何を…」

「紡績組合の収入に手を付けているようで御座います。それもこの夏の収入を担保に己の贅沢の為に…」

「クックック。ライオルめ欲をかくからそのような目に遭うのだ。これで少しは懲りたであろうよ」


「しかしそれに付き合わされたコネリー子爵様はお気の毒です。それにこの結果を機会にしてストロガノフ子爵はリコッタ領への介入を考えておられるようです。これまでもクルクワ領にも介入してリコッタ家とクルクワ家の婚姻を画策して影響力を強め様としておられますし」

「ライオルもリコッタも宮廷魔導士と近衛騎士のどちらにも色目を使っておるが、そのうちどうにかせねばと考えておるのだが…」


「リコッタ伯爵の弟が婿に入ったクルクワ男爵は、元近衛騎士ですが近衛騎士団には恨みがあるようです」

「どういう事だ。何が言いたい」

「特に何も。ただリコッタ伯爵はあの領にもパルミジャーノ州にも、もちろん我がライトスミス商会の係わる株式組合にも害しかありません。我がライトスミス商会としては排除できるならばどなたが協力者でも構わないと言う事で御座います」


 シュトレーゼ伯爵は眉根を寄せてグリンダを睨みつける。

「其方、それと同じ事をストロガノフにも申しておるのではないのか?」

「さあ、それは如何でしょうか?」

「この私とあの不調法者を天秤にかけるとは良い度胸だな。リコッタ領の出資者会議には私も出席する。案内を寄越せ、分かったな」


「本来株式保有者しか発言権は御座いませんが案内はお出しいたしましょう。もし発言権が入用ならコネリー子爵から一株でも買われては如何です? それに今ならライオル伯爵様はコネリー子爵様の株も買い上げるかも知れませんね」

「小賢しいメイド風情が! まあ今回は良い情報を貰った事だけは感謝しておこう」

「御気に障りましたら平民風情の戯言とお聞き流し下さいませ。それでは失礼致します」

 去って行くグリンダの背中に向かってシュトレーゼ伯爵は吐き出すように告げる。

「お前は強欲で守銭奴でメイドだな!」

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