第96話 アバカス教室
【1】
「ただ、サロン・ド・ヨアンナでのアバカス教室は似つかわしくないと思うのです。やはり別の場所にセイラカフェを開店してそこを拠点にアバカス教室開きたいですね」
「そうだな。貴賓が集うサロンに清貧派の聖職者が関わるのは宮廷の眼を引く事になる。ただ俺としては平民に気を配っているというアピールもしたいのだがな」
ゴルゴンゾーラ卿は、少し思案顔でそう呟いた。
「それにゴルゴンゾーラ卿が仰ったリバーシカフェもやはりサロンにはそぐわないと思いますが···」
「そうか? 大人の社交場としてだなぁ···こう···」
「そうですなぁ。軽く一杯飲みながらゲームに興じるのもまた一興ではありませんか」
「ならばこの後、一勝負如何かな? パルミジャーノでも人気でな、最近ははまっておるのじゃ」
「それは、良いな。ルールは簡単そうだ。俺が一勝負相手しよう」「ライトスミス商会が仕入れた良いマデラ酒も有りますぞ。ハウザー王国から娘が見つけて来ましてな」
「でかしたぞオスカー。ハウザー王国のマデラ酒やシェリー酒は良いものが多いからな。負けたものはマデラ酒を一杯奢りだからな」
男四人はこう言う話題になると話が脱線してしまう。
「社交場で射幸心を煽るゲームをさせろと、その上酒も出せと仰っるのでしょうか! それも聖職者の目の前で」
お母様が少し声を荒げて四人に告げる。
「すまぬ。少しはしゃぎ過ぎたようだな」
(俺)としては同じおっさんとしてその気持も判らないでは無いんだがね。
「そうよ。姪としても恥ずかしい限りだわ。私の名に泥を塗る気なのかしら」
ヨアンナは自分が置いてきぼりを食らって憤懣やるかたない様子である。
「姫様。それは言い過ぎで御座いましょう。皆様には今日の打ち合わせが終わりましたら輸入したハウザー酒の利き酒をお願い致しますからこれ以上の飲酒はお控えくださいませ」
「相分かった。セイラ殿は話が分かる」
「俺も良い娘を持ったと思ってるぜ」
「父ちゃんはお客様じゃないんだから、そこは控えて貰うよ」
「セイラ~」
「あなた、セイラの言う通りですわよ」
「やはり婚姻は暫く控えた方が良いな…」
情けない声を上げる父ちゃんを横目に見てゴルゴンゾーラ卿がボソリと言った。
【2】
「私の領内に住まう獣人属は他領に比べて特に多いのよ。お爺様の頃からのハウザーとの交流で移民や商人も多く入って来るからなのかしら。でも聖教会教室にも工房にも来ないかしら」
「それは何故なのでしょう? ブリー州でもレスター州でも獣人属の信徒は増えていますし、ゴッダードの聖教会などは教室に通う半数近くが獣人属ですが」
私の問いにアグニア聖導女が答える。
「レスター州ではジャンヌ様が領内の獣人属のスラムを回って治癒を施したり面倒を見ておられますので、それを慕って獣人属の子弟が工房にやって来るようになりました。でも始めのうちは人属を警戒してなかなか浸透しませんでしたよ」
それに続てフィデス修道女見習いも答える。
「ゴッダードではセイラお嬢様が工房を始められて時に既にアドルフィーナやリオニーが居りましたし、今ではセイラカフェのメイドに憧れた女子達が競って教室に通っています」
「そうですよぅセイラ様。パルミジャーノ州でもリオニーに憧れた獣人属の子が沢山聖教会教室に通い始めたって聞いてますぅ」
この間までパルメザンに手伝いに行っていたナデテが話に加わってきた。
「多分獣人属の子供たちは切っ掛けが無いと聖教会には来れないのよ。だから警戒を解く切っ掛けが必要なのでは無いかしら」
「それがセイラカフェのメイド達ですか?」
「そうでは無いの。私の考えは、あなたとは少し違うかしら」
「聖教会教室や工房で指導する聖職者が獣人属ならみんなやって来るのでは無いかしら。それにアバカス教室でも獣人属の講師が居ればさらに良いかしら」
それはそうだ。さすがケモナー、良いところに目を付けた。
「だから、フィデスちゃんはクオーネの聖教会に来るのが良いかしら。それにクオーネに開店するセイラカフェにフォアちゃんも来れば姉妹で離ればなれにならずに良いかしら」
それが本音だろうこのロリコンケモナー娘め。しかし名案ではあるので即採用!
「如何でしょう、ヘッケル司祭様。フィデス修道女見習いをアヴァロンに派遣するのは難しいでしょうか」
「フィディスだけを向かわせるのは無理ですが、指導員のイネス修道女と一緒ならあるいは…。これは一度イネスを交えて相談が必要ですねアグニア聖導女」
「はい、でもイネス修道女も同意するでしょう。大きな使命でもありますしジャンヌ様もお喜びになるでしょうし」
「ハウザー王国の聖教会から修道士を派遣して頂くことは可能でしょうか?」
「それは…不可能ではありませんが、セイラ様は何かお心当たりでも?」
「算術に…算術に長けた獣人属の聖職者がハウザー王国には居るのです。ハウザー王国で説得が出来れば入国させようかと…。もしそれが出来れば受け入れは可能でしょうか?」
「何かお心当たりがあるようですね。ただ動かれる前に聖教会にご一報を、そして聖教会から聖職者を付けますので必ずご同行させていただきます。これだけはお約束ください」
「セイラ、その時は俺も必ず同行するからな。国境を超える時は必ず俺と一緒に居ろ。お前の思惑にどうこうは言わねえが、お前らだけで行くことは許さねえ」
「父ちゃん、過保護が過ぎるよ」
気持ちは判らないでもないが、父ちゃんも工房の仕事で忙しい身だ。経営に支障をきたすのは忍びない。
「セイラ、あなたは自分の事を過小評価しがちです。あなたが思う以上にセイラ・ライトスミスの名は大きくなっているのですよ。お父様の言う事を聞けないならわたくしも許しません」
お母様に言われると反論できない。
「はい判りました。そのように致します」
「それなら我が領からも一人つけてやる。貴族関係の人脈に明るい奴をな」
ゴルゴンゾーラ卿がにやりと不敵に笑う。
「その代わり、ライトスミス商会からハウザーの酒を俺の領にも優先的に回せよ」
「セイラ、別に叔父上の仰ることは考慮したくても良いかしら。でもそうと決まればもう少しお話を詰めるべきなのではないかしら」
ヨアンナが先を促す。
「聖職者の移動が可能ならメイドの移動はもっと簡単なのではないかしら。ハウザーのメイドをアヴァロンのカフェやサロンに連れて来ることも検討すべきかしら。エミリー、あなたはどう思う?」
ヨアンナのメイド頭のエミリーが答える。
「少なくとも此処のメイド達の技量なら当家のメイド見習い並みの物を持っていると思います。身分の保証があるなら当家で雇い入れても恥ずかしくは御座いませんし、しっかり仕上げられるだけの根性も有りそうで御座いますね」
「それならば行きたいわね。向こうで誰かスカウトしたいかしら」
「姫様、それは少々難しいかと···」
「そう言う事だ。ヨアンナ、貴族の娘が早々簡単に国境は越えられない。諦めろ」
「そっそれならばエミリー、誰かメイドをスカウトできるものを一人つけなさい。クオーネの私のサロンで働けるよう恥ずかしくないように仕込んで連れて帰って来るかしら」
「わかりました。姫様のサロンで勤め上げられる様にしっかり教育できるものを派遣いたしましょう。行く行くは貴族のお屋敷に召されるほどに…フッ」
エミリーはヨアンナの指示に答えるとグリンダを見て笑いを漏らした。
「そうで御座いますねぇ。セイラお嬢様の聖教会教室に通うものは、|お嬢様のカフェのメイドに憧れてたくさん入って来るでしょうし、カフェで働くメイド達も行く行くはセイラお嬢様のサロンで働くことを目指して精進するでしょう。セイラお嬢様のお力でもう貴族家のメイドに上がっている者も多く居りますから、ゴルゴンゾーラ家の皆様も旅行気分で旅立てるというものですわ」
グリンダ、あなたも一々対抗しなくても良いから。
メイド達が険悪な空気になりながらも私たちの出店計画は動き出したのである。
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