第97話 アヴァロン商事組合(1)
【1】
クオーネの街のセイラカフェはゴルゴンゾーラ城下の中心地に作られる事になった。
クオーネは街の聖教会と市庁舎隣り合っていた。しかし国王の交代後手狭になった市庁舎が移転し、市庁舎前の広場跡地に教室と工房が作られていた。
その旧市庁舎の建物の一階と二階をサロン・ド・ヨアンナに改装する。そして三階にライトスミス商会の事務所がひっそりと入る。
そして旧市庁舎の集会場跡がセイラカフェとアバカス教室の予定地になった。
もちろん建物はゴルゴンゾーラ家の所有である。
運営組織として新たな株式組合が発足された。ゴルゴンゾーラ家とライトスミス商会が株式の1/3づつを残りの1/3をアヴァロン州の領主貴族から融資を募った。
セイラカフェの二階にアヴァロン商事株式組合の事務所が大きな看板を掲げてる。
これはアバカス教室とセイラカフェに公爵家の威光を示したいというヨアンナの思惑からこうなった。
ただしサロンもカフェもライトスミス木工場の商品展示場も兼ねている。ヨアンナのデザインを知らしめす為と言えば大喜びで了承してくれた。姫様…チョロい。
そして問題はリバーシカフェである。
聖教会としては賭け事を黙認する事は出来ない。製造の権利は聖教会が握っているのだから逆らう事は出来ない。
サロン・ド・ヨアンナの三階、ライトスミス商会の入る階に会員制で部屋を提供する事になった。
会員とその紹介があった者だけが入室出来て一般人はお断り。監視はゴルゴンゾーラ家が行い、すべてのトラブルはゴルゴンゾーラ家の責任とする。
大筋の契約は終わりサロンとカフェの運営方針は決まった。
しかし本題はここからだ。
アヴァロン商事株式組合の業務方針についてだ。
もちろんサロンやカフェの経営は当然なのだが、それだけで投資分の回収など到底無理な話だ。
経営の最終目的はハウザー王国との通商である。サロンやカフェを通してハウザー国民の往来を増やす事を第一弾として、南部、西部、西北部の諸州から集まる領主貴族との商取引の仲介を行う事を目的としている。
ラスカル王国内の通商はもとより、ハウザー王国やさらに南方の国との通商を目的とした商事会社を設立し利ザヤを稼ぐことを目論んでいるのだ。
ハスラー聖公国に牛耳られているラスカル王国内の通商を取り返す事を目的にしている。
代表はゴルゴンゾーラ卿が副代表にヨアンナ・ゴルゴンゾーラ姫とお母様の名を借りてレイラ・カマンベール・ライトスミスで登記する。出来るだけ平民のニオイを消すためだ。
経営陣の筆頭にエマ姉を入れて、ライトスミス商会の関係者で大半を占める。
サレール子爵は経営陣として名を連ねる方向で話が進んでいるのだが、表向きはゴルゴンゾーラ家の組合でその実態はライトスミス商会の経営となる。
私を貴族の前に出したくない父ちゃんとお母様の意向と貴族家を牛耳りたいゴルゴンゾーラ家の意向が合致した結果だ。
株式組合の経営では一日の長があるレッジャーノ伯爵に相談して、サレール子爵家から幾人か研修に派遣して貰えるように話が付いた。
またアヴァロン州での亜麻の紡績は投資額に対して採算性が低い事からアヴァロン商事が一括して集積し、パルミジャーノ紡績組合に依頼すると言う組合同士の初契約を結ぶ事に成った。
その為も有ってゴルゴンゾーラ卿は冬にはゴルゴンゾーラ家の家令や執事たちを集めてパルメザンに向かうらしい。
年明けにはアヴァロン州の貴族を集めて出資者会議を開くことを決めたようだ。
それまでにしっかりと株式組合の仕組みを学習するようだ。
【2】
アヴァロン州のクオーネまではゴッダードから二日の距離だ。
ヨアンナと共にイネス修道女とフィデス修道女見習いが同行している。
パルミジャーノ紡績株式組合からはリカルド氏が直接赴く事になりエマが同行している。
エマは暫くは向こうに留まって商会の立ち上げも行う。
クオーネの聖教会聖堂はゴッダードの聖教会や聖女ジャンヌ様の住むグレンフォードの聖堂よりさらに大きな建造物であった。
人口も王都に次いで多い大都市である。聖教会教室は聖堂の前に平屋の工房と隣り合って広い講堂が建てられていた。
しかしその広い工房と教室は半分ほどしか埋まっていない。
一昨年クオーネに赴任してきた大司祭シシーリア・パーセル女史は、ヨアンナと同じ事をエマ達に告げた。
獣人属が集まらないというのだ。
もともと清貧派の信徒が大半を占めていたアヴァロン州に、現国王が即位後ハッスル神聖国の後押しで強引に教導派の大司祭を捻じ込んできたそうだ。
その為ここ十年ほどの間、獣人属は聖教会から追いやられ清貧派の信徒だった者も破門させられたのだ。
そんなアヴァロン州の末端の村々の聖教会を聖女ジャンヌがこまめに回って、村人たちを病から救って信頼を得て来た。
州内の村の衛生状態の改善や手洗いとうがいの奨励、消石灰やアルコールを使用した消毒の普及。
大豆の輪作の奨励やクローバーやレンゲを畑に植えて、家畜のエサにし後に畑にすき込んで肥料にする方法を指導してきた。
その結果収穫は上がり農家はおろか、領主貴族からの聖女ジャンヌに対する信頼や支持も絶大なものになった。
教導派の聖教会もその勢いに抗えず、アヴァロン州の大司祭も清貧派のパーセル大司祭が着任する事に成った。
しかし獣人属の心に教導派時代の残滓は強く残り、今でもあまり聖教会に寄り付かない。
パーセル大司祭はため息をついて、エマたちに告げた。
それから、フィデス修道女見習いに目を転じると相好を崩して微笑みかける。
「この地の獣人属の信徒たちは教導派の前大司祭の時に大変な目に合わされたのですよ。私たち清貧派の聖職者も全てを守り切れるわけではありませんでしたから。獣人属は聖堂内に立ち入る事を禁止され、もし違えると教導騎士に暴行を受ける事もしばしばでした。それが今こうして獣人属の修道女見習いを迎える事が出来てこれほどうれしい事は御座いません」
そう告げるとフィデスを抱きしめた。
「あなたのこれからは、この国に住まう獣人属信徒の行く末に光を与えるのですよ。あなたの勇気を誇りなさい。この国で初めて清貧派の聖職者になった事を」
フィディスは困惑しながらも小さく”はい”と答えた。
「ですからイネス修道士についてしっかり学びなさい。そしてイネス修道士はフィディス修道士見習いを光にするのも潰えさせてしまうのも其方次第だと言う事を心得て正しく導いてあげなさい。これから先イネス修道女は永遠にフィディス修道女見習いの師と呼ばれるのですから」
そう言われてイネスは火照らせた顔を引き締めて大きく”はい”と答えた。
「それで大司祭様。この街で獣人属はどんな仕事をしてる人が多いのですか? 私も仕事を通して聖教会教室と工房に人を集めたいのですわ」
エマの言葉を聞いて、一緒にいた聖導女が答えた。
「あなたはライトスミス商会の方ですか? 私は今聖教会教室で講師をしております。ジャンヌ様もそうですが、私は市井の聖女セイラ様も尊敬申し上げております。以前一度お会いしたジャンヌ様からもセイラ様が作られた工房と教室は貧しい平民にこれから先、生き続ける糧を与えてくれる素晴らしい物だから心して守り抜くようにと命を受けております」
「良く解っていらっしゃるわ。セイラ様はそれは可憐で奥ゆかしい人なのであまり表には出ないのだけれど、幼い頃から貧しい子供たちが不幸になる事に心を痛めていたのですわ。それで私や今の商会の家令のグリンダがお手伝いして子供たちが働ける場所を増やしているのですわ」
エマとしては本人とかけ離れた偶像が独り歩きしている現状を最大限に利用するつもりであった。
何しろセイラ・ライトスミスの名前だけで儲けになるのだから。
「この街の獣人属は運送業や建築業に携わっている者が多ございますが…」
狙い目はその辺りかな。聖教会と公爵家の後ろ盾がある上にケモナーでお調子者っぽいヨアンナを引っ張りこむことも出来そうだ。
先ずは商会の下地作りから始めようかと舌なめずりをした。
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