第85話 飛び火(2)
【3】
急な襲撃に群衆は蜘蛛の子を散らすように逃げ始めたが、一部の市民は重装備の騎士にしがみつき群衆を逃がす盾になろうとする者もいた。。
四散する群衆の中から投石を始めるものが現れ、突出していた一部の教導騎士は市民になぎ倒されて殴打されたものもいた。
現場は混乱状態に陥り、重装備の教導騎士団は裸足で駆け回る市民たちを捕らえる事ができず、あちこちでなぎ倒されている。
重装鎧は一度倒れると簡単に起き上がる事すらできないのだ。
そんな中、教導騎士団があらかた嬲られた頃合いで、どこからともなく州都騎士団が軽装備で捕縛用の武具を持って現れた。
そして暴徒と教導騎士団の間に割って入ると、これ以上の教導騎士への暴力は容認せず直ちに鎮圧すると宣言した。
捕縛用の棍棒や刺股や杖などの長物を構えた州都騎士団を群衆は遠巻きにして囲んだ。
州都騎士団の隊長と思しき武官が歩み出ると群衆に向かい、”首謀者が名乗り出ればその捕縛だけで事を収める”と宣言した。
固唾をのんで見守る群衆の中から六人の男たちがあちらこちらから名乗りを上げた。
彼らは大人しく州都騎士団に捕縛され、捕縄で縛られるとその頭には目だけ穴が開いた頭陀袋が被せられた。
犯罪者として顔を晒させないための州都騎士団の恩情だと群衆は理解し、彼らは連行される。
中にはいきり立って罵声を浴びせる者もいた。
それに向かい州都騎士団の隊長は大声を張り上げて威圧する。
「愚か者が! こ奴らは貴様らの命を助けるためにこの首を差し出したのだ! それを己が命を差し出す勇気すらない貴様らが無駄にするつもりか!」
その一言で騒めいていた群衆は一瞬にして静まり返った。
静まり返った群衆の中からすすり泣きの声が聞こえる。
また聖女ジャンヌの聖霊歌が、”青空”の歌声が響きだすが、今度はとても穏やかにゆっくりと響いて行った。
群衆の中には首を垂れて祈るものが多数現れ、州庁舎の州都騎士団へ向かう道に花を撒く女性も現れた。
翌日には六つの首が州庁舎脇の晒し台の上に並べられた。
いつの間にか晒し台やその周辺には花が手向けられて蠟燭が灯されていた。
そしてその蝋燭は途切れることなく次々と灯し続けられたのである。
六人の所在も名前すらもわからない男たち首は”ジュラの六聖人”と言う名がつけられて北部諸州に異様な速さで話が伝わって行った。
【4】
そして時は少しさかのぼる。
モン・ドール侯爵のお膝元、ペルラン州の州都ジュラの州都騎士団では数人の男たちが集まっていた。
「アルハズ州がもめておるようだな」
マルヌ騎士団長の問いかけに武官の一人が立ち上がり返答する。
「はっ、その通りであります。清貧派の介入を避けるためでしょう、教導派の村同士の対立を煽って領主家への不満を胡麻化しているのではと愚考いたします」
「それが当たっていそうだな。麦の収穫前にそれを食う農民どもの数を減らしておけば、収穫後の食糧不足は緩和できる。領主貴族は手を汚さずに農民同士が殺しあってくれれば、秋には食料も行き渡り領主への不満は和らぐ」
「中々どうして誰が企んだのか判りませんが上手い手を思いついたものでありますな」
団長の横に座る副官が感心したように声を上げる。
「そのあたりの詳細はマンステールの州都騎士団から情報があるのではないか」
「あちらの州都騎士団は以前のマンステール暴動の折も領主の要請を蹴っておりますし、今回も特に領主貴族連中からの要請も無いので傍観を決め込んでおるようですが…、ただ」
「ただ? どうしたというのだ?」
「一部農村や都市部でアントワネット・シェブリ伯爵令嬢の人気が高まっておるとか。どうも農村の騒乱もアントワネット派と領主貴族派の対立だと言われておるとか」
「…? マンスール伯爵家ともめておると言う事か?」
「いえ、ペスカトーレ大司祭の婚約者同士ですしもめている様子も無いのですが」
「フム、何やら裏がありそうだな。まあいい、この流れに乗ってみるのも一興だろう。奴らを使って煽ってみるか。不要な反徒はアルハズ州に送り付けてやろう。なに、道筋さえ示してやれば自分で歩いて行くのだから手間もいらん」
翌日下町の酒場の地下のワイン蔵に州都騎士団の副官の姿があった。
「貴様たちの望みに沿った提案だ。領内の村を回って州都に向けて行進してみんか?」
「行進? ですか?」
「ああそうだ。賛同する農民を率いてお前たちの要求書を掲げながら州都に向かって行進するんだ。平和裏にな」
農民のような粗末な身なりの男が一人床に座ってその言葉を聞いている。
「意味が…意味が分かんねえんですけども?」
「ふふふ、貴様らの気概と決意を示す方法だ。各村で農村開放の要求書を州都に掲げるために人を募れ。どうせ何もしなくても座して死ぬだけならやる価値はあると言ってな。なに、州都につくまでの食糧はこちらで面倒を見てやる。その代わり首謀者は首を差し出すだけの気概は必要だがな」
「…できるのか? 要求書を掲げられるのか?」
「それは貴様ら次第だ。暴力沙汰を起こさなければ州兵は動かさん。教導騎士団も無抵抗の者に手を上げる事は出来ん。…これは多分だがな。あとは聖教会前でどれだけ粘れるかだろう。ただし教導騎士団と武力衝突になればすぐに貴様らを拘束する。首を差し出す覚悟がある奴は捕縛するが、その代わり他の連中は見逃してやる」
「食料は…ジャンヌ様の喜捨なのか」
「聖女ジャンヌの名を出すのは拙いな。ヨアンナ・ゴルゴンゾーラ公爵令嬢の名も使えん。清貧派の名前を出すと教導騎士団が先鋭化する。かといってペスカトーレ教皇の関係者の名を上げるとその時点で鎮圧対象だ。…ジョアンナ様の喜捨と言え! そうだ聖女ジョアンナ様が天より我らに味方してくれていると言え! あとは貴様らの好きにやれば良い。ただ、首を差し出すものは事情を知らぬう者にしろ、そうでなければ主導者の気概は伝わらんからな」
副官は言うだけ言うと手付だと金貨を二枚放り出してさっさと地下蔵を出て行った。
男はその金貨をしばらく見ていたが、すぐに二枚を握り締めると地下蔵を出て行った。
その二日後幌を被せた荷馬車に乗った男が領境の村に訪れた。
「聞いてくれ! 今聖女ジャンヌは王太子のジョン王子殿下の庇護を受けて南部や北西部の解放を進めている。北辺ではアントワネット・シェブリ伯爵令嬢が改革を成そうとしている。俺はその一助になるために立ち上がる事にした! アントワネット様もこの先報いられるだろう。アントワネット様は元々高位貴族で侯爵家の領主代理様だ。聖女ジャンヌ様もその行いはこれからも語り継がれるだろう。でも聖女ジョアンナ様はどうだ。幼子を残し夫のスティルトン騎士団長はその命を守るために死んで、何一つ報われなかったじゃないか!」
「「「「おお! そうだ!」」」」
「俺はガキの頃ジョアンナ様に病を癒して貰った!」
「村に疫病が流行った時自ら治療に来てくれたのはジョアンナ様のご一行だけだった」
「そうだろう。それなのにジョアンナ様は無位無官! 教皇の命令で癒した貴族の治療は認められても、命を懸けてくれた俺たちへの治癒は無視されている。なら俺たちでジョアンナ様の偉業を顕彰しよう」
「そうだ! ジョアンナ様の偉業を認めさせよう!」
「ジョアンナ様を讃えるんだ」
「農村開放要求も市民開放要求もジョアンナ様の理想に基づいたものだ! なら俺はそれを実行させたい。訴えかけてゆきたい。ジョアンナ様の理想が実るように」
「その馬車がジョアンナ様の理想を乗せているのか?」
「俺たちもついて行っていいか?」
「乗せるのは簡単だ。ただあんた達の気概しだいだ。首謀者は首が飛ぶ。その覚悟が有れば誰でも大歓迎だ」
「あんたの馬車に俺たちも載せてくれ」
「俺の首が役に立つなら、いやジョアンナ様の顕彰になるならこの首に金をまぶす様なもんだ。是非その馬車に乗らせてくれ」
一週間後には二十余りの村から賛同者が続いて州都ジュラへ入城するに至った。
何故かその大量の農民たちは城門警備の州兵に咎められる事も無くすんなりと城門をくぐる事出来た。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます