第18話 マヨネーズ売り(2)
【4】
ピエールはポールの報告を聞いた時には腹立たしく思ったが、セイラの説明を聞くとあっさり納得できた。
ポールの持ってきた偽物は食べられたものではなかった。
自分たちの売るマヨネーズが偽物に負けるわけがない。
ダドリーやハバリー亭の仕事も知っているし、手伝いとして初めからかかわってきた自負もある。
自分の仕事は街中に売り歩いて本物の味を知らせるだけだ。
売れば売るほど自分も儲かるし、偽物を駆逐する事にもなる。
そう考えていつもよりも余計にマヨネーズを仕入れて売り込みに出た。
普段は地元の裏通りを中心に回っているピエールだが、今日は旧市街にも足を延ばしてみようと思う。
帰りに旧市街でソーセージでも買って母さんに食べさせてやろう。
ピエールが初めに訪れたのは裏通りのはずれの食料品屋だった。
最近、大口でマヨネーズを買ってくれるようになったのだ。
「よう、ピエール。儲かってるんだろ。なんか買っていきなよ」
「そうしたいんだけど、これからまだ仕事で回るもんでさあ。ごめんよ」
「そういわずにどうだい。お袋さんにこのハムとか塩漬けなんかさぁ」
「また今度にするよ」
そう告げると足早に店を出ようとする。
この店の親父はあまり好きじゃあない。
売っている品物も品質が悪い。
黴ていたり、腐りかけの物でも平気で売るのだ。
少なくともこの店で食い物は買いたくない。
「まあそういうな。お前のお袋さんにでも何か買ってけよ。金持ってるんだろう」
嫌いなのはそれだけではない。
ピエールの母に対する態度が露骨なのだ。
ピエールの母は裏通りの酒場で賄婦をしている。
仕事柄そういう仕事もある事はピエールも知っているし、そうやってでも自分を育ててくれている母に感謝している。
その母を下卑た目で見られるのも虫唾が走る上、下心剥き出しでマヨネーズの購入を恩に着せてくる態度も腹立たしい。
「悪いね。ちょっと急ぐんだ」
折よく店に入ってきた数人の子供たちと入れ違いに軽く会釈をして店の外に出た。
店内ではそつなく受け答えをしていたピエールであったが、店を出るなり顔を顰めて次の店に走っていった。
◇◇◇◇
セイラは我慢しろと言ったが、ジャックは腹が立ってたまらなかった。
ジャックは父親を知らないし、母親も親族もその話はしなかった。
冒険者上がりの母親は二年前に自分を伯父の家に預けて行方をくらました。
それからは伯父の家で肩身の狭い思いをしながら暮らしてきた。
それがこの仕事を始めてから少しずつ変わってきた。
最近では伯父夫婦や従姉弟たちにも認めて貰えるようになった。
だからこの仕事はジャックにとって自慢であり誇りでもあった。
それがくだらない偽物のせいで貶められていると思うと悔しくて仕方がない。
その日からジャックは積極的に旧市街の売り込みに回りつつ、偽物のマヨネーズ売りについての情報を集めて回っていた。
顧客を回りながら伝えて行く。
「やたら不味い偽物を売っている奴がいるから見かけたら教えてくれ。値段が安いだけで中身はまるで別物だ。もし声をかけられたら味見をしてみてくれれば分かる。ウチの半分の値段でも買いたいとは思えない不味さだから」
と数軒回った後の冒険者ギルドの酒場で店主相手に話していた時だ。
「おい、クソガキ。やっと見つけたぜ」
驚いて振り返ると一昨日クレームをつけてきた男だった。
多分偽物をつかまされていたんだろう、悪態をついて逃げ出してきたからジャックとしても少し分が悪い。
「一昨日はよくも好き放題行ってくれたなあ。あんな不味いもの売りやがって、一発殴らなけりゃあ気が済まねえ」
「待ってくれよ。俺が売ったんじゃねえだろう。俺も言い過ぎたけどアンタの買ったのはマヨネーズじゃねえ。偽物だ。ウチのと食べ比べてみてくれ」
「うるせえ。またそんなことを言って売りつけて逃げる気だろうが。流れ者の冒険者だからってなめるなよ」
「待って、待って。この間の悪態は謝るから。金は良いから一口味見だけでもしてくれ」
ジャックはそう言って荷物籠から柏の葉っぱを取り出してマヨネーズをよそった。
「なっ、頼むから味見してみてくれ。それでも納得いかなければ殴ってもらって構わねえ。でもウチのマヨネーズは天下一品の最高の味なんだ」
「なあ、あんちゃん。このガキは口は悪いが、言ってることは間違いないぜ。本当にこいつが持ってくるマヨネーズはうまいし、こいつは真っ当な商売をしてる事は俺が保証してやる」
ギルド酒場の店主も助け舟を出してくれた。
「けっ、おっさんに保証されても仕方ないが、その顔を立ててやるぜ。その葉っぱ貸しな」
男はそう言うと葉っぱを受け取り、マヨネーズを舐めて目を見開いた。
「こいつは美味いなあ。一昨日買ったのとは大違いだ。認めてやるよ。お前の言ったことをよう」
「済まねえな。俺も腹立ちまぎれにあんなこと言ったけど、おっさんの舌は確かだぜ。黄金の舌だ」
「現金な小僧だぜ。一壺買ってやるから品物を出しな」
「それならお詫びにこの葉っぱに一杯分のマヨネーズを付けるぜ。酒場のおっちゃんにも助けてもらったからお礼だ。だからさあおっさんが偽物を買った時の事を教えてくれ」
「ああ、それなら一昨日の朝、ギルドの前に居たガキから買ったんだ。見慣れないガキが来てよう、今はやりのマヨネーズだ安くするから買ってくれってな。噂は聞いていたし安かったからな」
「そのガキってどんな奴だった」
「おまえとあまり変わらないくらいの年恰好の男と妹らしい女の二人連れだったなあ」
様子を見ていた知り合いの冒険者フランクが止めに入る。
「おい、ジャック。腹が立つのは解るが首を突っ込むんじゃねえ。こんな偽物を売りさばくのには絶対大人が関わってる。ケガで済めばいいが下手をすると命に係わる。裏町じゃあ銀貨一枚や二枚の事で人が死ぬんだ」
「わかってらあ。うちのマヨネーズがあんな偽物に負けるわけがねえ。みんなに騙されるなって忠告するだけだよぅ」
そう言って肩を怒らせてギルドの方に向かって行くジャックの後姿を見ながらフランクはポツリと言った。
「無鉄砲で考えずに突っ走るところが母親のジャクリーンにそっくりで危なっかしいんだよ」
集まっていた野次馬の中から声がかかる。
「おい、あいつはジャクリーンのガキか」
「ああ、投げナイフのジャクリーンの息子だよ」
「でも、ジャクリーンはあの事件で…」
「それで、ガキを置いて出奔したんだ。だからあいつは親戚に厄介になってようだぜ」
フランクがそう告げて振り返るとその声の主はもう背を向けて歩き去っていた。
◇◇◇◇◇◇◇◇
ポールは二人の弟を連れて、旧市街に向かっていた。
午後の勉強会ではエマから会計を習いつつ、最近は年下のメンバーに文字や足し算引き算を教えている。
計算ができない子供達にはマヨネーズの売り子をさせられない。
ポールは自分の弟たちに計算を教えて、数日前から配達の手伝いをさせる事にしていた。
午後は居酒屋や酒場の仕込みがあるので大口の顧客が多い。
弟たちは荷物持ちに丁度良いし、そのうち仕事を引き継がせるつもりなのだ。
今日は小売りの経験を積ませるために二人を連れてギルドの周辺で売り込みを行う事にした。
「なあおっちゃん。長期でクエストに出るなら必需品だぜ。不味い塩漬けや干し肉でもこれを使えばご馳走になる。堅パンに付けるだけで白パン並みの味になる」
調子に乗って喋る弟のパブロの頭を一つ小突いてからポールは続ける。
「パブロ、調子に乗り過ぎだ。でも本当に味が格段に変わるんだ。少し高いが損な買い物じゃない」
「そうだぞおっちゃん。おいらもたべるけどパンにぬるだけですごくおいしくなるんだ」
末弟のパウロは、くちを尖らせて主張する。
「ははは、チビ助が一人前に言うなあ。噂には聞いてるが値段が高いぞ」
「この壺入りはしっかり蓋を閉めれば十日以上は日持ちするんだ。高いというなら量り売りもするから試してみてくれ。ギルドの酒場に行くなら店の料理に付けて食べてみれば良く解るから」
「試しに買ってやるから、銅貨30枚分量りな」
ポールは手早く葉っぱの上にマヨネーズを図り客に手渡す。
そうやってギルドの酒場の前で少量を量り売りすると、たいていの客は後日また買いに来るのである。
するとギルドから出てきた男が険しい顔で声をかけてきた。
「おいボウズ。お前の所とは別の偽物を売ってるやつがいるぜ」
ポールはその男に詳しい話を聞いた。
二日ほど前からギルドの周辺で壺売りをやっている子供がいるらしい。
十歳前後くらいの子供が五人ほどで、量り売りはせず壺売りだけ、価格はマヨネーズの七割程度銀貨五枚と言う事だ。
更に言えば計算もできない様で釣りを渡せないので一個一個キッチリとした金額でないと受け取らないそうだ。
「その子供たちに心当たりはないのかい?」
「いや、この辺りじゃあ見かけない子供達だった。それにギルドの冒険者は流れ者が多いから子供と面識があるやつは多くないぞ」
「だからギルド周りなのかも知れないなあ」
その時だった。
聞きなれた声が耳に入った。
「おーい。誰かその二人を捕まえてくれ」
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