第17話 マヨネーズ売り(1)

【1】

 子爵家のお茶会から数カ月で私達を取り巻く状況は大きく変わり始めた。

 ハバリー亭では近くに店を借りマヨネーズ工房をオープンした。

 お茶会に来ていた街の名士達や周辺の貴族の間でマヨネーズがブームになった事に加えて、マヨトーストの人気で一般家庭でもプチ贅沢な感覚で使われるようになったことが大きい。


 卵の需要が増えたことにより近隣の農村で養鶏を始めるところが増えた。

 それに伴い鶏肉の供給も増え始めている。

 主流だった豚の丸焼きや炙り焼きが鶏肉のマヨネーズ焼きや南蛮漬け取って代わられている。

 マヨネーズを使った鶏料理はこの街の名物料理になりつつある。


 マヨネーズ工房へはライトスミス家も投資しており、定期顧客への配送と移動販売を請け負っている。

 買い取って顧客への配送と集金と営業、もちろんウィキンズと裏通り組の仕事だ。

 ヤ〇ルトレディーを参考にした業務形態は個人商店に近い。

 四人はメキメキと商人としての力を付けている。

 来年の聖年式が終われば、街のどの大店にでも見習いとして入れるだろう。

 実際に狙っている商店主も多いはずだ。


 殻の回収についてもウィキンズの子分のチビ達が独り立ちし始めて、最近では旧市街からも子供たちが来るようになった。

 中には猫耳や犬耳の獣人属の子達もチラホラ混じっている。ハウザー王国から流れてきた移民の子達だ。

 なかなかチャンとした仕事には就けず宗派が違う為聖教会にも受け入れて貰えないハウザー移民の子供達にとっては生活費を稼ぐ格好の手段となりつつある。

 チョークの需要も増えて、貝灰と卵の殻の粉砕と混錬は隣の陶器工房に委託しているが、獣人属の子供たちは余分な収入を求めて辛い粉砕もこなしている。

 うちの空き地はチョーク工房に姿を変えて、乾燥場には柱と屋根がつき成型と乾燥・箱詰めまでの一連の作業をしている。


 そして午前と午後の二回、黒板を前にして読み書き算術の勉強会が開かれる。

 子供たちはどちらかの講義に出た後報酬を貰ってかえる。

 最近は授業にだけ顔を出す子供もチラホラと見られるようになった。

 こちらも聖教会に受け入れて貰えないハウザー系の商人の子弟たちである。

 父ちゃんは今年奉公に入った見習いの子達をみんな、チョーク工房の手伝いにさせた。読み書きと算術を覚えさせるためだ。

 さらに近隣の商家にも声をかけ、八歳で奉公に来た子供達を勉強会に通わせるように働きかけている。

 獣人属を人外とする教導派が支配する聖教会では見られない、人属と獣人属の子供が仲良く働き学ぶ光景がライトスミス木工所の中で芽生え始めている。

 領都であるゴッダードの街は、水面下で大きなうねりを起こし始めている。


 そして我がライトスミス家でもさらに大きなうねりが生じていた。

 私に弟が出来たのだ。その名もオスカル!

 前世の(俺)的には若干引っ掛かりのある名前だったので、父ちゃんの名前みたいで可愛くないと駄々をこねたらお母様に叱られた。

 曰く”きっとお父様のように素敵な男の子に育つわ”だって…。


【2】

 裏通り組のポールは一昨年まで要らない子供だった。

 城壁の外の貧民街や周辺の農家の小作農のように食い詰めて奉公に売られるほどではないにしても、自分の食い扶持は自分で稼がないと碌に食事もできない貧乏家庭ではある。

 八人兄弟の六番目、数年前に母を亡くし父と男ばかりの九人家族。

 知恵も力も知識もない子供だった彼は、ゴミ漁り・物乞い・使い走りと生きる為に何でもやった。


 いつの頃からか親のいないジャックと母子家庭のピエールと知り合い、三人で徒党を組んで愚連隊のまねごとを始めたが、出来る事など高々知れていた。

 だから表通りの自分たちより小さい子供たちが卵の殻を集めて小銭を稼いでいることを知った時、子供相手なら上前を撥ねて自分たちの物に出来ると考えて木工所に行った。


 そしてカツアゲまがいの行為をした自分たちをセイラは寛容に受け入れてくれた。

 裏通りで今まで年上の子供たちにされていた様な事を表通りの子供たちに対してすることに罪悪感のあった三人は、重労働でも貝灰を潰して真っ当に対価を得ることが出来るようになったことが嬉しかった。


 小銭でも持っている事が分かれば父親や兄に取り上げられる。

 だから夜、寝に帰る以外は木工所と表通りに入り浸るようになった。

 初めの頃は貰った銅貨を腹を満たす為だけに使い切っていたが、余ったお金をセイラに預けるようになった。

 エマが木札に出納帳を付けてくれ三人それぞれに渡してくれた。


 貯まって行く金が嬉しくて寝床でニヤニヤしていても、字の読めない家族には自分が金を持っていることが分からないと思うと堪らない優越感に浸れた。

 そして一年半たった今その出納帳には数枚の金貨が貯まっている。

 二カ月余り前からマヨネーズ売りに仕事を変え、出納帳の記載額が大きく伸びだしている。


 殻の回収仕事は弟二人に教えて、兄貴の威厳を示して悦に入っている。

 朝弟二人を連れて木工所に出てくると午前中にマヨネーズの配送に回り、午後に勉強会に出た後夕方まで配送と営業、そして日が暮れるまでウィキンズやグレッグと一緒にセイラの体術の練習に付き合う事が日々のルーティーンになった。


 その日も朝から旧市街の屋台や飯屋を巡り、マヨネーズの配達に廻っていた。

 馴染みの客は空のマヨネーズ壺を持ってくる。

 それにいつものようにマヨネーズを詰める量り売りだ。

 新規の客には壺を持って買いに来てもらうか、こちらで用意している壺入りマヨネーズを購入してもらうかだ。


 何軒か常連客を回っていると男が一人壺を持ってやってきた。

「おい!マヨネーズ売り!」

 初めからけんか腰で怒鳴りつけてくる。

 警戒しながらも話を聞くことにした。

「おまえ、こんな物不味くて食えるかよ」

 突き出された壺の中にはドロリとした白っぽい物が入っていた。


「こんな物に金なんて払えるか。サッサと金返せ」

「あんたがどこで買ったか知らないが、これはうちのモンじゃねえ。こっちを食べてみな」

 ポールは匙でマヨネーズを掬って男の掌に載せた。

 男はそれをなめて目を見張る。

「まるで別物だ。でもあいつはマヨネーズだってこの壺を売りつけたんだ」

「偽物掴まされたな。この壺もうちの壺じゃね。形も大きさも違う。残念だけどうちのじゃないから金は払えねえ。それに壺売りする時は、うちは木の蓋も付けているんだ」

 そう告げるとポールは量り売りの壺の蓋代わりに使っている柏の葉を取り出しその上にマヨネーズを少しよそった。


「こんな偽物がマヨネーズだと思われるのも迷惑だし、折角買ってくれたあんたも気の毒だと思うからこいつはサービスだよ。これを食べてうまいと思うなら次は俺から買ってくれ。いつも午前中はこの辺りで仕事をしているから」

「すまねえ。しかしあのガキは腹が立つなあ、こんな偽物売りつけやがって」

 そう言って男は手に持った壺を地面にたたきつけようとした。

「ちょっと待ちなよ。捨てるなら俺に売ってくれ。偽物を売っている奴の手がかりで。銅貨十枚でその壺買うから」

 ポールは男から偽のマヨ壺と買った経緯を教えてもらった。


 店に戻るとジャックとピエールは戻って来ていた。

 二人に今日あった事を話すと、ジャックがそう言えばと口を開いた。

「一昨日だったか変なオヤジに、こんな不味い物を売り付けやがってって因縁を付けられた。腹が立ったからお前の舌には糞の方がお似合いだって言ってやった」

「もしかしたらそいつもこれを買ったのかもしれないぜ。他にもそんな奴がいるかもしんねえ。せっかくのマヨネーズの評判が落ちるのはイヤだし」

 ピエールが心配そうに言った。

 売り子たちに聞いて回ったところ他にも文句を言われた奴が数人いた。

 どれも旧市街で一昨日からの様だ。


【3】

 私は、ポールが持ち帰った偽物を食べてみた。

 不味い、マヨネーズに近づけようという努力さえ感じられない。

 小麦粉か何かをペースト状にして油と酢を混ぜたもののようだ。

 試しにダドリーの兄さんに食べてもらったところ、二割くらい本物のマヨネーズが混ぜてあるようだ。

 さすがプロの舌である。


 私個人としては気にするほどの事は無いと思っている。

 マヨネーズの七割程度の値段で売られている様だが、私なら1/3の値段でも願い下げだ。

 一割とか二割の値段で良いなら買えばいい、一応食い物の様だし。

 でもそれじゃあ絶対採算が取れない。

 それよりも売り子たちがトラブルに巻き込まれて怪我をしたり、因縁を付けられてお金を巻き上げられる方が嫌だ。


 だからポールの対応を褒めた。

 そしてみんなにはポールと同じ対応を取るように言い、練習もさせることにした。

 さっそく午後からみんなにその対応で、情報収集もさせることにした。


 売り子に子供が関わっているなら、馬鹿な真似をやめさせてウチの売り子に引き入れたい。

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