第19話 マヨネーズ売り(3)

【5】

 ピエールが三件目の顧客を回り終えて表に出た時、例の食料品屋の裏口から出てくる人影が目に入った。

 多分ピエールと入れ違いに店に入ってきた子供たちの誰かだろう、背中にカゴを背負ったボロボロの服を着た少年が裏通りを走って行った。


 その少年に何か不穏なものを感じたピエールは様子を窺った。

 どうも旧市街に向かうつもりらしい、ピエールもこれから旧市街に売り込みに向うつもりだったので後をつけて行く事にした。

 少年は旧市街に入ると一直線にギルドの方角を目指して歩いていった。

 ピエールもギルドに向かう。


 その少年はギルドに用があるのかと思いつつ付いて行くと、ギルドの近くでカゴを降ろし覆いを取った。

 中には葉っぱで蓋をされた歪な壺がいくつか入っていた。

 ピエールはその壺に見覚えがあった。

 今日ポールが持ってきた偽マヨネーズの壺によく似ているのだ。


 案の定少年は壺を持って道行く冒険者に売り込みを始めた。

「今流行りのマヨネーズだよ。特別割引で銀貨五枚だよ」

 次々に冒険者が通り過ぎて行く中で、少年に声をかける者がいた。

「美味いって聞いたが、本当なのか?味見させろ。美味けりゃあ買ってやる」

「封を切ったものを売ると叱られる。味見は駄目だよ。でも安いよ。他なら銀貨七枚以上するのを銀貨五枚で売るんだよ」


「うちなら銀貨七枚と銅貨三十枚だけれど、味見はさせるぜ。蓋付きの壺入りでキッチリ蓋を閉めていれば十日以上味は変わらない。どうだい、味見してみるか。そいつの売ってるのとは全然別物だよ」

 ピエールの顔を見て少年の顔から血の気が引いた。


 ピエールは少年の手に銀貨五枚を乗せて壺を取り上げた。

「ほら、食べ比べてみてくれ」

 いつの間にかピエールの周りに冒険者たちの人垣ができていた。

 先ほどの冒険者だけでなく、便乗して次々とピエールの買った偽物の壺に指を突っ込んでゆく。

「げぇ、こいつは不味いや」

「食えねえことはないが、これで銀貨五枚はなあ」

「壺代込みだとしても銀貨二枚の値打ちもないぞ」

 辛辣な評価が次々聞こえる。

 少年は真っ青な顔をしてブルブル震えていた。


「てめえ! この偽物売りが!」

 その声に驚いて振り向くと、顔を真っ赤にしたジャックが立っていた。

 ピエールは今にも殴り掛かりそうなジャックを羽交い絞めにする。

「ジャック! 馬鹿野郎落ち着け。セイラの言った事を忘れたのか!」

「でもよう。」

「誰でも良いから、こいつを抑えておいてくれ!」


 憤るジャックを近くにいた冒険者に預けると、ピエールはへたり込んで泣きそうになっている少年に歩み寄った。

「なあ、お前が何をどこで売ろうがお前の自由だ。でもな、マヨネーズの名前を使うのは止めろ。こいつはマヨネーズじゃない。ホラ食ってみな」

 ピエールは先ほど食べ比べの為によそったマヨネーズを少年の目の前に差し出した。

「美味しい」

 少年は指ですくって舐めるとポツリとそう言った。


「なあお前、どうしてこんなことやってんだ」

「壺一つ売ったら銅貨二十枚貰える。五つ売ったらカアチャンと飯が食える」

 あの糞親父、ボッタクリじゃあねえか。

 セイラが言っていたが偽物の原価は銀貨一枚半~二枚程度。

 銀貨三枚の儲けのうち子供に渡すのがその一割以下だとは。

「なあお前。帰ったらあの店を辞めて木工所の裏の空き地に来い。それぐらいの銅貨なら簡単に稼げるから」

「でも、働いて無いと俺もかあちゃんも救貧院に連れて行かれる。仕事してないと救貧院に引き渡すって店長が言ってた」

「救貧院か…。取り敢えず直ぐに木工所に行け。それでセイラって子に事情を話せ。絶対力になってくれるはずだから」


「あっ!」

 ジャックが叫び声をあげた。

 ピエールがジャックの指さす方向を見る。

 カゴを背負った少年が幼女の手を引いて逃げ出そうとしていた。

 ジャックがさらに怒鳴る。

「ルイス! ルイーズ!」

 ジャックが冒険者の腕を振り切って、後を追いかける。

「おい、絶対帰ったら木工所の空き地に一番に行くんだぞ。ピエールから聞いたって言えば入れてもらえるから」

 ピエールは狼狽しながらも、へたり込んでいる少年に一言声をかけてジャックの後を追った。


 練兵所の近くの露店に配達に来ていたポールの耳に聞き慣れた声が響いた。

「おーい。誰かその二人を捕まえてくれ」

 ジャックの怒鳴り声にポールはすぐに反応した。

 カゴを背負って走る少年と幼女の二人組の前に、両手を広げて飛び出した。

 少年は飛び出してきたポールに驚いて止まろうとするが、止まり切れずにぶつかってきた。

 しっかり踏ん張ったポールはぶつかって来た少年の両腕を抱え込んで抱きとめる。

「おーい、ジャック捕まえたぞ」

「すまねえポール」

 捕まえられた少年はヘナヘナとその場にしゃがみ込んだ。


「でっ、いったい何がどうしてこんな事に成ってるんだ」

 ポールがジャックに問うと

「俺もそれが知りてえ。おい、ルイスどういう事なんだ」

 幼女はルイスと呼ばれた少年に縋り付いて泣いている。

「なあルイーズ。泣くな。別にルイスに酷い事する訳じゃねえから」

「おい、パブロ、パウロ。その子の面倒を見てやれ。パウロ、お前お嬢から蜂蜜パン貰ってたよなあ。その子にわけてやれ」

「えーーー」

「年上なんだからそれぐらいの面倒は見てやれ。」

 ポールは弟たちにルイーズの面倒を命じて、ジャックの方に向き直った。

「なあジャックこいつら誰だ?」

「それは俺も聞きたい」

 ピエールが追い付いてきて声をかける。


「俺の従兄妹だよ」

 ジャックがボソリと言った。


【6】

「なあルイス。どう言う訳でこんな事してるんだ」

「金儲けだよぅ」

 ルイスが不貞腐れてぶっきら棒に言う。

「俺も儲けの一部は伯父さんに渡してるし、こんな事しなくても金に困ってないだろう。金が必要ならマヨネーズ工房に口をきいてやるのに」

「マヨネーズ売りは読み書きと計算が出来なけりゃあ雇ってもらえないだろう」

「だから、木工所で覚えりゃあ良い。チョーク作りの仕事もある」

「それじゃあ遅いんだ」


「お前ちゃんとわかるように説明しろよ!!」

 ジャックが声を荒げてルイスに詰め寄るとルイーズがまた泣きながら飛んできてルイスにしがみついて泣いた。

「おにいちゃんはわるくないの。わたしがおねがいしたの」

「本当に一体どういう事なんだ」

 ジャックが困惑して口走る。

 ポールもピエールも同じ気持ちだ。


 ルイスがルイーズの頭を抱きながらポツリと言った。

「ルイーズの友達のミシェルが救貧院に入れられそうなんだ。ミシェルのお袋さんが病気で働けなくなった」

「それで手伝っていたのか」

「ああ、ミシェルの兄のミゲルとマイケルの三人だけじゃあどうにもならなくてな」

「じゃあ俺が捕まえたのはその…」

 ピエールが口をはさむ。

「あれは、長男のミゲルだ。マイケルもミシェルもどこかその辺に居るだろうよ」

「なあ、ルイス。それならなんで一言俺に相談を…」

「言える訳無いだろう!! お前を邪魔者だって言った俺が、どの口でお前に頼れる!!」

 ジャックが言いかけた言葉をルイスが遮って吐き捨てた。


 ピエールが泣きそうな声で言う。

「救貧院はダメだ。あそこは絶対ダメだ」

 周りにいる冒険者たちも険しい顔で頷きあった。

「あそこはいけねえなあ」

「ああ監獄よりひでえ場所だ」

「明日は我が身だと思うと寒気がするぜ」

「どういう事なのか俺にはさっぱり分らねえ。確か救貧院って聖教会かどっかがやってる施設だろう。何がダメなんだ?」

 困惑したポールが聞いてくる。

「正確には市政庁がお金を出して、聖教会の教導派が運営している施設なのです」

 そこには先程のミゲル少年とその弟妹と思しき三人の子供を連れた聖導女ドミニクの姿があった。

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