第20話 聖導女(1)

【1】

「わたくし達の力が及ばない為にあの方たちをお救いすることができないのは大変に心苦しく思っています」


 裏通り組が聖導女様と五人の子供を連れて木工所のチョーク工房に帰ってきたのは日が陰る始めた頃だった。

 私は何が何やらさっぱりわからず困惑しまくっている。

 裏通り組も同様で、ピエールはほぼ事情を把握しており、ジャックもある程度は理解しているようなのだがポールは私と同様に困惑している。

 ちなみにパブロとパウロとミシェルとルイーズはグリンダから蜂蜜パンを貰って大人しくしている。


「話をまとめてみるよ。ミゲル達三兄弟のお母さんは裏通りの食料品店で働いていたけれど病気になった。食料品屋のオヤジはかわりにアンタたち兄弟に働けと言って、働かなければ追い出して救貧院に送ると言ったと。それで友達を助けるためにルイスとルイーズは一緒に偽マヨネーズを売りに行った。ここまではオッケー?」

「それで合ってる」

 ルイスが答える。


「ピエールの話だとその食料品店は私たちのマヨネーズを買って、混ぜ物をして売っている。ピエールの母さんに色目を使っている下衆い野郎だという事だよね。おまけに売り上げの殆んどはピンハネして子供達は食事をするのが精いっぱいって事だよね」

「ああ、店の商品だって酷いもんで腐りかけや黴たものでも平気で並べてる。値段も割高だし、もちろん客だって少ない。いったいどうやって儲けてるのか分からない店さ」

 ピエールが言った。


「そして私が分からないのが救貧院の事。なんでそこに入れられるのがそんなに問題なのか。貧しい人を助ける施設なんでしょ」

「そうだ、俺も良く解んねえ」

 ポールが賛同する。


「違うよ。あそこは貧しい人を働かせる施設さ。冒険者ギルドで働けなくなった冒険者があそこに送られて重労働をさせられるって出て行った母ちゃんが言ってた」

「ジャックのお袋さんも冒険者上がりだったらしいなあ。ウチの場合はもっと切実だ、母さんが働けなくなったら即救貧院送りだったからな。今はこうして俺も稼げるからどうにかなるけどな」

「それだって、仕事の無い者に仕事をさせるって事じゃないのか。重労働って言うのがいただけないがジャックやピエールがそんなに嫌う意味が良く解らねえ」


「それについてはわたくしがご説明いたしましょう。そもそもは働かない者は怠惰の罪を持つ者として無理やり収容して仕事をさせるという国法に則って出来た施設なのです。各都市の市政庁や郡務局が資金を出して、聖教会が運営するという施設になっています」


 シスタードミニクが説明を始めた。

「寝床と一日二回の食事が出されますが給金は出ません。着衣は制服一着のみ支給され余分なものは没収されます。寝床は棺桶程度の広さの木のベットが一列に床に並んだだけ。労働時間は一日十二時間で休日は有りません。食費は一日一人当たり銅貨五十枚。聖教会の施設ですから男女は別々の建物に収容され大人と子供も別々の建物に収容されます。もちろん作業以外の時間に建物を出ることは禁じられています」


「それってまるで刑務所じゃないの。何の罪もない人が入る場所では無いわ」

 私は驚いて口をはさんだ。

「王国や聖教会の法皇様が仰るには、彼らは怠惰の罪人なのです」

「それで救貧院で働いている人達の儲けはどうなってるんだよ」

 ポールが聞いた。

「すべては聖教会、いえ教導派の司祭様の資金になります。各地の聖教会は司祭様が仕事を請け負い救貧院で作業をさせております。ちなみにここゴッダードの街の聖教会では市街地の舗装や石垣の補強に使う砕石の作成と運搬を請け負っております」


「砕石の作成って、岩を砕く作業とそれを運ぶ作業を一日十二時間やらされるの?」

「そんなので体が持つのかよ」

「いえ、持ちません。収容される人は病気や怪我で働けない人。それと老人と子供です。大半が一年も持たずに亡くなってしまいます。子供たちがどうにか仕事を見つけてそこを出て行くくらいで大人はほぼ生きて出ることは有りません」


「シスター! どうしてそのような事が許されるのですか! 止める方はないのですか!」

「心ある貴族の方々は動いておられますが、利権があるのです。鉱山や港の荷役では大きな利益がある上、聖教会の教導派にとってはとてもおいしい利権の塊でもあります。そう簡単に改められないのです」

 うつむいたシスタードミニクは悔しそうに唇をかんだ。


「おれはこいつらを助けたい。他人事じゃないんだ。おれの母さんもいつそうなるかわからない。なあセイラ、良い方法はないのか」

 ピエールが言う。

「おれからも頼む。おれの母ちゃんはものすごく救貧院を嫌ってた。冒険者を食い物にするって。おれを捨てたあいつの事、親とも思ってねえけどやっぱりこの話は気に入らねえんだ」

 ジャックは俯き気味にそう言った後話をつづけた。

「それにルイスとルイーズの事もあるしよう。伯父さんには世話になってるし恩もあるからよう」


 そう言われても今回の件は流石に相手がでかすぎる。

 ミゲル達の母親の救出に的を絞ったとしても子供のわたし達だけでは手に負えない。

 何より対策を練る時間が必要だ。

「わかった。考えてみる。それでミゲル、ルイス、あんた達今日幾つ売れたの?」

「おれはルイーズと二人で二個売った。その後直ぐにジャックに見つかったから。」

「おれは三個、ミシェルが一個。マイケルはピエールが買ってくれた一個だけだ。」

「それじゃあ、私が四個買うよ。それからピエールが買った分は私が払うから。必要経費だよ。」

 そうピエールに告げる。


「それからあんた達は店に帰ったら、木工所の女の子が五個買っていったって店のオヤジに言うんだよ。そして明日からは店を出たら売りに行かないでここにおいで。絶対だからね。」

 偽物売りの五人にそう言うと五人を店に帰らせた。


「裏通り組はこの偽マヨネーズを持って販売所に帰りな。それで明日からの販売には偽マヨネーズも持って行って食べ比べさせる事。ピエール方式を採用だよ。それをみんなにも周知しておいて」

「でも、明日から偽物売りは来ないだろう」

「うん、だけどこれであの子たち五人が偽物を売れない言い訳になる。これで二~三日は時間が稼げる。それと今日の仕事が片付いたらルイスとミゲルを連れてうちに来て。聞きたい事がまだまだあるから。あんた達にね」

「「「わかった」」」


 裏通り組とポールの兄弟が販売所に帰って行く。

「シスタードミニク様、今日の夜にお越し願えないでしょうか。さすがにこの話は子供だけでどうにかなる話でもありません。私の両親も交えてご相談いたしたいと思うのですが」

「ええ、それが宜しいでしょう。わたくしもセイラ様のご両親にお話ししたいこともございますし、そのようにさせて頂きましょう」

「ありがとうございます。それまでに両親には説明をしておきます」

「それはそうとセイラ様、あの子達があなたのお友達であったとは驚きました。あのような子供達なら聖教会で聖堂騎士の見習いとして教えを施しても良いと思いますわ。行く行くはきっとあなたの盾になってくれるように」

「シスタードミニク様?いったいどういう意味なのでしょう」

「お気になさらないで。それでは夜にもう一度お伺いいたしましょう」

 シスタードミニクは意味ありげな事を言うと帰って行った。

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