第116話 カスバート家(3)

【5】

 部屋に通されるとカンボゾーラ子爵が娘を伴って席についていた。

 改めて頭を下げ挨拶するマルクス達をにこやかに押し留めて、立ち上がると子爵から歩み寄り肩に手を乗せて握手を求めてきた。

 しかし目の奥に有る冷たい光が自分を値踏みさしている事を感じ気を引き締める。


「それでマルクス・カスバート殿、今日は何の御用だったのでしょうか」

「この度は御領主様のお慈悲に縋りに参りました。我がカスバート家は昨年の税の減免を受けておりません。予想が出来なかった事が多々御座いまして本年度は手元不如意に陥りましてございます。昨年度の減免分を本年度に適用して頂けないでしょうか」

「…昨年度は小作農の優遇を受けてカスバート家は例年並みの収穫が有ったと伺い、減免の申請も無かったのではないですか? 何故それが今年になってその様な事に」

「ご察しの通り前領主のライオル家からも優遇は受けておりましたが、その分ライオル家からの圧迫や不正の助力も命じられていたのです。罪滅ぼしも有って隣村に援助した結果この様な事態になりまして」

「ああ、各村や自作農に貸し付けた種籾や金品のの事ですな。しかしそれは現金で返金されたのでは?」

「いえ…ええ、そうなのですが…。農村に在っては金だけで全て上手く進む訳では無く…」


「義父上、農村には現金以外で色々と入用な物が多くあるのでしょう。そこは汲んで上げては如何ですか」

「その通りなのですよ、お嬢さま。ありがとうございます」

「分かりました。本年度は一割の減免を致しましょう」

「一割で御座いますか…。昨年他の自作農は三割の減免を受けている…」

「それは麻疹禍で働き手を取られたり追放の憂き目にあったりした結果です。幸いカスバート家は働き手の補充が出来ていたのでは無いですかな」


「そう言った付けが回ってまいりまして…」

 そうなのだ。

 押し付けた借金の方として得ようとした労働力が当てに出来なくなってしまったのだからどうしようもないではないか。

 それも領主家が画策した事だろう。


「このままでは今年以降の納税も危うくなってしまいます。三割とは申しませんががせめて二割の減免をお願い致します。この先カスバート家からの税収が無くなれば領内の税収に大きな打撃が出る事になるのですよ」

 そうだ、そう簡単にカスバート家を切る事は出来ないはずなのだ。領内で多額の税を納めているのだから。


「分かりました、認めましょう。ですが条件を付けます。今年の収穫高はまだ出ておりません。例年の納税は収穫高に応じて決定しておりましたが、この条件を今適応すると収穫高が増えていても減免と言う事になりますな。これはいただけない」

「ですから、増益の目途など付かないと申し上げている」

「ええ、しかし減免の基準は要る。いつの収穫高にすれば適切なのか? 五年前の豊作の時かな、八年前の大凶作の年かな」

「…そっそれは、いくら何でも。きょ…極端過ぎます」


「ハハハ、ならここ十年の納税額を合わせて均した数字を使いましょう。これなら過不足なく不公平が無い」

「…どういう事でしょう?」

「兄さん、平均って言うんだ。領主様の言っている数字は収穫高に対して公平だよ。王立学校でそう習った」

「ほう、君は王立学校を出ているのか。優秀だったんだな。マルクス殿、弟君の言う通り公平な数字だよ」


「分かりました。その収穫高から二割で構いませんよ。それで宜しいですね」

「未だだな。カスバート家は土地の買い増しを考えているようですな。二割減免した上に土地の買い増しで収穫が増えれば不公平ではありませんか」

「それは考えていましたが、あなたが! 領主家が自作農たちを唆したんだろう!」


「領主家は領民が安定した収入を得る事が出来る方法を指し示しただけだ。ハッキリ言うがカンボゾーラ子爵家は領民全員の味方だ。特定の者に肩入れするつもりは無い。全てに公平に接する!」

「分かりました! 分かりましたよ。我が家も公平に扱ってくれるならお話は聞きましょう」

「宜しい。それではこの基準にした納税料を土地の面積で割るというのは如何ですか? 土地が増えればそれに応じて税額は増やします。麦でもその相場に合わせた金貨ででも構わない」

「相場なんてコロコロ変わる。そんな適当な金額で高値をつけられるとたまらんじゃないか」

 そう言いつつマルクスは頭の中では思案した。

 八年前の大凶作以降三年ほど収穫は落ちている。そして五年前の豊作と言っても、親父の代での大豊作とは比べるべくもない。

 この十年の平均で算出するなら得だと判断していた。


「兄貴、落ち着いてくれ。少し頭を冷やそう。ハーポなんとかしろ!」

「子爵様、このご提案一日考えさせて頂けないでしょうか。少し兄弟で話し合って一族で納得ゆく話し合いがしたい。兄たちと反目したくないので」

「ああ、わかりました。明日の朝もう一度時間を取りましょう。ただし、明日の朝には結論を出して下さい。腹案が有るならそれもその時に話し合いましょう」

 ハーポはすぐにこの提案に飛びついては危険だと感じていたので、兄を説得しこの日は宿に帰った。


【6】

「兄さん、あの領主様は侮っちゃ駄目だ。過去十年の平均ということは我が家の納税記録を少なくとも十年分精査しているということだ。兄さんは一昨年のカスバート家の収穫高を答えられるか? あの領主はきっと答えるよ。税務書類は高等学問所の連中が精査してるんだ」

「だからどうなんだ? 有利なのか不利なのか」

「有利だと思う。僕たちはあの領主の知らないことを知っている。大凶作の原因は税務書類には書いていないだろうから」


 マルクスはハーポの言葉にふと気づいた。

 八年前の大凶作は天候も有るが、河の氾濫の為農地が流されたことが大きい。公に報告していないがこの年は農地の半分が流された。しかしこの先たびたび有るものでもない。

 何よりカンボゾーラ子爵家が運河を掘っているため周辺の治水工事も進んでいる。

「そういうことか。よく気づいたな。この先農地を買い足したときもその税率なら得になるんじゃないか」

「いや、兄貴この契約は今年だけだぞ」


「そこだよ。この先も地所に対してこの税率で固定すれば利益は上がるんじゃないだろうか。ならこの税率で固定してしまう方が得でじゃないか。地所を買い足すときも収穫の良い土地ならなおさらだ」

「そうだな兄貴、どうだハーポ。行けると思うか」

「ああ、兄さん。収穫量は今年も去年並みなら計算した税率でもより利益が上がる事になる」

「ハハハ、これで領主の裏をかける。まあそのうち気付くだろうが、その時にはまた同じ十年の平均で見直しても良い。それまでは儲けさせてもらおう。ささやかだが儲けは出るんだからな」

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