第107話 混乱への対策(1)
【1】
オーブラック州の事態は海軍を通してすぐに事態の報告は入った。
カロリーヌはすぐにシャピに戻り、海軍の支援とアジアーゴの牽制の為に船団を派遣する準備に入った。
王妃殿下からもオーブラック州の各領主に対して、無用な軋轢を避けるため直ちに暴徒を解散させるようにとの布告が出されたが領主たちの反応は薄かった。
最終的には軍務卿を通して州都騎士団や州兵によって解散させられたが、これで終息した訳では無かった。
暴徒たちは教導騎士団の庇護の下聖教会に逃げ延びて州兵や州都騎士団に抵抗を続けた。
更に悲惨だったのは州内に細々と暮らしていた獣人属のコミュニティーだ。
かつて奴隷として連れて来られて先々代王の奴隷解放令により、その大半は南部に逃れたのだが、諸事情で留まる者もいた。
当然教導派は獣人属を信徒と認めなかったが、それでも聖教会の外の広場で洗礼式と成人式だけは施していた。
そうやって彼らは虐げられ差別に耐えながらも細々と慎ましく暮らしてきたのだ。
それがこの騒乱である。
教導派信徒の襲撃に遭い家は焼かれ家財は略奪されて殺された者も多数いたそうだ。
彼らは命からがらルーション砦目指して逃げ延びてきた。
しかし砦の切通の前に待ち構えていたのは例の暴徒の集団だった。
後から追いかけてくる暴徒を牽制し次々にやって来る獣人属を守る事で手一杯だった州兵は間に合わなかった。
そして獣人属の保護に入った海兵と暴徒に混じった教導騎士との戦闘にまで発展したのだ。
治外法権の地域から外に出て戦闘に入った海軍を領主たちは非難した。
海軍側も王妃殿下の布告を無視して教導騎士団や暴徒を野放しにしている領主たちを攻め立てた。
そして非難の応酬が続く中更に事態を悪化させる事件が発生した。
【2】
アルハズ州に居ると思われていたアントワネット・シェブリがオーブラック州の州都アリゴの聖堂に姿を現したのだ。
そしてそこで発せられた声明は戦慄すべきものだった。
アントワネットの後ろには以前シェブリ伯爵領からアルハズ州へ派遣されていた教導騎士団が控えていた。
そして聖堂前の広場には聖教会の庇護を受けていた大量の暴徒集団が多くの市民に混じって集まっている。
その周りをアルハズ州とオーブラック州の教導騎士が取り囲んでいた。
群衆は何が起こるのか固唾を飲んで耳をそばだてている中、メガホンに向かってアントワネットが語り始める。
『敬虔なる教導派信徒の皆さん、聞いていただきたい』
貴人のその直に話しかけるというその行為だけで会場は沸いた。
『獣人属は何世紀にもわたって本来従うべき我ら教導派信徒の語り掛けを拒絶し続けております。彼らの我ら教導派信徒に仕える身でありながら拒絶する事は創造主に対する重大な反逆行為なのです』
「そうだ! その通りだ!」
「下僕の身で創造主に抗う奴らに天罰を!」
一気に会場に怒号が溢れかえった。
『ドン!』
アントワネットが手を挙げると教導騎士団すべてが槍の石突で地面を突いた。
その音で瞬時に広場に静寂が戻った。
『獣人属は、創造主の言葉を正しく理解することなく、虚偽の信仰に固執しているのです。彼らの教えは、創造主の真理から大きくかけ離れているのです』
「「「そうだ! その通りだ!」」」
『獣人属を受け入れている清貧派の工房や教室は本来全てを焼き払い、獣人属の家屋など壊すべきなのです。また、獣人属の持つの書物や教義はは押収し焼き払い、財産は没収するべきなのです。獣人属がこれ以上私たちに害を及ぼさないように、本来この国から追放すべきなのです』
「おおそうだ! 我らに正義が有る!」
「我らの成してきた事は創造主につながる道だ!」
『獣人属は商業で我々から搾取して、さらにその金銭を通じて教導派信徒を騙し我らの麦を盗んでいるのです。教導派信徒は獣人属と取引はもとより一切かかわるべきではなく、相手にするべきではないのです! 麦一粒の施しが何倍もの搾取と盗みに変わってわれら敬虔な教導派を苦しめる事になるのですから』
「アントワネット様! 我らを導いて下さい!」
「アントワネット様の御心に従って行動いたします!」
「新たな救世の聖女が現れ成された!」
『獣人属は創造主の言葉に耳を貸すことなく、教導派の教えに従う見込みも有りません。彼らを救おうとすることは無駄であり、彼らを容認することは結局創造主の怒りを招くことになるのです。教導派の皆さん、愚かな清貧派信徒の言葉に惑わされてはなりません。ハウザー王国は、福音派は滅ぼすべき敵なのです。愚かな獣人属を集めた海軍など潰してしまわねばならないのです』
その言葉が終わると共に教導騎士団が槍の石突を何度も打ち付けて勝鬨をあげた。
それに煽られた興奮した群衆は街の城壁を揺るがすほどの大歓声を上げたのである。
【3】
この演説の情報も直ぐに王都の私たちの下にもたらされた。
海軍を通して王妃殿下に、そしてアリゴの州都騎士団からは軍務卿を通して何故か私の所に来た。
王妃殿下の使いでやって来たナデタより、極秘で関係者が集まれる場所を打診されたので、診療所の三階に部屋をとって王妃殿下には診療所の視察と言う名目で来所して貰う事にした。
迎えに上がったナデテがナデタと入れ替わって王妃殿下についてやって来たころには部屋には関係者が全員集まっていた。
…しかし毎回毎回何故ナデテが入れ替わるのかとナデタに聞いてみたが何やら王宮内でゴソゴソしているとしか答えは返ってこなかった。
部屋にはジョン王子とヨアンナ、そしてエヴァン王子とエヴェレット王女とヴェロニク・サンペドロ辺境伯令嬢。
カロリーヌ・ポワトー
ジャンヌはカタリナ聖導女と共にやって来たがもう着く前から泣いていた様だ。
ファナはこの事態が進めばどうなるか見当がついているのでかなり激怒している。
そしてエマ姉も何故か彼女らしくなくイライラとしているように見える。
そして入って来た王妃殿下は開口一番にこう言った。
「エヴァン王子、エヴェレット王女。この度の件誠に済まない。わたくしの本意では無いが我が王国の貴族が仕出かした事だ。心より詫びを入れたい」
「王妃殿下、頭をお上げ下さい。殿下の本意で無い事は重々承知しております。教皇の企みであろうことは誰でも…「そうなのかしら?」」
エヴァン王子がそう口にした時ヨアンナが話の腰を折った。
「どうも私には教皇も踊らされているように思えて仕方ないかしら」
「ヨアンナ! それはどういう事だ?」
「今この時期ハスラー聖公国もラスカル王国も緩やかにハウザー王国と融和を進めているかしら。結局取り残されているのはハッスル神聖国と北部の神聖国に隣接するラスカル王国の諸州、それに教導派の小貴族が多いハスラー聖公国国北部諸州。北海沿岸の教皇派諸州を押さえてハッスル神聖国に呑み込ませるような事を考えているような奴がいるのでは無いかしら」
ヨアンナの予想は当たっているように思える。
ハッスル神聖国との国境に位置する教導派諸州はダッレーヴォ州以外はどこも経済的に疲弊している。
北東部国境辺の諸州はハッスル神聖国の圧力下にありながら、主要産業だった皮革加工を根こそぎにされ、立ち行かなくなりつつある。
皮革加工職人を踏み躙ってきた報いだと言えばそうなので同情はしないが…、あれ? なんだろうこの違和感は?
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