第108話 混乱への対策(2)
【4】
「もう南部のハウザー王国との国境沿いの諸州は取り返せないと判断したのでしょう。ハッスル神聖国は北海を押さえるためにギリア王国の戦争に介入しようとしたのだもの。ギリアでの教皇庁の失敗に誰かが付け込んだのでしょうね」
違和感を感じながらも私は話を引き取って見解を述べた。
「でもそれと獣人属の排斥と何の関係が!」
ジャンヌが涙声で怒りを露わにして問いかける。
「ハウザー王国と福音派、そして獣人属を擁護する清貧派は明確な敵なのよ。ジョバンニもハウザー王国に対して侮蔑的な差別発言をしていたけれど、今回は強硬派の明確な宣戦布告よ! 奴らにとって海軍は喉元に刺さった骨のようなものよ。ルーション砦を抜かない限りは北海の先まで進攻できないんだもの。その海軍は予想外に多くの獣人属を正規兵として抱えているのよ。それを潰すための発言よ」
「…そんな事の為に獣人属がひどい目に。あの発言が広がればオーブラック州以外でも教導派諸州で獣人属排斥の動きが出てくるに違いないわ」
ジャンヌはこれから先の事を危惧して悲嘆にくれている。
「でも今回は国王陛下が噛んでいないだけ救いかしら。それならば対策があるかもしれないかしら」
「どっ…どうして国王陛下が関与していないと言い切れるんですか」
「ジャンヌさん、落ち着いてちょうだい。あなたには話していないけれどその根拠になる話があるのよ」
「いったいどんな?」
私の言葉を聞いたジャンヌは王妃殿下を見上げた。
「王妃殿下、こうなってしまったなら僕は例の話を受けても良い。それによって獣人属の多くが救われるならば、王族としての義務は心得ております」
「すまぬ。本当に済まぬ。こんな汚い政争の為に若者の未来を潰すことになるやもしれぬと思うと慚愧に堪えぬ。心苦しい事ばかりじゃ」
「いったい何が?」
事情を知らないジャンヌとエマ姉がジョン王子とヨアンナの顔を凝視する。
「ちっ違うぞ! 俺じゃない! 兄上の事だからな! 誤解するな…」
「実は僕たちの頭越しでラスカル国王陛下とハウザー王国の一部王族との密約が進んでいるんだよ。エレノア王女殿下をハウザー王国の第一王子の妻にと言う話に対してラスカル国王が、僕がリチャード王子殿下の妃になることを条件に受け入れるつもりのようなんだ」
「何…それってエヴェレット王女殿下やエレノア王女殿下の意志はどこに」
「ジャンヌ、落ち着くのだわ。高位貴族や王族の婚姻なんてそんなものなのだわ。男でも女でも国の為、家の為が最優先なのだわ」
「まあ僕は納得済みだけれどエレノア様は可哀そうだね。まだ成人前の少女でもあるし。でも、まあリチャード殿下の事を僕が承諾するだけでも事態は大きく変わるだろうさ。ハウザー王国では多分父王の頭越しに兄上が暗躍しているのだろうけれど、僕たちが承諾の文を送れば要らぬ紛争も回避できる。父王陛下も僕の婚姻は受け入れざるを得まいよ」
「こんな事、間違ってる。何もかも全部間違っています」
「間違っていようが、それしか方法はないわ! ねえ、エヴェレット王女様。お願いします、他の州の獣人属を救って! お願いよ!」
ジャンヌの言葉を遮っていきなりエマ姉がエヴェレット王女に縋ったのだ。
あのエマ姉がだ。
「エマ! あなた何をやったのかしら!」
「エマ姉、何か知っているの?」
「エマさん! お願い何か知ってるなら話して」
ヨアンナや私やジャンヌの言葉にエマ姉はぼつぼつと話し出した。
【5】
そもそもエマ姉がエポワス伯爵に要らぬ事を摺り込んだことが事の発端らしい。
一年前の軍靴の機密扱いから始まったのだ。
当時の近衛副騎士団長だったエポワス伯爵に輜重利権を気付かせたのがエマ姉だ。
後はエポワス伯爵と軍務卿とエマ姉とで近衛騎士団と州都騎士団を全て押さえられる輜重部隊を設立しそこに物資を卸す商社としてライトスミス商会が単独で入り込んでしまったのだ。
更にエポワス伯爵を唆して全ての騎士団を統合して陸軍を創設する事を吹き込んだのもエマ姉だった。
エポワス伯爵はあの大嫌いなストロガノフ近衛騎士団長まで抱き込んでその話に乗ったのだ。
その結果がエポワス伯爵の輜重隊長就任とエポワス伯爵子飼いの近衛南大隊幹部の州都騎士団への配置転換と言う名の左遷となった。
そして統合に邪魔になりそうな潰したい州都に手駒を送り込んだのである。
その結果がモン・ドール侯爵領の市民開放要求と聖女ジョアンナの顕彰要求
ただエマ姉の思惑から外れて行ったのはアントワネットが北部諸州での農民の弾圧のせいである。
「私は人が死ぬ事は本意じゃ無いわ。市民開放要求だって顕彰要求
まあエマ姉の言っている事は概ね事実なのだろう。今のところペルラン州や州都のジュラで大規模な流血は起きていない。
エマ姉の準備したちゃぶ台を派手にひっくり返したのは当然アントワネット・シェブリなのだろう。
「私は獣人属が踏みつけられるのは嫌なの。知ってるでしょセイラちゃん。あの木工所の空き地で遊んでた頃、アドルフィーネは少しはマシな格好をしていたけれど、リオニーもナデタもナデテもフィリピーナもボロボロの格好だったじゃない。五人ともうちのお針子の娘でお母さんがきれいな衣装を作っているのに何故その子がこんな格好なんだって思っていたもの」
そしてあのエマ姉がポロリと涙をこぼした。
「父さんは獣人属のお針子を沢山雇ってゴッダードの街では評判の服飾店だった。でも北部や東部や西部から注文を受けるとケダモノに服を作らせてると言われて無理な価格を押し付けてくる商人ばかり。獣人属に仕事をさせるならもっと安くできるだろう。価格を下げろ賄賂を寄越せ。そんな商人相手に父さんは真面目に頭を下げて、踏みつけられても耐えて、価格も落とさず賄賂も送らず商売を続けてきたの」
「でもね。私は父さんみたいな商売はしたくなかった。父さんを踏みつけた奴らを私が踏みつけ返してやりたいと思ったの。うちのお針子たちがもっと良い暮らしが出来る様に。セイラちゃんといればそれが叶得られると思った。実際もうすぐそれが出来る所に来たのに…。オーブラック州で獣人属をいじめてる奴らなんて死のうがどうなろうが私は知らない。でもそのせいで獣人属が不幸になるのは我慢できない。…だから王女殿下、助けて。みんなを、お願い」
私もエマ姉の想いは判っていた。
全てとは言わないがセイラカフェの獣人属メイドを身内だと思っているのは重々承知していた。
それでもここまで強い思いを持っていたのは意外だった。
「王妃殿下、余からもお願い致します。我が妹エヴェレット・サンペドロをリチャード王子殿下の正妃に押して戴けまいか。なあヴェロニク、伯父上の説得は任せて良いか? 余は父上と母上にすぐに書簡を送りこの婚約を認めて貰うように要請する」
「わたくしこそ願っても無い申し出。国王陛下に図って一日でも早く内示を出させましょう。出来れば夏至祭には婚約の儀を執り行いたいものじゃ」
「それなら、エマ・シュナイダー。王立学校の夏至祭のファッションショーに兄上とエヴェレット王女殿下の婚約のお披露目を捻じ込め。闇の聖女と光の神子の祝福付きでな。其の方の罪滅ぼしだ。最高の衣装を用意しろ、お前持ちでな」
「エヴェレット王女よ。其方が正妃になるならばリチャードが王位についても其方にはハウザー王国もハスラー聖公国もわたくしやジョンもついておる。海軍はもとより陸軍も、ライトスミス、アヴァロン、オーブラックの三大商会も有力貴族も付いておる。そしてわたくしが側妃の子の相続権は一切認めさせん。この意味解るであろう」
「はい、王妃殿下。全て心得ました。後はお任せ致します」
こうして対策は決定された。
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