閑話4 アルハズ州(2)

【4】

 領内の村々で獣人属の小作人が次々と居なくなっている。

 この辺りは南部や西部に流れてきたハウザー王国の脱走農奴を僅かな借金で縛り小作農という名の農奴代わりに雇用していたのだ。

 それもここ三年ほどは手に入らなくなっている上、内務省の締め付けも厳しく高利の借金に関しての調査がそのうちに入るであろう。

 その状況でこれ以上獣人属の小作人が減れば更にダメージが大きくなるのは必定なのだが打つ手が見当たらない。


 領主や地主たちの嘆きを知ってか知らずか、州内の村々を回って獣人属の小作人たちに声をかけて回る半獣人の少年がいた。

 裏稼業の奴隷商のようで洗礼式前の子供たちを大量に買い取り州境を越えて行った。

 子どもを売った親たちの多額の借金はリール州から派遣された代訴人が全て解決し解放して行った。


 更にある村では聖年式前後の若い獣人属が一斉に居なくなってしまった。

 おまけに州境沿いには越境を図った獣人属の清貧派修道士見習いたちが捕縛されてポワチエ州に送り帰される様な事件も発生している。

 どうも獣人属の小作人の間に清貧派の聖職者がなにやら良からぬ策動を行っている様だ。


 州都や領都などの大きな街には獣人属の商人や職人もいる。交易商が訪れる事も多く、近年はその中に獣人属が少なからずいるからだ。

 その為ここ最近は清貧派の修道士がスラムや城外にあばら家を立てて礼拝堂にしているのだ。

 彼らが清貧派教徒を増やしている上に獣人属の脱走を唆しているのだろう。

 さすがにこの件は教導派聖教会も傍観している訳には行かないだろう。


 州内の領主たちの嘆願に対して聖教会も教導騎士団を動かして清貧派礼拝堂の摘発に動いた。

 それに対して都市部の獣人属の商人や職人からの反発が上がった。

 教導派聖教会は獣人属を聖堂内にすら入れず洗礼式すら受ける機会を奪っているのに、さらに創造主に帰依する機会を奪い取ろうとするのかと。

 そしてそれらの主張は権力と暴力によって叩き潰されて不満が州内に蔓延し始めた。


【5】

 時は少し遡る。


 その半獣人の少年に声をかけられたのは三日前の夜だった。

 今まで洗礼を受けていない事を理由に親元から連れて行かれて伯爵家の農場の非合法の農奴として過酷な労働を強いられてきた。


「なあこんな糞みたいな領地抜け出さねえか? アルハズ州の州境を西に抜ける事さえできればそこじゃあ自由が待っているんだぜ。西は清貧派の州だ。洗礼式を受けて聖教会工房で働きながら教室で学べる。読み書きと算術を習得すれば、働き口は幾らでもある。あっちじゃあ俺たちより若いガキが大人より稼いでいる町もあるんだ」

 そんな旨い話があるとは信じがたかったが、此処で奴隷代わりにこき使われて死んで行く位ならこいつの話に乗っても良いと思った。


「三日後の夜に又来るから、この農場を抜けるなら仲間を集めておきな。ただし口の堅い奴だけだ。少しでもヤバイ様子が見えたなら、俺は一人で逃げるからな」

 そう言い残してその半獣人の少年は去って行った。


 そして三日後の今夜、月の無い農場の外れの大きなブナの木の下に合図の灯りが点った。

 集めたのは全部で八人。獣人属が五人、父親の解らない半獣人が二人と人属の少女が一人だ。

「おい、なんでそいつを連れてきた。人属だろう。同じ小作農でも人属は俺たちをひどい目に合わせて来たじゃねえか」

「だがこいつの死んだ親父は俺たちに親切だったじゃねえか。時々だが飯も分けてくれたしよう」

「こいつに言っても無駄だよ。この二人出来てやがんだ。このままじゃあこの女、小作人頭の慰み者になっちまう。だから連れて来たんだろう」


 そんな会話を交わしながら灯りの側迄やって来た。

 真っ暗な夜道にカンテラを持った半獣人の少年の姿がぼんやりと照らし出された。

「八人かい。男が五人に女が三人。良いぜ、それじゃあ行くぞ。お前らの中で夜目の利く奴はいるか?」

 獣人属の少女が一人手を挙げた。


「なら、お前が先頭だ。この棒の先を持って、他の奴らにも握らせろ。俺が先導するから少し離れて並んでついて来な」

 そう言われて八人は一本の長い棒を握り締めて一列に並んで歩き始めた。

「さあ、これからは俺の言う言葉を覚えるんだ。この後誰に会っても何を聞かれてもこれだけしか話しちゃなんねえ」


 そう言われて真っ暗な夜道をカンテラの光を追いかけながら、八人は半獣人の少年から教えられた言葉を繰り返して覚えながら進んで行った。


 東の空が白み始めた頃、州境の森の近くに辿り着いた。

「余分に持って来ていてよかったぜ。足りなけりゃあ面倒な事になっていたからな」

 そう言って森の木の洞の中から半獣人の少年は荷物を取り出すと、八人に投げてよこした。


 清貧派修道士のローブと聖紋を抱いた駒鳥を刻んだ清貧派のメダルである。

 八人はメダルをかけてローブを羽織った。

「しくじるな。お前らは俺の言ったこと以外話すな」

 そう言うとこれまで八人が持っていた棒を半分に折ると、一本を一番体格の良い少年に持たせ自分も修道士のローブを着て杖代わりの棒を持って先頭を歩き始める。


「おい、なあ、こっちは街道筋で街に向かう道じゃあ…」

「黙ってな。お前らが喋って良いのはあの言葉だけだ。後は俺に任せておけ」

 怒気を含んだ半獣人の少年の言葉に口を開きかけた少年も押し黙った。


「おい待てお前ら!」

 いきなりすれ違った衛兵に声をかけられる。

 八人は驚いて怯えの表情を見せ乍ら寄り添った。それを庇う様に半獣人の少年が立ち塞がる。

「私どもは聖職者で御座います。何か我々に不都合でも御座いますのでしょうか?」

「聖職者? そのローブは見かけんローブだな。どこの聖教会だ!」

「そんな事あなたにとやかく言われる筋合いはない! 我らの布教を邪魔するのは背教者ですよ!」


「貴様ら、その様子じゃあ清貧派の修道士だな」

「だからどうだと言うのです。我らは正当な権利を持って布教に…」

「黙れ! 貴様ら獣人属か? この州は清貧派の布教は認めておらん!」


「不当な! 王法にそんな事は定められておりませんぞ」

「「「「ジャンヌ様の聖名に置いてこの者に救いの手を」」」」

「「「「聖女ジャンヌの救いをこの地にも」」」」

「黙れ黙れ! 異端者ども。どこから来たか知らんが不法に越境してきたのだろう。ここから先は通せんぞ」


「離せ! ジャンヌ様の聖名に置いてこの地の虐げられし者を救うのは私たちの使命だ」

 そう言うと半獣人の少年は清貧派のメダルを高々と掲げた。それに倣って八人もメダルを掲げて聖印を切る。


 それに呼応したように衛兵たちがワラワラと現れて九人を引き起こした。

 そして一人一人の腕を引っ張って関所の方に連行して行く。

 九人はなすが儘に引っ張って行かれ、州境の関所に連れて来られると門が開かれて乱暴に州境の向こうに放り投げられた。


「乱暴では有りませんか! 我らは聖職者ですぞ」

「アルハズ州では清貧派は聖職者として認められていない。お前らはただの不法越境者だ、とっとと帰れ」

 そう衛兵は言い捨てると州境の関所は閉ざされてしまった。

 九人の含み笑いを聞き咎めるものはそこにはもう誰も居なかった。

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