第12話 オーブラック州の旧商館(2)
【3】
翌日グリンダとオーブラック商会の旧商館で落ち合う事になった。
久しぶりに開いた商館の前には数人の隣村や町の住人が興味半分期待半分で集まって来ていた。
旧商館前に馬車を止めると既に車寄せにライトスミス商会の紋章の入った馬車が止まっている。
グリンダは既に到着している様だ。
私たちが馬車を降りると集まっていた住民たちの中から代表らしき人物がオズマを見つけて愛想笑いを浮かべながら進み出てきた。
「お嬢さま、オズマお嬢様。御久しゅうございますな。もしや、こちらの商館を再開なされるのでしょうか?」
「これは町長様、御久しゅうございます。今回はこの商館の売却の為の交渉に参りましたので、再開などは予定しておりません」
オズマの言葉を聞いて町長と言われた人物は明らかに失望したようで、詰まらなさそうな表情に変わる。
「ああ、とうとう店じまいですか。御気の毒な事ですな。せめて良い値で売れて売却税を納めて頂けることをお祈りいたしますぞ」
そう言い残して去って行った。
「なあオズマお嬢さん。オーブラック商会が無くなってから民生品も行商人が来るだけで、商品もボッタクリの値段なんだ。どうにかならねえもんかな」
「本当にごめんなさい。その要望は此処を購入される方にお願いしてください」
「お嬢さん、あんたの口添えで何とかならねえのか」
「次に購入される予定の方がここを商館として使用するかどうかさえ判らないのですよ。何より売却交渉が成立するかどうかも不明なのです」
「売れなくてもここに戻って来る事はねえって事ですかい。それじゃあ仕方ねえな」
他の住人達もオズマの言葉を聞いて諦めて帰って行った。
「今の方々は近隣の住民の方なの?」
「始めの方はこの町の町長で徴税官も兼任しているのですよ。デ・コース伯爵の出先の代表のような方で、ここに商館が有るときは色々と嫌な思いもさせられました」
「後の方は住民の様ですよね」
「ええ、この町や隣村の住人の方ですね。商館が開いていた頃は定期的にここで民生品の販売もしていたものでもしやと思って見に来られたのでしょうね」
この町自体がオーブラック商会とそこの運送作業員たちに寄生して成り立っていた様な町だったと聞いた。
それでも元からの住民もいて、その恩恵にあずかっていた住人もいたのだろう。あの町長のようにオーブラック商会にダニのように寄生していた者も、おこぼれに預かっていた者もいたのだろう。
グリンダは彼らも含めてどう扱うつもりなのだろうか。
【4】
旧商館に入るとグリンダとナデテが深々と頭を下げて迎えてくれる。
「ライトスミス商会のグリンダ家令様自らのお出迎えをありがとうございます。商会の実質の代表でもあるあなたにそんな挨拶をされると恐縮いたしますから頭をお上げください」
オズマが慌ててグリンダに頭を下げる。私としても今の顔はセイラ・カンボゾーラなのだからその挨拶はやめて欲しい。
「私は常にライトスミス家のセイラお嬢様の一メイドでございます。メイドとしての本分は忘れたことがございません。それでなければセイラカフェのメイドたちにも示しがつきませんし」
いつまで経ってもグリンダはグリンダだ。昔からその姿勢は変わらない一本筋が通っている私の好きなグリンダのままだ。
「セイラ・カンボゾーラと申します。本日はオズマ・ランドック様のアドバイザーとしてご同席致させていただきます」
「御高名はかねがね、アヴァロン商事の実質的な代表様にお会いできて恐縮いたします」
アヴァロン商事代表代行として初顔合わせという訳では無いが、同行している官吏や軍人らしき人たちに私たちの身分を周知しておく必要がある。
型通りの顔合わせが終わって見ると何気にラスカル王国の経済の半分以上を牛耳っている三商会の実質的な代表が集まっている形になっているのだ。
「なんて言えばいいのか、俺すげえ娘たちと同じ学校に居たんだな」
「ランソン様、少し口調を改めてくださいまし。見知った顔ばかりとはいえランソン様のお立場もこれまでとは違うのですから」
口を挟んだのは王都騎士団のウォーレン・ランソン騎士であった。ウィキンズの親友でシーラ・エダム男爵令嬢、今は国務官として西部航路開拓に出ているあのシーラ・エダム嬢の婚約者でもある。
「ウォーレン様、一体どうしてここに?」
私が驚いた声を上げると頭をかきながらウォーレンが話し始めた。
「いやあ、
「そんな簡単なお話ではないでしょう。ランソン様は海軍士官として海軍士官養成所の設立責任者なのですよ」
ウォーレンの軽口にグリンダが苦言を呈する。
どうりて室内にライトスミス商会とオーブラック商会の商会員以外に官僚や軍人らしき人物がかなりいると思っていたがそういう事なのか。
「もしかしてこの商館の購入はその一環なのでしょうか?」
オズマがグリンダに質問する。
「はい、この町や周辺のオーブラック商会の資産はすべて購入の対象になっております。ライトスミス商会は仲介役として依頼を受けただけで、購入は軍務省となります」
海軍絡みの案件か。
でもなぜこの州なんだろう。オーブラック州はかなり教導派の勢力が強い州で、ここの領主のデ・コース伯爵も教導派の典型のような領主のようだし。
「お話を詰めて参りましょうか。リオニー、対象となるパウロから預かった資産の一覧と見積資料をお出しして頂戴…(ねえ、リオニー。あなた何か聞いて無かったの?)」
「(私もメイド長からは何も…)はい、まとめた資料はこちらになります」
「リオニーは、エマ・シュナイダーのメイドでは無かったのか? なんでセイラ様と一緒に?」
「実はセイラ様の身辺警護強化のために私とナデテはセイラ様付きのメイドに変わりまして」
「へー、セイラカフェメイドってそんな配置換えとかあるんだな」
「リオニー達幹部メイドは特別なのですよ。クロエ様付きだったナデタはハスラー王国のエヴェレット王女様付きを経て今は王妃殿下の側付きメイドに就任していますし」
「ええ、幹部メイドは担当した主人に忠誠を尽くす事を第一義に動くんですよ」
「王妃殿下の…。セイラカフェメイドってすごかったのだな」
グリンダと私の説明にウォーレンは感心したように答えた。
「それよりウォーレン様、士官養成所とは何をする予定の施設なのでしょうか」
進まぬ話に業を煮やしたのかオズマが切り出した。
そこからウォーレンと軍務省の役人たちの説明が始まった。
海軍と言っても軍人としての技量を持つ船乗りは今のところいない。
軍人として訓練を受けた王都騎士を士官として新しく徴用した船乗りに対して軍人としての教育を行いつつ、騎士上がりの士官に操船の訓練を行うという相互教育体制を敷いて訓練を行う。
徴用した船乗りも読み書き算術が出来るものに限定している。
その結果南部や北西部の聖教会教室の卒業者が七割を占めて三分の一は獣人属だ。
更に海軍准士官を養成する幼年兵養成所には大量の獣人属が応募している。
それらの施設をまとめてここに設置するつもりらしい。
港の有る入江の桟橋には三隻の大型帆船が係留できる。ここには訓練用の軍船を係留し、操船訓練にあたる。
さらに修理用のドックの建造迄が計画の内だ。
当面は商館の建物が海軍士官養成所の事務所となり、作業員や商会職人の住んでいた家屋を改修して候補生たちの宿舎に当てる。
そもそもこの町自体かつて海賊を防ぐ為に作られたルーション砦と呼ばれた要塞の後にオーブラック商会が進出して体裁が整ったのだ。
そして砦の外に広がった町はその商会が居なくなって寂れてしまった。
そこに今新たにここに王国が海軍を置こうとしているのだ。
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