セイラ 14歳 王国貴族

閑話15 グリンダのお嬢様(2)

 近衛騎士団の団長室にライトスミス商会の家宰が初めてやって来たのは昨年の夏の終わり頃だった。

 家宰のグリンダはレッジャーノ領のリネン紡績の資料を見せて、レッジャーノ伯爵家がこの一年でいかに儲けたかを説明してくれた。

 しかし我がストロガノフ領は亜麻の栽培はしていない。どうも紡績機の売り込みでは無い様だ。


 話を聞くとパルミジャーノ州に投資をしないかという事だった。

 何でも新しい投資組合を立ち上げるらしく、州内の貴族達に参加を募っている。割りの良い儲け口のようだ。

 ただ州外からの投資となると他の貴族たちの目が厳しい。そこで州内の息のかかった貴族に代理をさせるという事を提案された。

 宮廷魔術師や宮廷貴族にも声をかけているそうだがパルミジャーノ州の貴族に伝手のある者がいないそうだ。


 パルミジャーノ州ならばクルクワ男爵と関わりが有るがあの堅物は乗ってくるまい。それより使い勝手の良いリコッタ伯爵の方が良いだろう。

 その提案に乗ってみたのだが、リコッタ伯爵が思いのほか愚か者で欲を出しすぎて一口の投資も出来なかった。


 だが欲深なリコッタ伯爵がレッジャーノ伯爵の成功を指をくわえて見ている訳も無く、パルミジャーノ紡績株式組合をまねて紡績組合を立ち上げるそうだ。

 リコッタ伯爵から再三要請を受けたが、あの男とかかわると損失をこうむりそうなので躊躇していた。

 しかしライトスミス商会の家宰の勧めで、株式投資とその経営方法を見るだけでもと促され後学の為参加してみた。


 中々に面白い状況であったが、クルクワ家が設備費を投資するという事に成り、収益が上がりそうな様子が見えてきた。残りの株に投資しようとしたが宮廷魔術師共に半分を持って行かれてしまった。


 それよりも気になったのはライトスミス商会の家宰がたびたび口にするお嬢様の事だ。

 リコッタ紡績株式組合の出資者会議で紹介された商会主は我が家の息子と同い年の娘だった。まさかとは思ったのだが、会議の様子を見ているとまず間違いなくグリンダの言うお嬢様があの娘の事だと気付く。

 どうやら会議を陰で牛耳っている様で、クルクワ家の娘や男爵に影で指示を出していた。あの家宰の主人だと言うのも頷ける。


 まあライトスミス商会と顔つなぎも出来たし、これで株式投資という制度の概要も知れた。そこそこの収益も望めそうだと思っていたら今年の夏の終わりに又ライトスミス商会の家宰が訪れた。

 折角買った株券の売却を勧められたのだ。


 少なくともパルミジャーノ紡績組合は今年も多額の収益を上げて堅調だ。リコッタ領の収穫も前年並みと言うから配当は見込めそうなのだ。

 話を聞くとその件については俺の予想と大きな違いは無いと言われた。

 その上で家宰が言うお嬢様の調査では、リコッタ家の出入り商店が最近増えているというのだ。


 昨年まで金払いが悪く出入りの商会から敬遠されていたが、それらの商会がまた取引を始めたと言う。

 収益が上がっているのだとの考えもあるだろうが、そのお嬢様はリコッタ伯爵が儲けを私的に流用していると考えているようだ。

 そうなれば決算会議の時に問題になり株の買取りを迫る投資家が多く出てくるだろう。グリンダの話しではその場合買い取り価格が下がり元本割れを起こすと言う。


 今の時期なら誰もが大きな利益が出ると皆思っているから、気取られずに売れば元本以上の値が着くかもしれないと。

 彼女の情報はいつも的を射ている。

 今度こそは上手く立ち回って宮廷魔術師どもに買い取らしてやろう。

 一緒に株を買ったブラン男爵を呼び相談する。

「話をうかがう限りでは頷けることです。あのリコッタ伯爵がまともに経営など出来ると思う方が間違っておりました」

「やはりそう思うか」

「もし、今年度配当が出たとしてもその後も続くとは思われません。この際元本以上の値段で売ってしまえば損は出ません。元本に配当金の想定額を上乗せした額で売れれば御の字でありますな」


「あの宮廷魔術団の二人に上手く話を持って行ければ高値で買い取りそうなのだが良い方法は無いか」

「お任せ下さい。自分が欲をかいて団長の購入分の株まで譲って貰ったにも拘らず借金が嵩んで売らねばならなくなったという事に致しましょう」

「それならば俺が買い戻せばよい話では無いか。それで通るのか?」

「そこは近衛団員の手前、身内に恥を晒せないと偽って相手に隙を見せれば足元を見て食いついて来ますよ」

「よし、なら貴様に任せた。元本割れさえしなければ良いからあまり欲張らなくても良いぞ。今回は宮廷魔術師団に一泡吹かせてやれるだけでも面白いからな」


 秋に入って亜麻の相場価格が上がったとの情報が入った。パルミジャーノ州の亜麻市場に亜麻繊維が出なくなったからだ。

 高値で亜麻を買い付けたハスラー商人はそのすぐ後に大量に市場に出たリネン糸の為に値崩れした亜麻繊維を抱えて右往左往している。

 リネン布を生産している東部諸州の貴族や東部商人はハスラー商人から買うより安いそのリネン紡糸に飛びついた。東部商人とハスラー商人の糸の取り合いのおかげで、紡糸の価格が大きく上がった。

 亜麻繊維を大量に抱えたハスラー商人は自国で糸にするよりは儲けの出るであろう西北部諸州で安値で亜麻繊維を放出する事になってしまった。


 このタイミングでブラン男爵は宮廷魔術団の二人を訪ね株の買取を持ちかけた。

 こう言う事はやはり頭の回る者を使うに限る。ブラン男爵は元本の一割増、一株金貨一枚と銀貨十枚で売りつけてきたのだ。

 まあこの状況だけ見ていれば一株に付き銀貨二十枚くらいの配当は見込めそうな勢いであるし、紡績工場はまだまだ成長しそうなのだから。

 しかしグリンダの助言を頭に置いてリコッタ伯爵の動向を見ていると、派手な生活がうかがわれる。まず間違いなくあの男は破綻するだろう。

 グリンダのお嬢さまには感謝せねばな。


 ◇◇◇◇


「それでグリンダ。そなたの言っていた策略は上手く嵌ったのか?」

「策略とは随分な言い方でございますね、ファン様。私は親切にストロガノフ子爵に助言しただけですわ」

「親切ねエ。そのストロガノフ子爵への親切の結果が宮廷魔術師の大損なのだわ。でも何故ストロガノフなのだわ?」

「この休みが明けると私どもの身内が一人近衛騎士団に入隊致しますので便箋を図って頂きたいと思いまして」

「ああ、あのヴァクーラとか言っていた騎士の事ね。うちのザコの手伝いをしていた男なのだわ」

「強欲なメイド頭にしては珍しい。其の方のお嬢様は今度は近衛騎士団でも商売を始めるつもりか?」

「まあ私はどっちでも良いのだわ。それよりメリージャとパルメザンで始めたという新しいレシピを教えるのだわ」

「はい、お持ち致しました。レシピで御座います。ロックフォール家の特製マヨネーズ五壺と引き換えでございますよ」

「それは帰りにザコから受け取ると良いのだわ。それからレシピもザコに直接渡すのだわ。直ぐに作らせて一番に私が味見をするのだわ」


「それでグリンダ様。セイラ様はこの先パルミジャーノ州をどうなさるおつもりなのですか」

「モロノーの言う通り俺もそのことが知りたいな。出来れば我が家も一口噛みたいのだがな」

「セイラお嬢様はパルミジャーノ州の事はパルミジャーノ州の貴族に任せるおつもりかと思いますよ。これからの事はパルミジャーノ紡績株式会社の皆様が考える事でしょう」

「パルミジャーノ紡績組合はともかくリコッタ紡績組合は違うだろう。来春にはあの組合は立ち行かなくなるぞ」

「ですからパルミジャーノ紡績組合が動くのですよ。リコッタ紡績組合の大株主はクルクワ男爵家ですよ。そこの跡継ぎ娘はパルミジャーノ紡績組合の副会頭でその婿はリコッタ家の継承権を持つ弟。その上工場をその娘婿が担保にとって金を貸している。がんじがらめではありませんか」


「ああ恐ろしい。クルクワ家の長女も、其方も、其方の仲間のエマも恐ろしいが、すべての裏に君臨する其方のお嬢様が一番恐ろしいぞ。クルクワ家の五十一株はすべてライトスミス商会が金を出したそうではないか」

「そうそう、お兄様もモロノーも私のような優しい娘がロックフォール家に居る事に感謝しなければいけないのだわ」

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