第62話 マルカム・ライオル
【1】
「貴女、ウルヴァちゃんに怪我を負わせたそうではないの! 貴女には命に代えてもウルヴァちゃんを守るという主人としての自覚が無いのかしら。そんな事ではウルヴァちゃんの主人失格なのかしら!」
理屈はムチャクチャだが心底ウルヴァを心配してくれているのは有り難いし、私の信条としてはヨアンナの言葉に反論する言葉は一言も持ち合わせていない。
「ヨアンナ様、セイラ様は精一杯の治療をしていただきました。ジャンヌ様もそれは手を尽くして」
「だからどうしたと言うの。ナデタ! もしウルヴァちゃんが即死していても貴女は同じことが言えるの! セイラ・カンボゾーラ、貴女もよ。使用人が怪我をしたから治療しましたは誰でも言えるかしら。違うでしょ! 貴女のすべき事は使用人に怪我をさせない事でしょう。それとも私が何か間違っている事が有るかしら」
「いえ、ヨアンナ様。仰る通りです。心得違いをしておりました」
怪我をさせない、安全の基本じゃないか。いつの間にか感覚が鈍っていたのではないか。
「今夜からしばらくはウルヴァちゃんはウチで預かるから、反論は認めないかしら」
それだけ言うと連れて来ていたサロン・ド・ヨアンナのメイド二人にクロエの部屋に向かうように指示した。
「帰りにウルヴァちゃんを連れて帰るわ。念の為警護に私のメイドを一人をクロエ・カマンベールの部屋に派遣する事ができる様、寮監には登録したかしら」
そう言うと開いている椅子に座りみんなを見渡すと不敵に言い放つ。
「さあ、ウルヴァちゃんを傷付けた愚か者を葬る算段を付けようかしら」
「先ずは尋問と調査の結果を話すかしら」
ヨアンナの要請でナデタが報告を始めた。
実行犯は冒険者ギルドに屯する裏家業斡旋のブローカーから声を掛けられ仕事の依頼を受けて参加したという。
集められた五人は皆これと言った繋がりは無くギルドで顔を見た事が有る程度の仲だった。
ナデタが尋問した三人とも同じブローカーに声を掛けられていた。多分ほかの二人もそうだろう。
ブローカーから提示された仕事は貴族令嬢の誘拐。令嬢に護衛は無くお付きのメイドだけだが念のため武装はしておく様にとの事だった。
一昨日指定された倉庫に集まった五人は倉庫内に置かれた馬車と王立学校生に変装する為のフード付きのマントと渡され、仮面の男から仕事内容の指示を受けた。
決行日は今日、放課後の帰寮時間に合わせて侵入経路や襲撃箇所も指示されて地図も明示された。ただし書類関係は手渡されず記憶させられた。
やはり証拠を残さない為の対策なのだろうか?
しかし名前を晒して脅迫状まで出しながらここまで痕跡を隠す必要が有るのだろうか。
今日は昼食時の生徒の出入りに紛れて校内に入り込んだ五人は午後の授業が終わるまで校内に身を隠し終業の鐘と同時に襲撃予定場所に集合して待機していた。
そして偽メイドの合図で襲撃に至ったと言う事だ。
「ナデタ、リオニー。貴女そいつらはキッチリ絞めたのかしら?」
「ハイ! 私とナデタでキャンとすら言えないくらいにプチっと言わせました」
「特にウルヴァに怪我をさせた男はウルヴァが折らなかった左手も両足も破壊致しました」
「よくやったかしらリオニー、ナデタ」
ヨアンナもその報告で満足したようだ。
「その仮面の男がマルカム・ライオルなのかしら。その倉庫の場所どこなのかしら」
「歓楽街の外れの倉庫です。ナデタから報告を受けてすぐに現場に向かいましたがもう既に近衛騎士団が取り囲んでいました」
アドルフィーネが答えた。
学校詰めのメイドの数人が倉庫に急行する傍らセイラカフェにも連絡を入れており、下町で調査中のアドルフィーネが駆けつけたのだ。
「倉庫と言っても掘立小屋に毛が生えた程度で隠し部屋など無さそうでしたし、倉庫周辺は近衛騎士団が、多分第七中隊が封鎖して近寄れそうも有りませんでした」
「あの…ヨアンナ様。アントワネット・シェブリ伯爵令嬢への連絡は如何致しましょう。警告と状況の説明程度は必要かと思うのですが」
アドルフィーネも筋は通した方が良いと思ったのだろう。最初に警告してくれたのはアントワネットなのだから。
「それなら私から…いえセイラの方が…。そうね、チェルシーに行かせるのが良いかしら。クロエ様の部屋付きメイドだし。セイラ、貴女は手紙を代筆するかしら。でもマルカム・ライオルを捕まえてぶちのめすのは私なのかしら!」
ヨアンナの仕切で話はサクサク進んで行く。
私はチェルシーが来るまでの間に事件のあらましを手紙に書いてチェルシーに持たせてウルヴァを連れたヨアンナのメイドと共に上級貴族寮に行かせた。
もちろんウルヴァはヨアンナの部屋に匿う為なのだがこのままではウルヴァ迄ヨアンナに取られてしまいしそうだ。
【2】
皆で明日からの警備の方針を話し合っているところにチェルシーが帰って来た。それも魂が抜けたような顔をして。
「お帰り、チェルシー…? いったいどうしたの?」
「まるで魂を抜かれた様なのかしら」
「ヨアンナ様、セイラ様、…皆さま、ウィキンズ様が捕縛されたと」
私はあまりの話に思考が止まってしまって口すら開く事が出来なんかった。
「一体どう言う事ですの!」
誰よりも先に口を開いたのはカミユ・カンタル子爵令嬢だった。
「いったい何の咎で!」
「そうですわ。温厚なウィキンズ様が捕縛など!」
シーラ・エダム男爵令嬢とブレア・サヴァラン男爵令嬢も続いて声を荒げる。
「あらあら、まあまあ。ウィキンズったらお茶目さんなんだから」
「エマさん、そんな暢気な事を」
「ジャンヌ様ぁ。ウィキンズなら大丈夫ですぅ。ウィキンズですからぁ」
「ええ、ジャンヌ様。ウィキンズですから、ねえエマさん」
幼馴染み組はおおむね冷静に楽観視している様だが根拠は一切ない。
「皆落ち着くかしら。何よりも状況が分からない状態で騒いでも仕方ないかしら」
「そうね。私も狼狽してしてしまったけれど、チェルシー説明してくれないかしら」
ヨアンナの言葉で私も冷静に戻れた。私としたことが恥ずかしい。
「そっそうですよね。先程アントワネット・シェブリ伯爵令嬢様にご説明に上がったのですが、あちらでも状況は把握していらっしゃいまして…」
アントワネットの下に説明に言ったチェルシーは手紙を託て帰りかけたのだが呼び止められて部屋に招き入れられた。
そしてアントワネットは近衛騎士団のエポワス副団長の伝手を通して調査をしていたと言われたのだ。
教導騎士団のカール・ポワトーからマルカム・ライオルの情報を得て、教導騎士団を通して探索を依頼した結果、マルカムの雇った闇ブローカーを突き止めて事件が計画されていることまで突き止めていた。
アントワネットによれば対象が誰か? 実行日がいつかは突き止められなかったと言っている。
ただ今日を入れて三日のうちに決行されると言われたので近衛騎士団の第七中隊に緊急の警護依頼を入れたところ、第一王子が動いてくれた。
「白々しい、クロエ様が狙われている事など知っていたに違いないかしら。知っていて泳がせていたのかしら」
「きっとそうですわ。クロエをエサにして火の粉を払おうとしたに違いないわ」
「ええ、あの性悪伯爵令嬢の事ですものこの事件が起こるのを待っていたに違いないのよ」
ヨアンナの意見にカミユ達が賛同する。
「それよりウィキンズの捕縛に付いて教えて欲しいの、お願いチェルシー」
「ええ、ウィキンズ様はマルカム・ライオルの殺害容疑で捕縛されたそうです」
衝撃の言葉に今度こそ部屋の全員が凍り付いた。
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