第63話 捕縛

【1】

「ええ、ウィキンズ様はマルカム・ライオルの殺害容疑で捕縛されたそうです」

 まさか…あのウィキンズに限って人を殺すなんて。

 でも抵抗されれば正当防衛でと言う事も考えられる。


「ウィキンズ様はきっとクロエを守るために…」

「クロエが害されたと思ってその仇を取ろうとしたのですわ」

「騎士の鑑ですわ。相手は犯罪者ですから慈悲などいりません」

 カミユもシーラもブレアも被害者がマルカムだと聞いた途端に安堵した表情でウィキンズを讃えだした。


 でもウィキンズは相手が誰であろうと好んで人を殺すような男ではない。

「セイラ様、私は納得しかねます。ウィキンズは簡単に剣を抜くような男ではありませんわ」

「ええ、あの男なら徒手での捕縛でもマルカム如きに後れを取りません。絶命を望んで格闘する様な事は致しませんよ」

 アドルフィーネとナデタは私と同じ意見のようだ。


「ねえチェルシー、何か捕縛された時の状況は聞いていないの」

「はい、なんでも第一王子が第七中隊を率いてマルカム・ライオルのアジトに乗り込んだ時にはマルカムはロングソードで刺殺されてその傍らにウィキンズ様がいたとか。それでその場で第七中隊に捕縛されたと教えられました」

「あれぇ~。おかしいですねぇ。ウィキンズはロングソード使わないですぅ」

 そうなのだ。ウィキンズの得物はファルシオンなのだ。


「セイラ様。私、今日ウィキンズと午前中に何度か情報交換をしておりますが間違いなくファルシオンを腰に差していましたわ。状況は解りませんがロングソードが凶器ならウィキンズの物ではありませんね」

 アドルフィーネの説明によれば、ウィキンズ達第四中隊もマルカムの探索で街を回っていたそうで、午前中に二度アドルフィーネと会って情報交換を行っていた。

 その時にはウィキンズはケインとペアを組んで回っていたと言う。


「キナ臭いわね。情報が無さすぎて判断できないわ」

「セイラの言う通りかしら。今日はこれ以上情報は集められないかしら」

「ナデタ、アドルフィーネ。お願、難しいかも知れないけれど騎士団寮から出来る限り情報を集めて。酷い事にはなっていないと思うけれどそれでもルカ様もいない状態では守ってくれる人が…。そうだ! リオニー、今すぐセイラカフェに走ってグリンダを通して騎士団長に釈放をお願いできないかしら」

「わかりました。すぐに行ってまいります」


「クロエには伝えない方が良いでしょうね。出来れば明日は部屋で療養をして貰った方が良いですね」

 カミユが提案する。

「そうね。クロエお従姉ねえ様にはウィキンズの事は未だ知らせないで欲しいわ。ハッキリする迄心を煩わせる訳には行かないもの。お願いするわチェルシー」

「はい、クロエ様には大事を見て明日は休むように申し上げます」


「でもウィキンズ・ヴァクーラは良くやったかしら。マルカム・ライオルを倒してウルヴァちゃんの仇を取ってくれたかしら。もう護衛のもいらなかったかしらね。まあ今日は看病の為において行くかしら」

 それだけ告げるとヨアンが立ち上がって部屋を出て行く。

「私もアントワネット・シェブリの周辺を当たっておくわ。あの女胡散臭い過ぎるかしら」

 そう言って帰って行った。


【2】

 ヨアンナが帰るのと合わせて私達も一旦解散した。

 そして夕食の前にはもうアドルフィーネとナデタも騎士団寮から情報を拾ってきてくれていた。

 レオナルドとウォーレンの二人もウィキンズの事を知り必死で近衛騎士団員から情報を集めていたのだ。


 状況報告の為女子下級貴族寮のガーデンテラスに来てくれていると告げられ三人でそちらに向かった。

 女子寮の外にあるガーデンテラスにすでに待機していた二人は私の姿を見つけて立ち上がって手を振っている。


 到着すると二人の調査結果の報告が始まった。

 近衛騎士団は副団長の命令で全員マルカムの捜査に駆り出されていて、学生であるウィキンズとケインも朝から授業を休まされて駆り出されていた。

 本来学生騎士は学業優先でこんな事は異例中の異例だ。

 そして昼には王立学校の近衛騎士団員は、放課後に学校の訓練場にて待機する旨命令が出たいた。


 命令の発令タイミングを考えると昼前には事件の概要が近衛騎士団のエポワス副団長の元には上がっていたと考えられる。

 先ずモン・ドール第七中隊長辺りまでは確実に把握していたのだろう。

 事件が発生してすぐに集まった近衛団員は馬車の捜索に駆り出されているのだから。


 レオナルドとウォーレンはシーラやブレアと現場に駆け付けたが近衛騎士団はその頃には馬車を探して訓練場を後にしていた。

 ウォーレンに言わせると余りにもタイミングが良すぎるそうなのだ。

 事件前に準備していなければこのタイミングで学生近衛騎士を全員動員するのは難しいのだ。


 彼らの言うには事前に決行時間の予想がついており、犯行の概要も判っていなければこうは上手く行かない。

 当然この情報はシェブリ伯爵家とエポワス伯爵家、それにモン・ドール侯爵家あたりが情報を握っていたのではないだろうか。

 まず間違いなく主導したのはアントワネット・シェブリ。

 そして当て馬にされてエサにされたのはクロエ・カマンベール。


 ふざけた事をやってくれたじゃないかアントワネット・シェブリ。

「チェルシー殿が聞いて来た話どおりならばシェブリ伯爵家は今日の事を知っていたと言う事だろう! おまけにウィキンズ迄巻き込みやがって」

「腹立たしい! クロエ様をエサにしやがって、シェブリ伯爵家を糾弾できないのか!」

 ウォーレンとレオナルドがテーブルを叩いて憤る。


「難しいでしょうね。腸が煮えかえるほど悔しいし腹立たしいけれどアントワネットに出し抜かれたのは私の落ち度。糾弾したところでどうせ小賢しく逃げ口上を並べて言い逃れられた上面子を潰されるのはこちらです」

「ああ、多分そうなるだろうな。何より情報が少なすぎる」


「それでウィキンズの事は何かわかった?」

「今のところ近衛騎士団の連中からは情報が入っていない。今日の事件で殆んど出払っているんだ。何より第四中隊の連中は朝から誰も学校に戻ってきていないんでな」

「ウィキンズとバディを組んでいるケインが帰ってくれば何か詳細がわかるんだがな」

 そう言えば午前中は二人で捜査に回っていたとアドルフィーネも言っていたな。


「ただ第二中隊のイヴァン・ストロガノフが気になる事を言っていたな。リチャード殿下がこれでクロエ様の気も変わるだろうとか言っていたそうだ」

「…どういうことですの?」

「イヴァンの言う事だからどこまで当てにすれば良いのか判らんが、クロエ様を送った帰りにそう言っていたと。それを聞いてあいつは近衛騎士団にはクロエ様は向かないからセイラ様の方を勧誘すべきだと進言したと言っていた。それを聞いた殿下はそれも有りかもしれないと」

「あのバカ! 何を言っているの! イヴァンのバカは今何処に居るのかしら、絞めに行かないと!」

「事件の後俺たちと会って直ぐに第二中隊も全員出て行った。第一・第二中隊は近衛団長の子飼いの中隊だからな」


「それよりもセイラ様。殿下の言葉の真意だがクロエ様を狙っているんだ、多分。そして場合によってはセイラ様、あんたもその対象と言う事だと思う」

「どう言う事? 私もクロエお従姉ねえ様もたかだか子爵家の令嬢よ。王家とは家格が釣り合わないわ」

「側室だよ。第一王子も庶子だ。一応養子の体裁は取っているがそれは周知の事実だからな」

「あの殿下は女好きだからな。ただ在学中はウィキンズと正面切って争う事はしないだろうが邪魔に思っているのは確かだよ」

「それってウィキンズの捕縛事件に絡んでいると言う事なの?」

「俺たちの口からは…。そうで無い事を祈っているがな」

 王家迄絡んできたとは厄介な事になってしまった。

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