閑話9 ウィキンズの受難(3)

 ★★★☆

 ウィキンズは少し先の屋台で果物を物色しながらカーニバルマスクの男の様子を窺う。

 男が歩き出したの見てザクロ一つ買うと先行して歩き始める。

 男の気配を背中で感じながらザクロを食べながらゆっくりと歩くと直ぐに男が追い付きウィキンズの横を通り過ぎて行った。

 少し距離を置きながら男の後をつける。


 ウィキンズは男の後をつけながら目眩を感じた。少し眠気がする。少し足も重い気がする。

 男はしばらく歩くと裏通りの倉庫らしい建物に入って行く。

 倉庫と言えば聞こえはいいが地面に板張りの壁を四方に立てて屋根を乗せた程度の掘立小屋に毛が生えたような倉庫だ。


 倉庫の壁板の隙間から中を覗いて見ると薄暗い例の男が一人立っているのが見えた。そしてもう一人、テーブルの前で椅子に腰かけた人影が見えるが視界が霞んできた。

 マズイ! 眠気が強くなってくる。

 くそっ! あの女、一服盛りやがったな。

 そう気づいたが後の祭りだ。目の前が霞むが気力で立ち上がるとウィキンズのすぐ後ろにフードを被った人影が二つ近付いてくる。

 殴りかかろうとするが力が入らない、腰砕けになってそのまま倒れ込みながら目の前が暗くなる。

 そして意識が途切れた。


 ★★★★

 喧しい声がする。

 それも一人二人では無い。ざわざわと騒がしい。

 ウィキンズがゆっくりと頭を振って目を開くと薄暗い部屋の中だった。

 周りを見渡すとどうも意識を失う前に覗いていた倉庫の中のようだ。外で意識を失ってからここに運び込まれたのだろう。

 血の匂いが籠って鼻を衝く。咽かえるような臭いに込み上げる吐き気をグッと堪えて起き上がった。


 血の匂いの原因は倉庫の真ん中に横たわった男の死体。

 胸にロングソードが深々と突き立っている。おかげでその周りは血の海だ。

 そして…その死体を幾人もの近衛騎士が取り囲んでいる。

 一体何が何だか分からないがあまり良くない事態である事は何となく理解できる。

 半身を起こして目を凝らして死体をよく確認する。


 着ているのは汚れてあちこち破れているが近衛生地団の制服だ。はだけているマントは王立学校の物だった。そしてその顔にはカーニヴァルマスク。

 俺がつけていたあの男だろうかとも思うが、それならなぜここで死体になっている?

 そうだ! ここを覗いた時に椅子に座っていた人影も見えた。

 それに俺を襲ってきた二人組も…考えがまとまらない。ああ喉が渇く。

 ウィキンズは思考をスッキリさせるため両頬を力を入れて叩く。


 その音に気付いた近衛騎士の一人がこちらに近づいて来た。

「目が醒めたようだなウィキンズ・ヴァクーラ」

 第一王子だった。

「立てるか? 貴様には聞きたい事が山ほどあるが先ずあの死体だ。貴様が殺したやったのか?」

「いえ、違います。今死体があるのに気付きました」

「まあいい、お前は容疑者だ。反論は有るだろうがしばらく帰れないと思え」


「それであの死体は誰なんです」

「それは今から確かめる。貴様も見るか?」

「ええお願いします」

 立ち上がったウィキンズはリチャード殿下の後ろから死体に近づく。

 死体は近衛騎士の制服は着ているものの体形はだらしなく肥えて筋肉も落ちているのが分かる。

 少なくともウィキンズがつけていた男とは明らかに体形が違う。


 下級生の近衛騎士が顔を背けながら恐る恐る手を伸ばしてマスクを強く引くと少し頭が持ち上がりするりとマスクが取れた。

「マルカム・ライオルだな。ずいぶんと太っているが間違いないだろう」

「ええ、その様ですね」

「これで脅迫事件は一件落着というところだな。あとはこいつを殺した犯人だ。俺たちが来た時にここに居たのはお前だけ。一番の容疑者だぞ」

 忌々しそうに呟くとマルカムの胸に刺さったロングソードを指差す。


「それでこの刀は貴様の物か?」

「いえ、見覚えは有りません。自分の得物はファルシオンですから」

「貴様は帯刀しておらんが何故だ?」

「同僚のケイン・シェーブルに貸しました。屋内や近接戦ではファルシオンの方が有利ですから。それに今回はマルカム・ライオルの確保が目的でしたので刃物は不要かと思いまして」

「…ああ、思い通りに行かんな」


「さすがはウィキンズ副寮長ですね。クロエ様襲撃の主犯を一太刀だ。これこそ令嬢を守る騎士の誉だ。おまけにこいつは脱走兵。死刑も同然の男。ウィキンズ副寮長の栄誉はさらに高まりますね」

 何処から現れたのかイヴァン・ストロガノフが空気も読まずに現れて捲くし立てた。

「誰がこいつをここに連れてきたんだ!」

 リチャードが苛立った声を上げる。

「自分達第二中隊は独自判断で事件に協力しろと言われておりまして、殿下のお役に立ちたいとこうしてついてまいりました!」

「判ったから貴様はサッサと騎士団に帰って待機していっろ!」

「ハッ! それでは団に戻ってウィキンズ先輩の誉とリチャード殿下の手柄を吹聴してまいります!」

 そう言うと踵を返して走り出した。

「違う! 副団長に報告して貴様は待機していろ!」

 慌ててリチャードが命令するが聞いているのかどうかそのまま走り去ってしまった。


「くそっ! あの愚か者は一々混ぜ返しやがって。何もかも予定通りに行かん」

 何かわからないがリチャード殿下はかなり苛立っているようだ。

「先程イヴァンがクロエ様襲撃犯人とか言っておりましたが一体何があったのですか」

 まさかクロエの身に何かあったのかと思うと体が急に熱くなってくる。

「安心しろ。クロエ・カマンベールは無事だ。犯人も全員俺たちが確保した」

「殿下が!? もしかしてナデタやチェルシーが怪我を? お嬢…セイラ嬢は?」

「そいつらも無事だ。そのメイドのせいで犯人が手足を折られて尋問もままならんが、そんなことはどうでもいい。貴様は一体ここで何をしていた!」

 どうもあのメイドたちが暴れまくったようだ。らしいと言えばナデタらしいが、皆無事のようで安堵する。


「ご迷惑をおかけしてすみません。不審人物を捜索中に一服盛られたようで…」

 ウィキンズはアドルフィーネから情報をもらってからの経緯をかいつまんで説明した。

「フン、あの女もなかなか良い仕事をするな」

「それはセイラ嬢のメイドのアドルフィーネの事でありますか。あの女なら接近戦ではナデタよりも手強いでしょうね」

「あっああ、まあ厄介なメイドではあるな」


「それでお前のつけてきた相手がマルカム・ライオルだったという事だな」

「いえ、違います。体型がまるで違っています。身長はあまり変わらぬようですがもう少し精悍な体型と容貌だったと記憶しております」

「記憶違いとか、内と外での印象の違いではないのか? 貴様の証言通りカーニヴァルマスクを付けて王立学校のマントを羽織っているではないか」

「多分自分がこの中を覗いたときに居た椅子に座っていた人影がマルカムではなかったかと思うのです」


「それではその男が犯人と言いたいのだな」

「その男を含めた三人組です。自分が意識を無くす前にやってきて倒れた自分を引き摺っていったフードの二人組がおります。あいにくそれ以上の記憶はありませんが二人組であったことは間違いありません」


「まあ良い! とりあえず貴様は容疑者一号だ。近衛騎士団に帰ってしっかり尋問を行う。念の為腰縄も…」

「「「ウィキンズ先輩!」」」

「「「ヴァクーラ副寮長!」」」

「リチャード殿下」

 いきなり王立学校騎士団寮の近衛騎士達が乱入してきた。


「イヴァンから聞きましたよ! クロエ・カマンベール子爵令嬢の誘拐を企てた脱走兵を返り討ちにしたそうですね」

「それもロングソードを振るう相手に素手で渡り合って相手の得物を奪って倒したとか」

「リチャード殿下の密命を受けて内偵されておったそうですね」

「リチャード殿下は先見の明が有られる。早くからこの事を見抜いてヴァクーラ副寮長を動かしていたとは」

「ヴァクーラ先輩は殿下の命を受けて近衛騎士の恥さらしで脱走犯のマルカム・ライオルを討ち取ったのですよね」

「やはりリチャード殿下は騎士団の名誉を守るために動いておられたのですね」


「…イヴァンの愚か者が! 行くぞウィキンズ。形だけでも尋問は受けて貰う。…イヴァンの野郎ことごとく邪魔をしやがって」

 ウィキンズはリチャードと共に下級生の歓声を浴びながら近衛騎士団へと帰って行った。

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