第64話 第一王子
【1】
リチャードは焦っていた。
三学年も半分以上が終わろうとしているのにこれといった成果が出ていない。
三年通してAクラスではあるが突出して成績が良かったわけではない。王家の権威でゴリ押しして特待生を取るにも成績が足りない。
武術でもそこまで優れた剣技を持っているわけでもなく、武術試合などでは上位に食い込むも対戦相手が明らかに手加減して勝ちを拾っていることは傍目にも明らかだ。
明らかに技量差がある相手との試合は勝たせてもらったところで何一つ得にならないので棄権することにしている。
おかげで分を弁えた王子として評判は悪くないがこれでは不味いのだ。
彼は第一王子ではあるが庶子である。
現国王の愛妃で寵愛を一身に受けているので王太子の可能性は十分にあるのだが、弟のジョンと比較されると見劣りがする。
母は先王が王座に就いた時に功績があったモン・ドール侯爵家の出ではあるが、正妃でジョンの母親のフルム・ダンベール公爵家とは見劣りがする。
その上ジョンは算術や幾何で優れた才能を示し、入学時の選別試験でも文句なく上位の成績を取っていた。
三年間卒なくAクラスで過ごしてきたリチャードにとって脅威でもあった。
Aクラスの成績を維持し続けてきたリチャードは王太子としては十分に及第点ではあるが、これではジョンには勝てないのだ。
母の生家のモン・ドール侯爵家も箔付けのために近衛騎士団に第七中隊の小隊長の肩書を用意してくれているがそれだけでは到底足りない。
実績が必要なのだ。
腹心や参謀格に該当する取り巻きの貴族たちもそこそこ優秀ではあったが、各学年三人の特待生枠は取れていない。
いや本来ならば取れて当然の当体制枠を二人の下級貴族令嬢と一人の平民が譲らずに独占し続けているのだ。
特に近衛騎士団の平民騎士ウィキンズ・ヴァクーラは三年通して文武ともに主席で通し近衛騎士団の同輩や後輩はおろか王都騎士団員にも評判が良い。
何より同じ近衛騎士団員としてリチャードの仕事の大半の雑事をカバーして貰っているため圧力もかけにくく文句が言えない。
それと同じでクロエ・カマンベール男爵令嬢は法務関係の成績が突出しており文官としての能力がずば抜けている。
大人しく従順そうなのだがその兄が同じ近衛騎士団の中隊長であり圧力がかけ難い。
そしてもう一人がカミユ・カンタル子爵令嬢。
この女は南部の有力貴族ロックフォール侯爵家の直臣で清貧派・反宮廷派の急先鋒の家系である。
実家もそうだが本人も強情で見かけによらず苛烈な性格な上、指導力もあるためAクラスの下級貴族と平民をまとめ上げて派閥のリーダーとなっている。
上級貴族に特待生枠を譲ることはしないだろう。
このままでは下級貴族や平民に突出したものが多数いるため王太子候補であるリチャードが埋没してしまうのだ。
三年間Aクラスの名目上のリーダーとして平穏に過ごしてこれたのも彼らのおかげではあるが、ここに来て彼らが邪魔になってきているのも事実である。
特にカミユ・カンタル子爵令嬢とウィキンズ・ヴァクーラの二人は…。
取り込めるなら自分の派閥に取り込みたい。カミユとクロエなら愛妾として遇して手駒にできれば言うことはない。
ウィキンズも近衛騎士団で補佐役としてなら辣腕を振るってくれそうなのだが。
しかしカミユ・カンタルは王家とは水と油だ。ましてや愛妾などの話を持ち出せば烈火のごとく怒り狂うだろう。
その点クロエ・カマンベールなら王家の権力と褒美でなんとかなりそうだが、そうなるとクロエと恋仲のウィキンズ・ヴァクーラと溝ができてしまう。
兄のルカ・カマンベールも反発するだろう。
彼らに文句を言わせずにクロエを我がものにする方法は無いか考えあぐねていた折に耳にしたのがマルカム・ライオルの件だった。クロエ・カマンベールの拉致が計画されているという。
誘拐の手口も掴んでいるようで実行日もほぼ確定しているということだ。
情報源も確かなものだったので話に乗ることにした。
犯人たちは授業終了後の帰寮のタイミングを狙い、クロエを拉致して馬車に積み込んで逃げるという計画だ。
実行に際しネックになるのがウィキンズ・ヴァクーラとケイン・シェーブルの二人の近衛騎士の存在だ。
ここ最近クロエの護衛代わりにいつも側に付いている。
情報元の話ではクロエの部屋付きメイドは腕が立つそうなのだが襲撃犯がどうにか引き離すという。
ならば近衛騎士団員の二人はエポワス副団長が引き離してくれる手筈になっている。
そうして襲撃のタイミングでリチャードが学校内の学生近衛騎士を指図して犯人を一網打尽に捕まえてクロエを開放すればその手柄だけでもみんなの目を引ける。
クロエの印象も良くなり愛妾の話を持ち出しても反発は少ないだろ。
情報元の話からすると主犯のマルカム・ライオルの所在や潜伏先も掴んでいるようなので、併せてマルカムの捕縛までできれば更に手柄を立てられるだろう。
その際にウィキンズが無様を晒してくれれば尚良い。
モン・ドール第七中隊長が第四中隊に命じてウィキンズとケインを当日の朝からマルカム・ライオルの捜索に当たらせてくれると言う。
手掛かりが無ければ雲をつかむような話だ。できれば一味に返り討ちにでもあってくれれば儲けものなのだがそうなると事件が大きくなりすぎる。
ウィキンズたちが負傷したり死んだりすれば近衛騎士団の責任も問われる上、ことが露見する可能性ある。
それに腕の立つ二人を相手にするとなると襲撃側も無事でいられる筈ものなく多くの死者が出る可能性が高い。
そうなればリチャードの手に余り情報元にまで飛び火することも有りうる。
情報元の提案で口封じのためマルカム・ライオルは殺して、うまくゆけばその罪をウィキンズ・ヴァクーラに擦り付けられるように考慮するとの回答を貰ったので任せることにしたが不安は残る。
実行犯はマルカムの一味が金で集めたゴロツキで黒幕の詳細は知らされていない。
アジトは放置されている持ち主不明の廃倉庫で襲撃犯への説明も準備もここで行われ、誘拐後は馬車でここに帰ってきて黒幕にクロエを引き渡して終わりというシナリオだ。
情報元はここでマルカムを始末し、あわよくばウィキンズをおびき出してマルカムの死体発見と同時にリチャードが踏み込めば犯人に仕立てられる。
うまくゆけば情報元の一味がウィキンズを昏倒させて彼の得物をマルカムに突き立てておけば尚良ということだ。
ここまでお膳立てがなされていれば先ずしくじることはないだろう。
最悪クロエやウィキンズが死傷したとしても実行犯が、捕まるだけで情報元はもとよりリチャードにまでたどり着くことは絶対に不可能だ。
マルカム・ライオルが死んでいればそこから先に繋がることはないのだから。
そして今日を迎えリチャードは嘆息する。
近衛騎士団であらましの報告を済ませて、学生近衛騎士を引き連れた王立学校に帰ってきた。
計画通りにリチャードの行動は学生たちの注目のまとになっており、近衛騎士団員は歓声で迎えられた。
しかしそれ以上に誇張され吹聴されているのはクロエや聖女ジャンヌの部屋付きメイドの活躍でであり、事件はメイドたちの奮戦で解決したように言われている。
更にウィキンズ・ヴァクーラが体を張って主犯のマルカム・ライオルを成敗したという話がまことしやかに騎士団寮中に広がっていた。
もちろんそれを容認したリチャードの懐の深さを称える話も出て入るのだが、ウィキンズの噂の前には霞んでしまっている。
リチャードは騎士団寮の学生の前で作り笑いを浮かべながら心のなかで歯噛みするのであった。
クソ、クロエも駄目だ。こうなればイヴァンの言う通りセイラ・カンボゾーラでも狙ってみるか。
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