閑話8 ウィキンズの受難(2)
★★☆☆
ケインとウィキンズはマントの前をシッカリと留めてはだけない様にする。
普通のマントでは両手が塞がれるので剣が抜けないが、ジャンヌが考案した新作のマントで肩口から両腕が出る様に設えて在り、更に肩と腕を覆う小振りのマントが二重に縫い付けられている。
襟元やマントの前はトグルボタンがついており風にもはだけにくい。
今は二人ともトグルボタンを留めて下の制服が見えない様にしている。
これならば腰に付けているファルシオンも目立たず、直ぐに刃物が抜けないので相手も警戒しないだろう。
裏通りでも日が高いので人通りはまばらだが、人相風体の怪しい人間が多い。その上どいつも酒の匂いをプンプンさせている。
「あそこがフープ亭だ」
ケインの指し示す先、通りの中ほどに酒樽のタガを看板代わりにぶら下げた店が有った。
店の側まで歩を進めると明り取りの為に鎧戸は全て開かれている。
五つか六つのテーブルとその奥にカウンターが見え、カウンターの奥には店主と思しき男が棚の片付けをしている。
テーブルとカウンターに数人の客と思しき人影が見え、店員らしき女がテーブルを拭いているのが見えた。
「おいケイン、あの奥を見て見ろ。あいつで間違いないだろうぜ」
ウィキンズが顎をしゃくる先、フープ亭の一番奥のテーブルに真っ白なヴィザードを付けてフードを被った女が座っている。
晩冬のそれも室内で日焼け除けのヴィザードなど後ろ暗い事が有ると言っている様なものだ。
テーブルにはワインの瓶が置かれ、時々ヴィザードを持ち上げて銅のゴブレットからワインを啜っている。
白い肌と口紅を塗った真っ赤な唇が見える。
「どうする、ウィキンズ。踏み込むか?」
「いきなり突っ込んでも警戒されるだけだろう。それにしょっ引く理由も無いし尋問も出来ないからなぁ。しばらく様子を見てそれとなく話を聞きに行こうか」
「ナンパでもするか? 商売女みたいだから額交渉に託けて何か聞いてみるのも手だがな」
「俺はゴメンだ。その手の事には慣れていない。夜遊びの帝王、お前がやれ」
「バカ言うな。俺だって別に…夜に出歩いていたのは酒場の用心棒で小遣い稼ぎだ」
店の前で若い男二人がコソコソと言い争っているのは見てくれの言いものではない。
「兄ちゃんたち初めてなんだろう。俺が良い所紹介してやるぜ」
「おい兄ちゃん。女を買うならあの女はやめときな。ここ二日あそこに座っているが俺達には鼻もひっかけやがらない」
女を買いに来たどこかのボンボンだと思われているのだろう。酔っ払いが絡んでくる。
「違う、違う。俺たちは別に…」
ウィキンズが慌てて否定しようとするのを押しとどめてケインが割って入った。
「女衒に頼むなら俺達で直に頼むさ。あんたの口利きで余計な金を払いたくねえからな。俺の腕で落とした女なら女衒に払う金も節約できらあ」
そう言うと酔っ払いたちを追い払った。
「こんな所にいても埒はあかねえ。腹括っていくぜ、ウィキンズ」
「おっ…おう」
ケインの勢いに押されてウィキンズは店内に踏み込んだ。
安酒の酸っぱいにおいがする店内は、店員と店主が振り返ったが酔いつぶれた客たちは見向きもしない。
ウィキンズもケインも周りに目もくれず一直線に女の席に向かた。
「姐さん、この席良いかい?」
「他所も開いているよ。他に行きな」
えらくしわがれた嗄れ声が帰って来た。
「臭いおっさんばかりの席で飲むのは御免被りたいんでね」
「私はガキを相手にする心算は無いのよ。チェリーを相手にする気は無いんでね」
「おいおい、こいつはともかく俺は違うぜ」
ケインはウィキンズと肘で小突くと勝手に向かいの席に座る。
ウィキンズも仕方なくその隣に座った。
女は面倒くさげに手を振りまたヴィザードを上げてワインを飲んだ。
「坊やたちの相手をしているほど暇じゃないのよ。女が欲しいならその辺りの女衒にでも頼むのね」
「金で買える女は興味ないんだ。あんたと話がしたくってな」
ヴィザードの下の目が怪しく光ったように見える。
暫くウィキンズの方を見ていたようだが右手を上げてカウンターに合図した。
「銀のゴブレットを二つ持ってきたちょうだい。一杯だけ奢ってあげるわ」
店主が持ってきた銀のゴブレットが置かれる。
女はテーブルの上のワインの瓶を持ち上げると自分のゴブレットに続いて二つの銀のゴブレットにワインを注いでいった。
そしてそのワインを一口飲んでその赤い口紅が笑みを浮かべる。
「さあどうぞ。銀のゴブレットに変化は無いわ。さあ毒見もしたし坊やたちもどうぞ。そしてそれを飲んだらお引き取り願おうかしら」
「まあ、姐さん。そう言わずに少しくらい話に付き合ってくれよ」
ケインはそう言いながらゴブレットに注がれたワインを少しずつ床にこぼす。
このゴブレット、銀…ではなくピューターのようだ。
ウィキンズは一口ワインを口に含むと話しかける。
「この辺りで割の良い仕事とか無いか? 実は金欠で…」
「おい、ウィキンズ。姐さんを口説こうってところをつまらんことで腰を折るなよ」
怒ったふりをしてウィキンズの胸ぐらを掴むんでワザとゴブレットをひっくり返す。
「詰まらないケンカは他所でやっておくれ。私は仕事の口利きなんぞしていないし、あんたに口説かれる気も無いよ。今日は味噌がついちまったかね。縁起でもない」
女はそう言うと銀貨を置いて席を立つと店の外へ歩いて行く。
振り返り追いかけようと席を立ちかけたウィキンズの肩をケインが抑えて店の外に向かって顎をしゃくった。
店の向かいの壁にカーニバルマスクを付けて王立学校のマントを羽織った男が背を丸めて立っていた。
女は店の外に出るとそのカーニバルマスクの男の何やら一言二言話して銀貨らしき物を渡すと隣の屋台に行き店主と何やら話している。
男も壁にもたれてマントの中からスキットルらしき物を取りでして一口煽った。
「どうだウィキンズ。マルカムだと思うか?」
「確実には言い難いが、背丈はともかく体型も雰囲気も違い過ぎるな。まあ酒で身を持ち崩したのなら体型や雰囲気が違うのも当然かもしれんがな」
「俺も別人としか思えんな。っでどっちを追う?」
「さあな運任せだ。俺は右側の道に行った方を追う」
「それじゃあ俺は左だ」
「分かれて出るぞ! 俺は先行して右の通りで待っている。ケインは左に向かって歩き出した奴の後を付けろ。それから俺のファルシオンだ持っとけ」
「おい! お前は得物なしでどうするんだ!」
「徒手格闘なら絶対負けない。ヤバくなった時の逃げ足もだ」
ウィキンズはそう言って席を立つと、怒ったようなふりで肩を怒らせながらマントとフードで姿を偽装して店を出て通りを右に向かって出て行った。
カーニバルマスクの男はそのすぐ後に、スキットルのキャップを閉めると右に向かって歩き出した。
「と言う事は俺は女の方か。まあ色気がある方で重畳なこった」
しばらくすると女も屋台の店主との話が終わった様で、通りを左に向かって歩き出した。
ケインは慌てて席を立つと小走りに店を飛び出して通りを左に向かった。
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☆本来ヴィザードは口で噛んで固定する為口を開けないのですが、描写の都合上紐で 留める様式に変えています。
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