第61話 お茶会室にて
【1】
襲撃現場には人だかりが出来ていた。
帰って来た下級貴族令嬢たちや事件を聞いて駆けつけた平民寮の生徒が集まっていたのだ。
「ああ、クロエ様。ご無事だったのですね」
ジャンヌがいち早く私達を見つけて駆け寄って来た。
「ええ、ジャンヌ様。ご心配をおかけいたしました。それよりもウルヴァは? わたしの為に怪我を負わせてしまって」
クロエはオロオロとあたりを見回すと花園の植え込みに腰を下ろして先輩のメイドにミルクを飲ませて貰っているウルヴァを見つけた。
包帯に覆われた姿は痛々しい。
「ウルヴァ、御免なさい。私の為にこんな姿に…ウゥウゥ」
クロエに泣きつかれてウルヴァが困惑している。
「クロエ様、私はセイラ様とジャンヌ様のおかげでもう傷はすっかり癒えましたです。痛くないです。だから泣かないで下さいまし」
「ウルヴァ、良くやりました。あなたの行いは私たちセイラカフェのメイドの鏡ですわ」
リオニーが重々しく宣言する。
「私が至らぬ為に貴女に負担を負わせました。恥入るばかりです。有難うウルヴァ」
涙をこらえてナデタがウルヴァを抱きしめる。
「其の方ら…「お前があの三人を倒したのか。大したものだ近衛騎士団に入ればすぐ正騎士だぞ。小隊長に推薦してやるがどうだ」」
空気を読まず何か言いかけたリチャード王子に、更に空気を読まないイヴァンが口を挟む。
「心配するな。お前の下にセイラ・カンボゾーラとリオニーを付けてやろう。なに妹がいるのか。ならお前を分隊長にして四人で分隊にしても良いぞ。いかがですか寮長殿」
「…あっ…まっ…はぁ~、帰るぞイヴァン・ストロガノフ。クロエ・カマンベール今日はゆっくり休め。明日また授業で会おう」
さすがのリチャード王子も諦めてイヴァンを連れて帰って行った。
犯人たちは衛兵が連行して行き女子寮の近くである事も有って男子生徒は衛兵に全て追い払われて帰って行った。
日も陰り始め寒さも増してきたのでナデタとチェルシーにクロエを部屋まで送ってもらった。
寮監には安全の為当面の間クロエの部屋にナデタとチェルシーを二人とも付かせるよう了解を取った。
私達もいつまでも寒い屋外にいるのも嫌なので
そして私達も関係者を集めてチェルシーが準備していたお茶会室に入った。
私とジャンヌとエマ姉、そしてクロエの同級生の下級貴族三人。
給仕にリオニーとナデテが居るがウルヴァはクロエに預かてもらう事にしてナデタたちとクロエの部屋に帰した。
【2】
「やってくれたわねえ、マルカム・ライオル!」
私は怒りに任せてテーブルを殴る。
「少し落ち着かれては、セイラ様」
カミユ・カンタル子爵子爵令嬢に窘められた。
「それで暴漢の中にマルカム・ライオルはいたのですか?」
「マルカムが捕まっていないのならば又次も有るという事ですよね」
シーラ・エダム男爵令嬢とブレア・サヴァラン男爵令嬢が怯えた声を上げる。
「リオニーは犯人から何か聞いていないかしら」
「御者の男が目的地は下町の廃倉庫だと申していました。それから依頼主は仮面をつけた男でそれ以上の事は知らないとも。それ以上の事は近衛騎士が来たので聞けませんでした」
「その仮面をつけた男がマルカム・ライオルだったのかしら」
「そうとも限らないわよ。セイラちゃんだって何か秘密に事を進める時は代理人を立てるでしょう」
エマ姉の言う通りだその仮面の男がマルカムだと断定するのは早計だ。
「そうなると外にも協力者がいるという事ですね」
カミユがそう言うとブレアが不思議そうに首を傾げた。
「それは元の家臣か誰かがいるのでしょう。取りつぶしになったと言えども元貴族ですし」
「居るでしょうか? 今回の事件でも大層なお金が必要ですよ。貴族への復権に使うのならまだしも、こんな嫌がらせの犯罪にお金を使うものでしょうかね」
「主家の名誉の為…違うわねえ。不名誉になっても復権につながる事は絶対にないですものね」
「ナデテは偽メイドから聞いている事はあるの?」
「ええぇ、先週二日ほどターゲットの顔を覚える為にぃ使用人寮に通って来ていたと言ってましたぁ。メイド服と学校に入る手順はぁ契約の時におしえられたと言ってましたぁ。でも契約者はフードとスカーフで顔を隠した女だったそうですぅ」
「やはり他にも協力者がいるのね」
まあそれは予想通りだったが女性の協力者がいるというのは意外だった。
「そう言えば馬車はどうだったのでしょう。家紋とか無かったので…しょうね」
「ええ、馬車の中も色々と剥ぎ取られた跡が有りましたわ。馬車の形状から四人乗りの高級馬車でした。あの雑な剝ぎ方は盗品でしょうか」
リオニーの言葉を信じるなら馬車から協力者を割り出すのは少々難しいだろう。表の家紋はともかく中の意匠や飾り迄剥ぎ取っているのは徹底している。
「セイラさん、今回のお話良く判らないのです。犯人はクロエ様を攫って何をしたかったのでしょう? この王都の王立学校での誘拐など成功する可能性の方が低いですよね。もし犯人の思い込みの暴走としてもクロエ様を攫った後どうしたかったのか理解できないのです。クロエ様を害して何か利益が得られる訳でもありませんよね」
ジャンヌが疑問を口にする。
「ジャンヌ様、マルカム・ライオルはカマンベール子爵家の名を穢したかったのでしょう。恨みは溜まっていますし、マルカムなら…」
シーラも言いながらも納得は出来ていないようだ。
「違うのです。たかがマルカム・ライオルの留飲を下げる為に支払うには金額が大きすぎると思うのですよ。マルカム・ライオルが個人でそれだけのお金を用意していたのならば出来るでしょうが、パトロンが居たのならそんな無駄金を払うでしょうか?」
「ジャンヌちゃんの言う通り私ならそんなお金出さないわ。そのパトロンさんの目的が見えないわね」
「でもマルカム・ライオルの手紙を読む限り目的は明らかよ。クロエお
「無いとは言えませんよね」
「ええ、マルカム・ライオルならやりそうだと思いますわ」
シーラとブレアは以前からのマルカムの言動とも一致するという。
「そうですわね。真相はともかくマルカム・ライオルが捕まるまでは次の襲撃があるかもしれませんから気を付けなければいけませんね。クロエもそうですがセイラ様そしてジャンヌ様もマルカムの恨みの対象ですから」
カミユが話をまとめてしまったが、もう一人アントワネット・シェブリもその対象だ。
そこにいきなりドアが大きな音と共に開いて部屋中に怒鳴り声が響いた。
「セイラ・カンボゾーラ! あなたこの失態をどう考えているのかしら!」
そこには鬼の形相で立つヨアンナ・ゴルゴンゾーラ公爵令嬢が立っていた。
そしてその後ろには萎れたナデタとアドルフィーネが付き従っている。
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