第60話 確保
【1】
チェルシーは午後の授業が始まって直ぐに見かけないメイドからクロエが急なお茶会をするので授業が終わる前に下級貴族寮の茶会室で準備をする様にと連絡を貰った。
ナデタがクロエとお茶会の相手を連れてくるのでその間に準備をする様にと言う事だったので特に不審にも思わず下級貴族寮のお茶会室を借りてお茶の準備をしていた。
そこにやって来たナデタに事情を聞かされてとても狼狽している。
現場に集まっている女子生徒たちはジャンヌが落ち着くように説明しウルヴァを預かるからクロエを迎えに行くように言ってくれた。
この場はジャンヌに任せれば上手くやってくれるだろうし、突っ込んだ質問などの対応はエマ姉が上手に煙に撒いてくれるだろう。
ガーデンテラスのお茶会スペースから聞こえていた野太い悲鳴も収まりナデテが出てきたのと入れ替わりに衛兵が入って行ったので尋問もひと段落着いた様だ。
ここの護衛代わりにナデテを残す事にして、私はチェルシーとナデタの二人を伴って、連絡に来た近衛の学生騎士とレオナルドとウォーレンの六人でクロエを迎えに向かった。
「私が騙されたばかりにこんな事にお嬢様を危険に晒してしまいました」
チェルシーが嗚咽を漏らしながら言う。
やはりチェルシーのところにお茶会の指示を持ってきたのも捕縛されている偽メイドだったらしい。
もしかするとアントワネットやクロエの部屋に手紙を入れたのも彼女かも知れない。
「それでナデタ。襲撃者の中に知った顔は、いえマルカム・ライオルらしき男はいたの?」
「いえ、五人とも食い詰めた冒険者か傭兵の様でした。皆年嵩の中堅と言う風体の者でその割に戦闘の技能は無い様でした。五級、良くてせいぜい四級でしょうか、たいした実力ではありませんでした」
今のジャックたちでも三級なのだからナデタの言う通り食い詰めた冒険者だろう。
「それでクロエお
使いの近衛騎士団の生徒が私に答えて言った。
「ええ、特にケガも無く。ただメイドの方が刺されたと言って非常に憔悴されているので」
「ええっ! リオニーが!」
「いえ、そのメイドの方は走る馬車に取り付いて暴漢から奪ったダガーで御者を倒そうとしていらして無事なのですが」
ああ、それならウルヴァの事を心配しているのだろう。
「ああ、クロエ様。私が不甲斐ないばかりにこんな事になってしまって…」
「いや、さすがにメイドさんが暴漢に立ち向かうのは違うでしょう。騎士の仕事ですから」
「騎士寮の皆様には感謝しているとお伝えください」
あの強気のナデタがかなり参っている。私の判断ミスで可哀そうな事をしてしまった。
ただ私の後ろで二人とも陰気を放っているのは勘弁して欲しい。
「ホラ、あそこです」
近衛騎士が指さす先にヴァイザーの壊れた小型の箱馬車が停車していた。
その横にはクロエの肩を抱いているリオニーと俯いてリオニーに寄りかかっているクロエが居た。
二人の背には近衛騎士団の大きなマントがかけられて、その周りを近衛騎士団の生徒が数人で取り囲んでいる。
そしてその前には派手な近衛騎士団の鎧を着た場違いの装束の男性が両手を広げて何か演説している。
それを見たレオナルドとウォーレンが揃って声を上げた。
「「寮長…殿下」」
「ウォーレン様、あの方はどなたなのでしょうか?」
レオナルドとウォーレンの驚きようと殿下と言う不穏な言葉に不安を憶えつつ尋ねると案の定不穏な回答が帰って来た。
「あの方はリチャード・ラップランド第一王子殿下だ」
「今の騎士団寮の寮長でもある。そして近衛騎士団第七中隊の副中隊長だ」
「副中隊長? それって中隊長が居ない場合の臨時役職ですよね?」
「殿下の箔付けの為だな。卒業すればすぐに特別中隊の中隊長で直ぐに将校だからね。ほら、あの殿下はあれだから…。近衛騎士団の幹部に就任するんだろうね。母君の実家はモン・ドール侯爵家だから」
ああ、イヴァンと仲の良くないクラスメイトの近衛騎士の実家か。第七中隊の中隊長があいつの父親で兄貴も近衛騎士。そして第七中隊はエポワス副団長の出身中隊でその後ろ盾。
第一王子を使って近衛騎士団を牛耳るつもりなんだろうが、それは私の知ったこっちゃない。
そうなればルカ中隊長は退官してカマンベール子爵領かアヴァロン州で騎士団長にでもなって貰いたい。
出来るならウィキンズもクロエを連れてカンボゾーラ子爵領で騎士にでもなってくれれば嬉しい。
「気を付けなセイラ様。あの王子前からクロエ様に目を付けているんだ。男爵家ならともかく子爵家なら家格的にもギリギリ妾くらいにはと考えてるかもしれないぜ」
レオナルドが小声で私に耳打ちする。
そう言えばフランもそんな事を言っていた。表立ってはともかく第一王子を筆頭にクロエを狙っている貴族は多いと。
「ナデタ! チェルシー! クロエお
「はいセイラ様」
「パリピってなんだ? 意味は分からんが悪口だよなぁ」
ウォーレンがそう言いつつ私たちに付いて来た。
【2】
「そうして僕の考え通りに馬車はこの道を…‥「クロエお
王子殿下の演説の途中で申し訳ないが場をわきまえずに乱入させて貰う。
泣き(マネ)ながらクロエにしがみつく私に続いて、ナデタとチェルシーもクロエにしがみつく。
「クロエ様お怪我は…」
「クロエお嬢様良くぞご無事で」
「‥‥ㇺっ…其の方らは一体「クロエお
「其の方らちょっと待「クロエお嬢様、ご心労でお疲れで御座いましょう」」
「近衛騎士様、我が主のクロエ様をお救い下さりありがとうございました」
「いや、まあ近衛騎士として見過ごせんからな」
「御謙遜を。王家を守護する近衛騎士様に御助け戴いたとは末代迄の栄誉。手柄を誇らず下級貴族でも手を差し伸べる慈悲深い御心、感服致しました。主に代わり最大限の感謝を申し上げます」
「まあ近衛騎士として当然の事をしたまでだ、うん」
「本日は有難う御座いました。御嬢様もお疲れの御様子ですので、無作法乍ら失礼致させて戴きます。後程御礼に伺わせて戴きます」
「おっおお…」
「それでは失礼致します」
ナデタが言葉の機関銃で煙に撒いてクロエを解放する事が出来そうだ。
「「「それでは失礼いたします」」」
「待て、待て、待て! 疲れておるのなら僕が送ってやる」
‥‥振り切れなかった。
「そうだぞ。そこのメイド、お前シュナイダーのメイドだろう。近衛騎士団に入らないか?」
「おい! イヴァン・ストロガノフ。今僕が話しているんだが…」
「ええ分かっております。ここは俺も協力して勧誘いたします」
「いや、違う…」
「だからそこのメイド、近衛に来い。あの馬車に飛び乗るのも暴漢を倒すのも見ていたぞ」
イヴァンのバカにはさすがのリオニーも閉口したみたいだ。
「あの、女性は近衛騎士団には入れ無いのでわ」
「それは大丈夫だ。もうセイラ・カンボゾーラも居るから前例が有る」
言い切りやがったこのバカ。いつ私が近衛騎士団には入った!
「「「其の方・セイラ様・セイラお嬢様…事実なんですか!?」」」
全員の視線が私に集中した。なんでみんな私に聞く!
「そんな訳無いでしょう! 貴族令嬢が騎士になんてならないわよ」
結局、私達はイヴァンとリチャードを引き連れて下級貴族寮まで引き上げる事になってしまった。
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