閑話7 ウィキンズの受難(1)

 ☆☆☆☆

 ルカ中隊長は二日前に北部のマンスール男爵領に出張に出てしまった。例のマルカムの赴任先である。

 今日あたり到着した頃だろうか? 三月とは言え王都でも雪が残っている。北辺の港町ではまだ雪に埋まっているのではないだろうか。

 調査を終えて帰って来るまであと四日はかかるのではないだろうか。


 その間、しゃしゃり出てきた副団長の指示で第四中隊だけマルカム・ライオルの捜索に駆り出されている。

 どうせカマンベール中隊長の出張も副団長の横槍だろう。

 マルカム・ライオル失踪の件を中隊長が団長に持って行ったのでその腹いせに違いない。


 第四中隊としてはどちらかと言えば下級貴族の団長寄りの中隊だから仕方ないのだが、中隊長も面倒くさい派閥争いに巻き込まれたものだ。

 ただ厄介事ではあるが中隊の士気は高い。

 当事者がクロエだからである。

 王立学校に入学してからは足繁く中隊の訓練場に通い差し入れを持ってきてくれたり気さくに声をかけてくれるクロエは中隊員の癒しである。

 その目的がウィキンズであったとしても…。


 ウィキンズも捜査に赴く目つき普段と違う。

 とりあえずの聞き込みを兼ねて入った安酒場で昼飯を採っているとケインは場違いな獣人属のメイドを見つけた。

 不信に思い近付こうとするとウィキンズが小走りにそのメイドに走り寄って行く。そしてその精悍な顔つきのメイド服姿の獣人属と話し込んでいた。

 カンボゾーラ子爵令嬢の専属メイドでカンボゾーラ子爵家でも筆頭メイドをしていたアドルフィーネと言うメイドだ。

 ただもので無いオーラを纏わせているので店の客もちょっかいを掛けられないようだ。


「ここ二~三日の間で王立学校のマントを着て仮面をつけた男がウロウロしているという噂を聞いたわ」

「そいつがマルカム・ライオルなのか?」

 二人の会話にケインが割って入る。

「多分違うぞ。そんな目立つ格好でウロウロしているという事は捜査員の目をそちらに誘導しようって事だろう」


「鋭いわね。でっウィキンズ、こいつは誰なの?」

 自分より年下のようなのだが偉く威厳のある尊大なメイドだ。

「ケイン・シェーブル、俺のバディだ」

「メイドさん、俺はあんたとも縁が有るんだぜ。俺の後見人の叔父がカンボゾーラ子爵家で騎士団長をやっているんだ」

「ヴァランセ騎士団長の…。あの方の甥ならば叔父上の顔を潰すような事が無いようお励みなさい」

 そう言って店を出て行った。


「なんだよあのメイドは…。なに様なんだ」

「止めとけケイン。あいつはセイラカフェメイドのリーダー格だぞ。お前ナデタがどんな奴か知ってるだろう。セイラカフェのグリンダがどれだけ恐ろしいか知ってるだろう」

「…ああ、メイド様だったんだよな」

「あいつは体術に加えて火魔法の達人だ。あいつの本気の熱風を浴びせかけられたら全身大火傷だぞ」


「そんな魔法聞いた事ないぞ」

「あいつは熱風消毒が得意でな。熱風を浴びせて人間丸ごと南京虫退治をするのが得意なんだよ」

「熱風で南京虫が殺せるのか」

「一瞬でな。その時間を延ばすととどうなるかわかるだろう。ナデタはあの怪力と椅子でも机でも家具を盾にする接近戦。姉のナデテは相手の武器を奪っての近接攻撃、エマのメイドのリオニーは暗器使いでカトラリーを投げナイフ代わりにして百発百中だ」


「一体セイラカフェのメイドって何なんだ! それはメイドの技量じゃないだろう」

「お嬢の方針だよ。メイドは主人と自分を守れるだけの技量が必要だってさ」

「お嬢って…セイラ・ライトスミスか」

「アドルフィーネの魔法もお嬢が考えたんだよ。火魔法って火を熾す魔法じゃなくて熱を扱う魔法なんだそうだ」

「そう言えばカンボゾーラ子爵領でも治癒魔法には役立たないって言われてた火魔法を取り入れた治療が確立されたって叔父貴から聞いたがその類なのかな」

「カンボゾーラ子爵領は聖女ジャンヌともライトスミス家ともかかわりが深い領だからなあ。あいつらには逆らうなと言う事だ」


 ★☆☆☆

 午後からも聞き込みに回るが近衛騎士の制服では聞き込みを行っても脛に傷を持つ者は寄ってくるわけが無い。

 かと言って近衛騎士として任務の間はこの制服を脱ぐことは規約で禁じられている。

 脱げば軍規違反、最悪なら敵前逃亡級の処罰が課せられる。

 仕方が無いのでフード付きのマントを着て制服を隠しながら捜査をしているのだがこれと言った成果が上がらない。


「この恰好では埒が明かん。それでなくてもクロエ様が狙われていると言うのに」

「おい! ウィキンズ、あの子供。見覚えが無いか? ほらあそこの角で俺たちを窺っているやつだよ」

「あっ! 去年クロエ様のお茶会の時に荷物を盗もうとした奴じゃないか」

「性懲りも無くまだあんな事をやってやがるのか」

 そう言っている間に子供が店主の隙を突いて売上籠から金を掴むと踵を返して走り出した。


 屋台の店主の怒声が響く中、路地に逃げ込もうとした子供の正面にウィキンズが立ち塞がり子供の両腕を掴んだ。

「はっ離しやがれ!」

「なあ、まだ懲りずにこんな事をやっているのか?」

「おっお前はあの時の…近衛騎士」

「白々しい、俺たちの隙を伺っていやがっただろうが」

 ケインは子供が握りしめた手のひらから小銭を取り上げると追いかけてきた店主の前に小銭を掌に広げて見せた。


「すまねえ。近衛騎士さん。ありがとうよ」

「これからは気を付けろよ。こいつは俺たちがしっかり躾直してやる」

 そう言ってケインはウィキンズを促して子供を連れて路地裏の空き地に歩いて行く。

「おい、小僧。俺たちの役に立ったら見逃してやる。お前、去年の俺たちを襲った仕事、誰から受けた?」

「へん、タダじゃあ「……おい」あっあっ、判ったよ言うから見逃してくれ。女だよ女。日焼け防止のヴィザードを付けた薄気味悪い女だよ」

「男じゃなくて女だったのか?」

「ああ、ヴィザードなんて男はつけないだろう。最近もウロウロしているのを見たぜ。人を集めてるみたいだったな」

 上級貴族や娼館の娼婦は日焼けを嫌ってヴィザードともダヴェンドリーマスク言うマスクをかぶって外出する者がいる。

 その女もその類のを真似て素性を隠しているのだろう。


「その女に用なのか? 今日も居酒屋のフープ亭で見たぜ。なっ、これで良いだろう。見逃してくれよ」

「分かった。お前には褒美もやるよ。この手紙を持ってゴルゴンゾーラ公爵邸の隣の聖教会に行きな。そこのテレーズって言う修道女様にこれを渡せば飯を食わせてくれて仕事もくれる」

「ありがてえ。修道女様なら嘘はつかねえもんな。それじゃあな、あばよ」

 少年は走って雑踏に消えて行った。


「おいケイン。一体何の手紙なんだ?」

「なに、聖教会教室の紹介状だよ。あそこなら真っ当な仕事と教育をしてくれて飯も食わせてくれる。何一つ嘘はねえよ」

「ハハハ、違いないな。で、フープ亭って知っているのか?」


「酒場ならこのケイン様に任せとけ。傭兵斡旋所や冒険者ギルドのある通りから一筋外れた裏町の品の良くない居酒屋さ。間違っても淑女の入るような店じゃねえぜ。その女も娼婦崩れか女盗賊の一味だろうぜ」

「あの小僧の情報通りだと少なくとも去年の襲撃事件でゴロツキを手引きしたのはその女と言う事になる。今回の件に関わっていなくても、マルカムは人集めをするなら接触しているだろうな」

「後ろ暗い仕事だ。冒険者ギルドで堂々と求人を出す訳にもいかんからな。じゃあそのフープ亭に行ってみようぜ」

 ウィキンズとケインも路地裏から出るとフープ亭に向かって歩き出した。

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