第162話 治癒術士の職分

【1】

 三日後、王宮大司祭が言った通り七日目には退去命令が出た。

 本当に王都だけでなく北部の大聖堂全てでの聖職者以外の治癒施術の禁止と職分として治癒魔法を使用する者以外の料金の徴収を禁止すると告知された。

 直ぐに東部や西部にも波及するだろう。

 そして当然南部や北西部にも。


 併せて喜捨と料金は別だという見解も示されたが、私たちが言い立てた為喜捨については額の多寡は問わず信仰心によるものとする旨を明記させた。

 相当に渋ったが額の多寡によって治癒方法が変わることが有るならばそれはもう料金じゃないかという主張に反論する事が出来なかったのだ。

 少なくともこれで聖教会の治癒術師が施術を拒むことは出来なくなった。

 これで町の貧民や貧しい農民にも最低限の治癒が施される事が可能になったのだ。


 王宮聖堂の治癒修道士は、近隣の大聖堂の責任者である教導派治癒司祭が招集され、精神状態の不安定な王宮治癒術師は地方の農村に飛ばされてしまった。

 教導派の治癒施術に疑問を呈した王宮治癒術師は王宮聖堂に軟禁状態で治癒施術の対応をさせられているようだ。


 そして私は結局一週間の間拘束されていた王妃殿下の離宮から解放された。

 王妃殿下の離宮は使用人の三分の一がサロン・ド・ヨアンナ出身のメイドやサーヴァントや調理人に入れ替わった。

 そして今までいたメイドやサーヴァントや調理人も交代でサロン・ド・ヨアンナに修行に出されている。


 何よりも変わったのが王立学校に居た治癒修道士が王妃殿下の離宮とジョン王子の離宮に常住する事になった事、そして王妃殿下の側付きメイドにナデタが居る事だ。

 治癒修道士たちは一人づつ交代でゴルゴンゾーラ公爵家の聖堂に修行に赴く事になっている。

 他にも大きく変わったのが、あの王妃殿下の身辺付きに武闘派の獣人属セイラカフェメイドが三人配置された事だ。


「べつにわたくしは実力のある者を認めぬわけでは無いぞ。どこかの公爵令嬢の様に手当たり次第に獣人属を集めておる愚か者と一緒にせぬ事じゃ」

 なにかツンデレ娘のような事を王妃殿下はのたまっておられた。


 そして私と一緒にヨハネス卿率いるゴルゴンゾーラ公爵家の治癒術士とサーヴァントやメイドの一団も引き上げる事になった。

 当然、それに呼応して王太后殿下の入院処置を終了する。


【2】

 事件の起こった夜カロリーヌは学生寮に帰ったと聞いたが、その足でサン・ピエール侯爵家の王都別邸に戻ったという。

 状況が状況だけにサン・ピエール侯爵家別邸の離れに有るポワトー伯爵家王都邸の側近のハンスや執事などと今後の対応を話し合う為だ。

 更に王都に残っていたサン・ピエール侯爵夫人とサン・ピエール侯爵家の家令とも相談し、その夜のうちにシャピとブリーニにむけて使いを送っていた。


 翌日の夕刻にはサン・ピエール侯爵から王妃殿下に信用のおけるメイドを応援で送るようベアトリスとイブリンを名指しで連絡が来たそうだ。

 カロリーヌにしても毒に長けたベアトリスと情報収集に長けたイブリンならうってつけだと感じて、即座にベアトリスの残留とイブリンの派遣を命じたのだ。


 やはりサン・ピエール侯爵家の、何より裏で動くエドの策謀だろう。

 これでサン・ピエール侯爵家の意向はハッキリした。

 完全に国王派閥を見限って王妃殿下につくという事だ。ただ、ポワトー伯爵家の陰に隠れて動いている事に関してはこすからい高位貴族の嫌らしさが覗いている。

 本来の高位貴族はこういうものなのだろう。私はあまりに真っ直ぐすぎるヨアンナやゴルゴンゾーラ公爵家と縁が深いので、こう言う所はあまり好きになれない。カロリーヌには染まらないで欲しいと思う。


 その標的になった王太后は一週間で体調は大分好転したようだが、本人は不満タラタラであった。

 レイチェル修道女がロックフォール侯爵家の健康レシピを必死で説明しているが聞く耳も持たないようだ。


 全粒粉パンだって小麦のパンにライ麦や燕麦が混ざっているだけで白パンと味も値段もあまり変わらない。

 オートミールだって燕麦以外に押し麦も加えて使っているから味も良くて、スープや具も高級品が使われているのだ。

 ふすま粉や全粒粉、アーモンドミルクを使ったクッキーやケーキだって十分に美味しい手間もお金もかかってる。


 ファナが言う美味しければ正義という考え方は私も共感できる。

 ただライ麦や燕麦を使っているというだけで奴らは受け付けないようだ。

 最近では南部や西部、北西部の一般市民の方が教導派の下級貴族より豊かな食生活をしているのではないかと思う。

 安くて栄養価の高い燕麦やライ麦、下等だと蔑まれている豚肉、そして今まで下等なものとして庶民以外は食べ者はなかったラディッシュや玉ねぎも清貧派の間では一般化しだしている。


 酒と脂肪と糖分の過剰摂取によるトータル摂取カロリーのオーバー。

 このままでは長くはもたないと私が脅しても、王太后も随員も激怒するばかりで一切聞く気が無かった。

 それどころか、

「貴様いつまでもこのままでおれると思わん事だ。たかが子爵家の小娘の分際でわらわに盾突く事など千年早いと思う事じゃな」

「別に関わるつもりも有りませんからご勝手にされれば宜しいかと」

「聖女は高貴な者の病を癒すために有る! あの愚か者の聖女ジョアンナの轍を踏まんようにせいぜい気を付ける事じゃな」


「何か勘違いされておるようですが、光の聖魔力は命を削る物にも力を与える事が出来るという事をご存じですか? 王宮治癒術士団長が仰っておられましたね。先代国王陛下は治癒術を使用したが老齢で持病が有ったので癒す事が出来なかったと」

「貴様わらわを脅すつもりか!」

「先ほどから何度も申し上げておりますが、今までの生活を続けておれば後二年以内には命を落とすでしょう。そして半年もたたぬ間にその眼は一切見えなくなり、血圧が上がって頭痛と眩暈がとめどなく続くうえ起きている事すらままならなくなるでしょう。その足は感覚がなくなり生きたまま腐って行く事になるのですよ」


「ふざけるな! それを癒すのが其の方の仕事であろう!」

「残念で御座います。昨日決められた聖教会の規定で私は治癒魔術を生業にして居る者では無いので勝手に治癒をする事は出来ません。ですからそうならない為にもレイチェル修道女がこうして生活の改善を進めておるのです」

「わらわにケダモノに従えと申すか! ケダモノどもめわらわの離宮の周りをうろつけばその首無いものと思え!」

 そう言い捨てて王太后は王妃殿下の離宮を去って行った。


【3】

「やっぱり~ロックフォール侯爵家のお菓子のレシピは最高ですね~♪ 料理だって凄いです~。皆さんもそう思いますよねえ~♬」

 イブリンの話に一緒に居た王妃殿下の離宮のメイド達も賛同する。

「本当に以前食べていたご馳走が何だったのって思っちゃいますよね」

「これ全部セイラカフェとか言う所でも食べられるのですよね。私もっと早く知ってれば毎日でも通ってたのに」

「でも同じレシピでも今のこの離宮の料理は食材や料理人の技量もずっと上だから」

「別に私たちがいつも食べられる訳では無いもの。今日だってイブリンさんが調理場の残り物を分けて貰えたから味わえているだけだし」

「そうよね。明日から夕食はセイラカフェに行こうかしら」


「随員さんも~お味は如何ですか~♪ 王太后殿下に付き合って~健康食ばかりだったですものね~♬」

「ああ、これは格別だな」

「燕麦やライ麦など人の喰う物では無いしな」

「でも~♩ ここのライ麦パンも~オートミールもとっても美味しいですよ~♬」

「味など関係ない。燕麦など貴族が食う物では無い!」


「そうなんですか~♩ ならデニッシュパンも試してみてくださ~い。ミルクとバターと卵をふんだんに使って~、砂糖も加えて焼き上げたとっても高級なパンですよ~♪ それにセイラカフェは甘い物だけじゃなくてカツレツやフライも美味しいですものね~♪ そう言えば最近はデニッシュドーナッツとか言うスウィーツもお勧めですよ~♬」

「えっ、セイラカフェってそんな料理もあるんですか? 今日にでも行って食べたいな」

 メイド達の食いつきが凄い。


「スウィーツは~サロン・ド・ヨアンナやハバリー亭でも買えますよ~♪ それにカツレツやドーナツやデニッシュはレシピ公開されてます~♪ 材料はロックフォール侯爵家食品販売かアヴァロン商事の外商でしか手に入らない物が有りますけど~♬」

 随員の目が光った。

「レシピはどこで手に入るんだ?」

「何ならサン・ピエール侯爵家が~買った物をお譲りしても構わないですけど~♩ 侯爵様にはご了解いただいてますし~♪ 揚げ物関係なら~今すぐでもお渡しできますよ~♬」

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