第49話 お披露目会

【1】

「ああぁ、私もファナと一緒に厨房でコーヒーを飲んでいればよかったかしら」

 ステージに出てくる令嬢を見ながらヨアンナが欠伸をしている。

「それは、公爵家として礼を失するでしょう」

 そう答えつつその隣で私はエマ姉に頼まれて担当した仕立て屋とドレスの詳細情報を書き留めている。

「あなたのどの口がそれを言うのかしら?」


 参加しているのはどれも王室や宮廷の御用達を看板に謳う大手の仕立て屋ばかりだった。おまけに全てオーダーメイドで価格もとても高い。まず下級貴族は手を出さないだろう。

 何より観客の反応が薄い。冬至祭用に仕立てたドレスだろうがあまり変わり映えしないデザインでどれも似た様な色違いと言う印象しか受けない。


 そして一番問題なのはすべてのドレスが冬物と言う事だ。年明けに冬物のオーダーメードドレスを見せられても仕上がる頃には春である。

 ジャンヌのファッションショーを真似ただけで、目的をよく理解できていないのだろう。これでは商売になんてならない。

 仕立て屋自体も下級貴族や平民相手に商売をする心算が無いのだろうから当然と言えば当然だ。


 お茶会方式で各テーブルにはお茶菓子のタルトとお茶が用意されている。

 誰がお金を出したのか知らないが準備にもかなり費用が掛かっているだろうに採算が取れないのではないだろうか。

 私の感覚では完全に失敗イベントだ。

 六人の令嬢がそれぞれ二回ずつ現れて計十二種類のドレスを見せられたが時間の無駄でしかなかった。


 出演する令嬢の取り巻きが座るテーブルだけが盛り上がっている。

 北部貴族は前の方の席を割り当てられている様でアントワネット・シェブリの姿が見える。

 ロレインはアントワネットと同じテーブルに座らされている。そしてロレインの隣にはヨアンナの指示でサレール子爵令嬢が座っていた。

 マリオンは初めから参加していない。


 アントワネットもヨアンナと同じ様に欠伸をしながら退屈そうにお茶を飲んでいる。タルトにはフォークすら立てていない。

「今回の首魁はアントワネット・シェブリでは無いようですね」

「あの性悪はこんな愚かしいイベントなどに手を出さないかしら」

「でもそれじゃあ誰がお金を出したのかしら?」

「ジョバンニ・ペスカトーレ様が出したそうだよ」

 フランが小声で囁く。

「マンスール伯爵令嬢様がジョバンニ様にお願いしたって聞いたわよ。セイラに一泡吹かせたいって頼み込んだそうよ」

 情報通のフランだけの事はある。

「セイラはジョバンニ・ペスカトーレ様たちからは、とても嫌われているわよ」


「当然なのかしら。あれだけの事をされて好意を持つ男は余程のMなのかしら」

 反論は出来ないがわたしにも言い分は有るんだよ。ペスカトーレ侯爵家はジャンヌの両親やジャックの父さんの仇なんだから。

 それにジャンヌのお婆さんの殺害を命じたのだってペスカトーレ枢機卿だろうし。

 ジャンヌの心情を思うとどうしても許せない。


「まあペスカトーレ侯爵家なら、この程度金額は出費と言うほどにも感じていないんじゃないの」

「ジャンヌ派としては、嫌われて正解かしら」

 ヨアンナも私と同意見のようだ。


【2】

 マンスール伯爵令嬢のファッションショーはたいした成果を出すことは出来なかった。

 多分結構な赤字になっただろうと思うが、そもそも彼女たちはジャンヌへの対抗意識だけで採算は度外視しているのだから。

「やはり平民のファッションショーとは違いますわね」

「お茶やお菓子も出て豪華でしたわ」

「私のドレスを見てくださいました? 最高級のサテン生地を使いましたのよ」

「優雅さが違いましたわね、堂々となさって。聖女か何か知りませんけれどオドオドとケモノのメイドに手を引かれて無様ったら有りはしませんでしたわ」


 私たちの前で大きな声で当てつけているが気にもならない。そもそも本来の目的が違いすぎるから呆れのほうが大きいのだ。

 彼女たちは自分がどれだけ目立てたかが最大の関心事なのだろう。

 私はメイドをバカにされたことに腹を立てていたが、ジャンヌは恥ずかしそうに縮こまっている。


「去年の暮れは王都の仕立て屋が売上を落としたそうよ」

「それでしたら上級貴族寮のファッションショーで取り戻された方もあって欲しいですね」

 私の言葉にジャンヌが申し訳なさそうに答える。


「無理ね。色々と理由はあるけれど何より売上を落とした仕立て屋はあのショーには参加していないもの」

「それでは一般の仕立て屋が困るのでは」

「仕方ないわ。技術の有るところは残るだろうし、そうで無ければ淘汰されるのも時の宿命よ」


「平民寮でドレスの展示会をするわ」

 唐突にエマ姉が言い出した。

「だって、ジャンヌちゃんがファッションショーに出るのを嫌がるんだもの」

 なんかザックリした理由だ。

 しかしエマ姉の考えている事は多分そんな簡単な理由だけでも無いだろう。


「それだけじゃ無いでしょうエマ姉」

「ねえジャンヌちゃん、皆へのお見立ては手伝ってくれるわよね。いろいろとジャンヌちゃんには教えて欲しい事も有るから」

「一体どう言う事?」

「去年のショーの後でのお見立て会で色々とお話を聞いたの。ジャンヌちゃんの発想はすごいのよ。だからリオニーたちのお母さんを王都に呼んだのよ」


 昨年ショーの後に平民寮で行ったお見立て会で色々とジャンヌが言った言葉にエマ姉が食いついた様で、暮れから年始にかけて色々と準備してきたようだ。

「王都の仕立て屋を下請けで雇おうと思うの。お針子のお母さんたちに色々と指導して貰って木工所方式で協力店を増やすの」

「それはいい事ですね。小さな仕立て屋でもお仕事がなくなりませんから。そう言う事ならお見立ての協力をさせて頂きますわ」


 どうもジャンヌのアドバイスで型紙とか言うものを作ったそうだ。要するに裁断用のパーツの形を皮で作って生地に写して裁断する方法で効率を上げたそうだ。

「作業の効率だけじゃなくて無駄の少ない生地の取り方が出来るから、一着の値段も下げられるしね」


「それにドレスの展示用のビスクドールも気味が悪いから頭も足も手もいらないんじゃないかって。だから胴体だけのビスクドールを作ってみたら裁断や仮縫いの時に人の替りに使えて便利だし、展示用のビスクドールは肩さえあれば良いんじゃないって事になってね。肩の形に切った木の板にフックを付けて吊り下げる事にしたの。これならば一杯下げられるでしょう」

 なんとエマ姉とジャンヌの二人で相談してハンガーを発明してしまったようだ。


「それで春物のデザインはどうするの? いっその事協力を依頼した仕立て屋にも新作デザイン提供をお願いしたらどうかしら。中には斬新な発想を持っている人がいるかも知れないわよ」

「それは良いアイディアねえ。ライトスミス商会に頼んで特約契約をした店に参加を呼び掛けてみましょう」

「それならば新しいデザインから、どれが良いか投票して貰えば良いんだよ。一番になった人はスカウトして取り込んでしまいましょう」

「それは面白いですね。一位と言わずで入賞したお店は、春服のデザインをお願いして出品させる様にすれば生徒たちの期待も高まりますね」

「…コンペ?」

「そうよねジャンヌさんの言う通り、四半期ごとにを開いて加盟店も増やして行きましょうよ」

「…お披露目会みたいなものかしら?」

「そうね。お披露目会の方がみんな理解しやすいわね。早めにデザイン画を募って実現可能な物を絞り込んでお披露目会で投票を募りましょう」

 またエマ姉の商人魂に火が付いた様だ。

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