第48話 聖女様の派閥(2)


「あら、ゴメンナサイ。手が滑ってしまったわ」

 このやり取りを見ていた周りのテーブルの生徒たちの数人が立ち上がった。

 リナ・マリボー男爵令嬢たち南部貴族の令嬢だ。それを見た北部の宮廷貴族が数人同じように立ち上がる。

 立ち上がりかけた私はロレインとマリオンに全力で押さえつけられた。


「お気になさらないでくださいませ。私が新しい皿をもらってきます」

 フランがそう言ってジャンヌの皿を片付けようとする。

「セイラさん、フランさん。私のために昼食の時間をこんな事にしてしまって」

「ジャンヌさん、あなたが謝る事は無くってよ。それにフラン、代わりの皿は…」

 私がエポワス子爵令嬢に文句を言いかけた途中に男の声が割って入った。


「ジャンヌに謝れ、エポワス子爵令嬢!」

 驚いて振り返るとイアン・フラミンゴがそこに立っていた。

「下らん嫌がらせなど宮廷貴族の恥だ! 聖女ジャンヌ、宰相の息子として私が謝罪する。宮廷貴族がすべてこのようなヤカラだとは思わないで欲しい」

「イアン様! 私は嫌がらせなど…ちょっと手が滑っただけで」

「もしそうであったなら、なぜジャンヌに謝罪しない。ジャンヌすまない。重ねて非礼を詫びよう」

「ジャンヌは、この女は平民でございますわ。宮廷貴族が頭を下げてよい相手ではございませんわ」

「身分ではない! 行った行為について非があれば詫びるのは人としての当然の礼儀だろう! ジャンヌ、代わりの昼食は私が変わって弁償しよう」

「イアン様、そのような行いは宰相様のお顔をつぶすことになると思います」

「戯言だ! 礼を失して民の不満を託つ事に成ることこそ問題だ。それでジャンヌ、詫びのしるしに共に食事をさせてもらってもよいかな」

 同席している私たちの了解もなしにイアンは一番高いコースメニューの皿を二人分食堂のフットマンに持ってこさせた。


「覚えておくといいわ! 北部貴族の成り上がりの面汚し」

 エポワス子爵令嬢たちは私の顔を睨みつけると去っていった。

 いや、なんで? 今日は私何もしてないんですけれど…。


【4】

 どうも私はジャンヌの派閥の中心人物のように思われているようだ。

 よくジャンヌと、と言うよりジャンヌと一緒にいるエマ姉と行動を共にすることが多いからだろう。


「セイラは北部の宮廷貴族から見るとジャンヌにすり寄っている裏切り者のように思われているからね」

「私は…カンボゾーラ子爵家は清貧派領地よ。それにゴルゴンゾーラ公爵家の分家なんだから宮廷貴族におもねるはずないじゃないの」

「そんな事情はほとんどの貴族令嬢は知らないよ。予科に行っていないからセイラのこと自体知っている人が少ないしね」

 マリオンの言うことは一理ある。カンボゾーラ子爵家は北部リール州の領主貴族なのでそういう印象があるのだろうが心外だ。


「特にマンスール伯爵令嬢やショーム伯爵令嬢とは表立って敵対してるからなおさらだよ。北部や東部の貴族令嬢はセイラのことを嫌っている人もかなりいるよ。マンスール伯爵令嬢を殴ったとか聞いたけれど」

「そんな事しないわ。殴ったのはジョバンニ・ペスカトーレのバカよ。蹴りを入れようとして男子に止められたわ」

 フランの間違いを訂正する。


「なお悪いわ。でもそれでか、平民寮ではセイラの人気が高いのよ。よく平民寮に行っているのもあるんだろうけれどね」

「みんなに迷惑がかかるようならば私と距離を置いてもらっても構わないわ。それで家の立場とか悪くすると悪いし」

「私は父さんからセイラとの繋がりを絶対離すなって厳命されているから無理よ。我が家が王都や南部に食い込むチャンスだって父さんも言ってるから」

「レ・クリュ男爵家は清貧派と思われているんだから今更だよ。母上は先代の聖女様をとても尊敬しているしね」

「私が居ればきっとセイラさんの防波堤になれると思うわ。それに感謝しているの。領地は街道に出ようとするとライオル伯爵家やシェブリ伯爵家に嫌がらせをされて。でも今はカンボゾーラ子爵家が親切にして下さるしカマンベール子爵家とも交流を持てて父も喜んでいるのですよ」

 持つべきものは友達だ。嬉しくて涙がこぼれそうだ。


「それでジャンヌ派の切り込み隊長はセイラで良いかしら」

「まあ武闘派のセイラなら妥当なところなのだわ」

 ヨアンナとファナが決定事項のように口を挟む。

 なにそのヤクザみたいの役目は? そもそもなぜこの二人が仕切っているの?

「なぜ私がそんな立場に!」

「もちろんジャンヌの評判に傷をつける訳に行かないからなのだわ。あの娘は清貧派の象徴なのだわ」

「その点セイラならユシリア・マンスールやクラウディア・ショームと仲が悪いから風よけに丁度良いかしら」


「セイラさんは貴族令嬢の間では評判が極端に分かれますから。でも下級貴族寮では味方も多いですよ」

 ファナのフォローのつもりかマリボー男爵令嬢がそう言うが、それって上級貴族には嫌われているって言う意味じゃないの。


「上級貴族寮の方々は余り下の者に関心を示さない方も多いですから気になさらない方が良いですわ」

 サムソー子爵令嬢の言葉も慰めにはならない。下々に関心を持たない人イコール典型的な教導派貴族と言う事なのだから。

「南部や北西部の貴族令嬢はみなセイラさんの味方ですよ。西部の貴族令嬢たちにもセイラさんのシンパは多いですし」

 サレール子爵令嬢の言葉ももっともなのだが北西部や南部はヨアンナやファナの地盤だからと言う事が大きい。


「まあここに居る人たちはみんなセイラの味方かしら」

「下級貴族寮や平民寮の娘たちにはジャンヌに手を出すとセイラ・カンボゾーラが黙っていないと言っておくと良いのだわ」

「それよりもジャンヌさんの居ないこの場所で勝手にこんなことを決めて良いのですか。この流れじゃあ私がジャンヌ派のリーダーみたいに成ってしまっているじゃないですか」

「当然なのだわ。私やヨアンナが表立って動ける訳が無いのだわ」


「そうよセイラちゃんはジャンヌちゃんを守る近衛騎士なのよ」

 ここが何処かと言うと上級貴族寮のお茶会室だ。実はシュナイダー商店の新作ドレスのお見立て会の最中である。

 上級貴族寮は平民生徒は入る事が出来ないがシュナイダー商店の代表としてエマ姉は参加している。


 シュナイダー商店のドレス=ジャンヌのドレスである。

 やって来るのはジャンヌに親近感を持つ貴族令嬢ばかりだからヨアンナの言う通り皆私の見方をしてくれるであろう令嬢たちだ。


「そう言えばユリシア・マンスールが来週、上級貴族寮でジャンヌを真似てファッションショーをすると言っていたかしら」

「平民寮にまでチラシを配っていたわ。参加できない人に配っても紙の無駄でしかないのにね。ヨアンナ様」

「ねえエマ。一体どこの商店がショーを仕切るのかしら? 知ってるかしら」


「舞台に立つ令嬢たちのお抱えの仕立て屋が持って来るそうですわ。舞台に立つのも上級貴族寮の宮廷貴族のご令嬢たちと聞いております」

 リオニーがファナにドレス生地を見せながら答える。

「それって見栄っ張りが只自分の新作衣装を見せびらかすだけの集まりなのだわ」


「それでも王都の仕立て屋が昨年の暮れはオーダーが減ったとぼやいていたとか噂に聞いたのでその助けになるかもしれませんよ」

「さてどうだかね。オーダーが取れても潤うのは上級貴族令嬢のお抱えの仕立て屋だけで下級貴族寮や平民寮の出入りの仕立て屋には仕事は回んないよ」

 サレール子爵令嬢の言葉をフランが商人感覚で否定する。

「まあお手並み拝見なのだわ」

 不敵に笑うファナに対して何か思いついたように悪い笑みを浮かべるエマ姉が気になって仕方ない。

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