第47話 聖女様の派閥(1)

【1】 

 暮れのファッションショーの影響でジャンヌの人気が凄いらしい。

 ロレインはBクラス、マリオンとフランはCクラスなのだが、女子の間ではジャンヌ派と反ジャンヌ派の二派閥に分かれて対立しているらしい。


 特に上位貴族とその取り巻き達、それと北部や東部の富裕層が反ジャンヌ派で集まっているという。

 ジャンヌ派は南部貴族を中心に下級貴族や平民寮の一般生徒が支持している。

 っと言ってもどうもファッションとお菓子の好みの対立のようで、要するにファッションショーでのジャンヌの斬新なファッションを支持するか昔ながらのベーシックなドレスを由とするかの論争が、ファナやヨアンナ、そしてセイラカフェの出すお茶会のお菓子にまで波及しているということだ。


 もちろん下級貴族や一般平民にはエマ姉のプレタポルテやセミオーダー、レディーメイドのドレスはリーズナブルで評判がよく一躍人気が高まってきている。

 そして多くの女生徒が着ているドレスがファッションの主流になりつつある。 

 その為王都の貴族御用達の服飾店が売り上げを落としているようなのだが、代わり映えのしないハッスル神聖国風のベーシックファッションが倦厭されつつある。


 ジャンヌの赤いドレスが良かったとか緑のドレスのデザインで色違いが良いとか、一部にはナデタやアドルフィーネの着ていたメイド服を希望する生徒もいるとか何とか。

 最近の女生徒のファッションの話題には枕詞にジャンヌと言う単語が必ず付いているそうで、ジャンヌ人気は絶大なようだ。


【2】

「あなた、最近思い上がっていらっしゃるんじゃないのかしら」

「そうですわ。聖女などと持てはやされていらっしゃるようですが平民の分際で分不相応では無いのかしら」

「ご自分の身分をわきまえて行動する事をお勧めいたしますわ」

 図書館に向かう渡り廊下でジャンヌを呼び止めて絡んでいる上級生の貴族令嬢を目にして私は慌ててジャンヌの下へ駆け出そうとして両肩を抑えられた。


「いけませんセイラ様」

「セイラ様が行けばまたケンカになります」

 アイザックとゴッドフリートだ。

「私は仲裁に入るだけでケンカするつもりは無いわよ!」

「そう言う事は指を鳴らすのをやめてから仰ってください」

 ゴッドフリートと口論をしていると図書館の中から人影が出て来た。


「其の方たちなにをしているんだ!」

 不機嫌そうに彼女たちの間に割って入ったのはジョン・ラップランドだった。

 上級生たちとジャンヌが慌てて頭を下げる。

 ジョンはジャンヌを背中で庇うと三人の貴族令嬢に向かって再び同じ質問を発した。

「なにをしているのか問うている。答えよ!」


「くだらない事なので王子殿下にはお耳汚しとなります。お聞かせするほどの事では御座いません」

「下らないかどうかは俺が判断する。さっさと話せ!」

 怒気を含んだその声に驚いたのか三人の貴族令嬢は慌てて話し出した。

「いえ殿下、ただ身分をわきまえない平民に少し注意をしていただけで御座います」

「ええ少し勉学が出来ると言う事で身分をわきまえない行動は如何なものかと」

「ええそうですわ。平民としての嗜みを教えるのは上級生として貴族として大切な事で御座います」


「その方達の申す通りであったな。下らん、実に下らん。元より王立学校は勉学の場、学問に置いて優れている事が第一義であろう。その上ジャンヌはその事を鼻にかける訳でも無く謙虚につつましく暮らしておるではないか。それが気に入らんと言うなら学業でジャンヌを上回ってから申すべきだな」

「しかし、殿下。この者は平民の分際でメイドを、それもケダモノのメイドを侍らせているのですよ。教導派の教えにも反しておりますし、聖職者としてもあるまじき行為ではありませんか」


「それは…!」

 ジャンヌが怒りの声を発するのをジョンが手で制した。

「ジャンヌは其の方らの様に四六時中メイドを連れまわしておるわけでもあるまい。それにメイド自体もジャンヌの意志ではなく同室の者が護衛代わりの押し付けたと聞いている。何の問題がある」

「それでも誉有る王立学校にケダモノのメイドなどを…」

「そう言う苦情は先ずヨアンナ・ゴルゴンゾーラに申すべきではないか。何なら俺から言ってやろうか? 其の方らが獣人属のメイドを追い出せと騒いでいたと」


「いえ、それは…」

「それにな。そ言う指導は学問の場で上位の成績を取りながらなんでもケンカで解決したがる愚か者の子爵令嬢にこそいうべきでは無いのか! なあ、セイラ・カンボゾーラ」

 肩をいからせながらアイザックとゴッドフリートを引き連れてジャンヌの下へやって来た私にジョンが当て擦りを言う。


「下賤の厄介者が来ましたわね」

「こんな小娘に関わるのは時間の無駄でですわ」

「参りましょう皆さま」

「「「王太子殿下、失礼いたします」」」

 三人の令嬢は私の顔を見るとあからさまに狼狽してそそくさとその場から去って行った。


「ジャンヌさん、大丈夫でした? さあ図書館に行かれるのでしょう。ご一緒しましょう」

「セイラさん…。殿下に助けていただきました。お礼を申し上げなくては…」

「あーあ殿下、ご苦労様。ありがとねー。さあジャンヌさん行きましょう」

「おい! 貴様。何をしに出てきおった。俺はジャンヌと話しをしているんだ。お前こそ何処かに失せろ!」

「ああそうですか。ジャンヌさん行きましょう」


「待て待て待て! なぜおまえがジャンヌを連れて行く!」

「殿下こそジャンヌさんに何の御用が有るというのですか。ジャンヌさんは私たち清貧派の聖女様です」

「俺も図書館に気になる幾何の資料が有った事を思い出した。一緒に行くぞ。それに清貧派であろうが教導派であろうがそれこそ福音派であろうがどれも聖教会の信徒では無いか。お前ごときに宗派云々を指図される謂れはない」

 ジャンヌと関わりたいがための詭弁だろうが今日のところは折れてやろう。

 今日のところは三人で図書館で大人しく数学の研鑽でもしよう。


【3】

「あらあらあらこんな所で食事をしている平民が居るわ」

「平民の分際で良くここに座れたものね」

 王立学校の昼食は各々どこで食べても自由だ。

 一旦寮に帰って食べる者も多い。自室で食べる者もいればお茶会室を使う者もいるが、平民の生徒は無料の平民寮の食堂で食事をする事が多い。

 貴族や裕福な平民生徒は有料でメニューも豊富な校舎に併設された校内食堂を使う。


 私たちも校内食堂でジャンヌを誘ってロレインやマリオンやフランと昼食をとっていた。

「エポワス子爵令嬢様、ジャンヌ様は私が昼食にお誘いしたのです。それにここの食堂は身分に関係なく全生徒が使用できる場所です。料金さえ払えばどなたでも食事が出来るはずですわ」


 以前クロエに因縁をつけたエポワス子爵令嬢がまた取り巻きを連れて、今度はジャンヌに因縁を付けに来たのだ。

「料金を払えば、そうねどなたでも食事が出来るわ。施しを受けてお食事にいらした様ね。さすがは聖女様、施しを受けるのも堂に入ったものですわ」

 私の返答に取り巻きのマンステール男爵令嬢が小ばかにしたように口調で嫌みを返してきた。


 ムッとして立ち上がり掛けた私の肩をロレインが抑える。

「ええ、みなさまご親切に私のようなものに昼食を御馳走して下さるのです。有り難い事ですわ」

 ジャンヌが微笑んで答える。

 エポワス子爵令嬢はジャンヌがなにか言い返すと思っていたのだろう、卒無く往なされて肩透かしを食らったようで眉根に皺を寄せて吐き捨てるように言った。

「平民ごときが分不相応な食事です事」

 そう言って自分の持っていたトレイからお茶のコップを手に取るとジャンヌの食事の上に派手に注ぎかけた。

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