第46話 オーブラック商会

【1】

「ご無沙汰しております。アントワネットお嬢様」

「これはオーブラック商会長様、ひと月ぶりですかしらね」

「ええ、冬のドレスのオーダーを頂きまして以来ですね」


「何か下々の方では冬のドレスのオーダーが落ち込んだとか聞いているのだけれどあなたの所は大丈夫ですの?」

「あれは王都でも庶民の通うような服飾店の話で御座いますよ。わたくし共高級店には影響など出ようはずも御座いません」

「一昨年の冬からライオル伯爵領で色々と不都合が出たと聞いておりましたが、それは重畳な事で何よりですわね」


「ええ、ライオル伯爵家は気の毒な事になってしまいましたがその穴埋めは出来そうですからね」

「そう言えばカマンベール子爵領に派遣していた者から報告が入っておりますわ。ご存じでしたか?」

「ええ、シェブリ伯爵家の管理官様がお一人いらっしゃって金と思われる鉱石を見つけたと」

「私もそう伺っていますが、何でも爆発事故が有ったとかでカマンベール子爵家がそれ以上の調査を中止させたそうではないの」

「ええ冬の間は調査を中止させるとか申して横やりを入れてまいりました。どうせ我々を締め出した後にコソコソと盗掘でもするつもりだったのでしょうが、シェブリ伯爵様のご家臣の機転で文官様と管理官様と武官様が三人も監視に残って下さった」


「それでは春になれば早々に?」

「ただうまく人集めが出来るかどうか。運河の工事も有りますし坑道を再度掘り直さなければいけません。旧ライオル伯爵領の救貧院は廃止されてしまいましたし、シェブリ伯爵領の救貧院の子供を総動員せなばなりませんな」

「あらあら、それは大変なことですわね。あのカマンベール子爵家がそんな事了解するのでしょうかしら」

「なに、運河の工事を質にとって脅せば言う事を聞くでしょう。あそこ迄投資して開通できないなどとなればカマンベール子爵家も大損害ですからな」


 それはそうなのだろう。

 運河の開発で鉱石を搬出する時に税でもかけるつもりだったのだろう。

 鉱山に精錬所を併設したところで金の儲けはカマンベール子爵領には入ってこない。かと言って自力で鉱山開発など資金が無くて不可能だ。

 その苦肉の策が今回の契約だとアントワネットは踏んでいた。

「カマンベール子爵家は金鉱の開発に伴う余禄を得ようと目論んでいたのだろうけれど災難な事ですわね」


 アントワネットもオーブラック商会を煽ってカマンベール子爵家を潰してくれれば儲けもので、共倒れでも十分にシェブリ家にはメリットが有るだろう。

 目障りなカマンベール子爵家やセイラ・カンボゾーラにダメージを与える事が出来るのだから。

 金などと言うくだらない幻想に踊らされている滑稽なヤカラなど知った事では無いのだけれど。


 運河開発は金鉱開発と併せてオーブラック商会が引き取ってしまっている。

 ライオル伯爵に取り入って金鉱開発に固執していたのだから。

 そしてそのライオル伯爵家も金鉱に取り付かれて身を滅ぼしたのだから。


【2】

「アレックス様、お久しぶりで御座いますな」

「‥‥‥‥」

 オーブラック商会長は学費の支援を行っているアレックス・ライオルの元を訪れていた。

「なにか学校で不足のものはございませんか?」

「ふん、何もかも足りない! 貴族としての体面も保てん! 服も家具も、茶会すら開けん。無いものだらけだ!」


「それは仕方ございません。平民寮では出来ることも限られておりますし、派手なことを致せば悪目立ちいたしますぞ」

 この少年は自分の立場をわきまえているのだろうか。没落して準男爵にまで落ちているのに何を言っているのだろう。

 そもそもここで学ぶための金は誰が支援しているのかわかっているのだろうか。支援者である私、オーブラック商会長を前にし理解していればこんな言葉も出ないだろうが。


「それよりもAクラスに在籍おめでとうございます。ご努力の賜物でございますな」

「当然だ。俺は伯爵家の次男だったんだ。試験勉強も力を入れたのだからな。俺の実力は良く判ったろう。そこいらの平民や下級貴族とは違うのだ」

「その様で御座いますなあ」

 偉そうに身分が違うと言っても今の身分は平民に毛が生えた程度、しかしまさかAクラスに滑り込める実力が有るとは思わなかった。


「しかし天文のような難しい科目で高得点を取れたもので御座いますな。以前から学んでおられたとは聞いておらなかったもので驚きました」

「まあな、教えてくれたものが…いや魔導士にとって必要な物だからな」

 なにか裏があるようだが今回は追及しないでおこう。

 オーブラック商会としてもこの少年は利用価値はまだある。兄のマルカムよりは役に立ちそうだ。


「そう言えばアレックス様、カマンベール子爵領で金が産出されたようで御座いますよ。実は今日はこれを御報告に参りました」

「なに! それはまことか」

「ジェブリ伯爵家の文官たちから報告が上がっておるようでございますな。冬の間はシェブリ伯爵家の者が見張りをしている様でですが…。カマンベール子爵家の次期領主が下山を主張しているとか。春になればカマンベール子爵家がどんな手に出てくるか」


「なにが子爵家だ! 我が家を陥れて爵位を掠め取った分際で!」

 思った通り今の己に何の関係もない事なのに激高し始めた。

「そもそも我がライオル伯爵家が得るはずの領地だったのだ。それを、それを…」

 そもそも他領であったものを掠め取ろうと画策した為に実家が滅んだのである。

「クロエ・カマンベールめ。あの女が兄上を貶めた。ルカ・カマンベールも兄上を蔑ろにしているそうだ。あのルカの部下共が兄上を辱め続けたのだ」

 ああ、そうかも知れない。その為にマルカム・ライオルは酒に溺れ腑抜けたままだ。すぐに近衛を追い出されて地方へ飛ばされてしまうだろう。


「どうもこの金鉱の件についてはカンボゾーラ子爵家も噛んでいる様で、あのセイラ・カンボゾーラが金鉱の調査に赴いていたそうですな」

「あの異教徒の成り上がりめが! 父上に手を下した張本人であろう。我がライオル伯爵家の仇ではないか!」

「カンボゾーラ子爵家の為に地主や商人や聖職者たちも大変な目に遭っておるようですな。お気の毒な事です」

「俺の領民を…許されない。くそっ! くそっ! くそっ!」

 俺の領民と言っているがその領民と彼はどれだけ面識が有るのだろうか?

 この程度の事で激高してしている時点で使えても、使い潰して終わりの手駒でしかないのだ。

 何をしてどう動くかはわからないがこれでセイラ・カンボゾーラとクロエ・カマンベールに何かダメージを与える事が出来るだろう。

 学校内での揉め事で手を取られている間は簡単に動けないだろうから春までの時間は稼げるはずだ。


【3】

「なあ、どうすれば良いと思う。あいつらに一泡吹かせてやりたい。異端者どもがAクラスでのさばっているなど許されないだろう」

 アレックスは寮のルームメイトに愚痴っていた。

「さあね。僕は授業に出ていないし教室に移動するのも面倒くさいからどうでも良いや」

「なぜ! お前が出席すればあいつら大きな顔など出来ないだろう。クラス分けでも天文は満点だたんだろう。翌日に担当講師に言って受けた幾何も満点だったそうじゃないか。授業免除を許されて部屋に籠っていて何になるんだ。なあ俺には伯爵家の伝手もある。俺の生まれた領地で金鉱が見つかったんだ。俺が領主に返り咲いたらその金鉱も俺の物だ。そうすればお前を筆頭文官にでもしてやろう。コネも有るから王族に推挙だってしてやる。だから知恵を貸せ」


「別にお金に困っている訳じゃないんだ。働くのは面倒くさーい。こうして僕のサーヴァントに図書館から本を持って来させて籠っているのが一番だよー。それに知恵なら貸しただろ。クラス分け試験はぼくの予想通りの試験問題が出ただろう」

「異端者どもを叩き潰すにはそれだけじゃあ足りないんだ。手を貸せ! せめて金鉱をどうにか出来る手段だけでも。今は見張りがいて鉱山には入る事は出来ないそうだがカマンベール家やカンボゾーラ家が偽りの報告を上げるに違いないんだ。せめて見破る方法だけでも」


「そうだねー…。金は酸に溶けないんだ。濃硫酸にさえもね。だから王水以外の酸に溶けるのは金じゃないよ。知ってるのはこれ位かなー」

「そうか。春になれば俺が奴らの嘘を暴いてやる。そうなれば俺も貴族に返り咲けるはずだ。オーブラック商会の後ろ盾も有るしな」


 そう言って授業に出て行くアレックスの後姿を見ながら彼のルームメイトはボツリと溢す。

「そう上手く貴族に戻れるなら苦労しないだろうに…。まあ僕には関係無いけれどね」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る