第45話 帰寮

【1】

 新年を過ぎ冬の休暇も終わろうとしている。

 クロエは南部から河船で帰ってきたジャンヌ・スティルトンやファナ・ロックフォールとその取り巻きに誘われて、というか主に馬車を連ねてやてきたファナに連れ去られてしまった。

 ファナはどうもカマンベール子爵領の特産品に目をつけたようで農業改革を指導したジャンヌや次期領主令嬢のクロエから農地の産物情報の収集に余念がない。


 私はミゲルの作った河船を利用してモルビエ子爵領迄ロレインを迎えに行くつもりだ。そうしてレ・クリュ男爵領迄一気に下ってマリオンと合流して陸路で王都を目ざす。

 要はモルビエ子爵家とレ・クリュ男爵家そして出来れば間に位置するサヴォワ男爵家やル・プロッション子爵家に河船運航のアピールをするするのが狙いだ。


 空荷で運行するのも無駄になるので今回はハウザー王国から仕入れたシェリー酒などの酒精強化ワインを二十樽積み込んでいる。

 今回は売れる確証の有る物を積み込んでのデモンストレーションだ。

 事前に連絡が行っていたので渡船場の横に筏を組んだ臨時の桟橋に船を着岸させた。

 桟橋にはモルビエ子爵一家と思しき一団が出迎えてくれた。


「これは大層大きな船でありますなあ。このような大きな船で行き来できれば荷物のやり取りも楽になるでしょうな」

 モルビエ子爵が感嘆のため息を漏らす。

「モルビエ子爵閣下。お初にお目にかかります。自分はライトスミス商会カンボゾーラ支店の代表を務めておりますマイケルと申します」

 早速のマイケルの商談が始まった。


 私はロレインを連れて船内を案内する。今回は酒樽以外に積んでいないこともあり客室がゆったりと取ってある。

 雑魚寝にはなるが五人がゆっくり眠れるスペースがあるのだ。座ったまま眠らなければいけない乗合馬車などとは比べるまでもない。


 ファナの豪華な馬車でもソファーに半身で横になるの精一杯、それを嫌う令嬢方は夜には途中の街で宿泊することになる。

 もちろん馬も休ませねばいけないのだから。

 でもこの船なら寝ているうちでも船は進む。今日の夕刻にモルビエ子爵領を発っても明日の早朝にはレ・クリュ男爵領に着いているはずだ。

 船なら朝起点のカンボゾーラ子爵領を発てば日暮れにはリール州の北の外れレ・クリュ男爵領に到着する。

 そのまま夜も進み続ければ翌日の夕刻までに王都に到着するはずだ。

 まあ今回はレ・クリュ男爵領までで、そこからはマリオンと合流して馬車で王都を目指すのだけれど。


 ロレインがメイドとともに乗り込む頃にはマイケルの商談も終了してモルビエ子爵様も上機嫌だった。

 ワイン樽も四樽が降ろされて子爵家に引き取られていった。

 マイケルはお近づきの印と帰りの引き船の要員の確保を依頼して割引価格で売ったそうだ。

 こうして下流の各領で酒精強化ワインと引き換えに引き船要因の確保を依頼してゆく算段なのだ。


 思いのほか商談がうまく行ったようで、モルビエ子爵領を午前中に出発する事が出来た。

 普段は物静かで大人しいロレインも初めは甲板ではしゃいでいたが、さすがに河風は冷たく船室に入って来た。


 風が入ると寒いので窓はみな閉められているが、明り取りの為のランタンストーブを囲んで毛皮の敷物の上に五人で座る。

 昼食はラクレットチーズをソーセージと一緒に串にさしてランタンストーブで炙って五人で食べる。

 その後はストーブでミルクを温めてアドルフィーネやウルヴァ達メイドも含めた五人で女子会だ。


 途中のサヴォワ男爵領やル・プロッション子爵領でマイケルが商談と引き船の交渉で半刻ばかり停泊するが私たちは船室で寛いでいた。

 ワイン樽も半分が無くなって船も軽くなったせいか船足が速くなった。

 夕食の頃にはレ・クリュ男爵領に到着してしまった。


「さすがに夕食や宿泊までレ・クリュ男爵家にお世話になるのは気がひけますわ」

「ロレインが良いのなら船内で一泊して明日の朝マリオンと合流する事にしてはどうかしら」

「ロレインお嬢様、セイラお嬢様、私どもとここで眠る事になるのですが宜しいのでしょうか?」

 ロレインのメイドが恐縮している。


「全然気にしなわ。きっと楽しい夜になると思いますもの」

「それならば夕食は私が腕によりをかけてセイラカフェやサロン・ド・ヨアンナで培った実力を」

「夕食もお昼と同じチーズとソーセージで良いわ。寒いのだから外に出て調理などしなくても大丈夫よ」

 私は気合を入れるアドルフィーネを制止する。

「そうですわ。一人だけ外で料理なんてしないでみんなで一緒に楽しみましょう」

 ロレインも私に賛同する。


【2】

「ずるいぞ! 二人とも。私だけ仲間外れなんて酷いじゃないか!」

 私たちがチーズを炙っているとメイドのインガを引き連れたマリオンが船に乗り込んできた。

「だって、厚かましく貴女の家に押しかけるのは無作法だし、明日ここから馬車で出発だから」

「うちの領も裕福じゃ無いけれど食事や宿泊くらいは提供するよ。友達なんだから」

「違うの、そう言う訳では無くて…こうしてみんなで転がってお話したりお食事するのが楽しすぎてつい」


「マリオンもインガもここに座りなよ。一緒に食べようよ」

「それならばレ・クリュ男爵領のチーズやライ麦パンも試してみてよ。たいした特産も無いけれどアップルシードルも作ってるんだ持って来させるから感想を聞かせて」

 そう言うとマリオンはフットマンに用件を告げると敷物の上にどっかりと腰を下ろした。


 フットマンは大量の敷物用の毛皮とパンやチーズ、そしてリンゴのジュースやシードルも持って来てくれた

 マリオンが持って来させたチーズもパンも美味しかった。シードルも美味しかったがこれでカルヴァドスを作るのも有りだな。

 マイケルに言って何樽か購入して貰おう。


 結局その夜は温ホットミルクで暖まり、七人で噂話に花を咲かせながら夜は更けてゆく。

 他愛のないBクラスやCクラスの女子たちの噂話やメイド達の裏情報だ。

 そんな話をしながら皆眠り込んでしまい、早朝に迎えにやってきたレ・クリュ男爵様も交えて、河辺で焚き火で沸かしたコーヒーを飲みながら焼きソーセージを食べる。ウィンターキャンプ気分で朝まで過ごして馬車に乗り込んだ。


 マイケルはレ・クリュ男爵領で積荷を全部降ろしている。しばらくここに腰を据えて州外の領地に酒類を捌くそうだ。

 この領の先のマール州はこの河が北海に繋がる河筋に位置し、その先のシャトラン州で王都に向かう河筋と分岐する。

 マイケルはその分岐点に近いレ・クリュ男爵領にも支店を置いて北の海産物や王都の製品を集約させようと考えているようだ。

 ”もしかすると春には王都から船で帰れるようになるかもしれないなぁ”などと思いながら私たちは馬車で王都に旅立った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る