一年 中期

閑話6 騎士団寮の新年

 ☆★★★

 騎士団に冬至祭や新年に祝賀は無い

 まあ食事が少し良くなったり訓練後に酒が振舞われたりはするが、通常任務に休みは無いと言う事だ。

 それは王立学校の騎士団員寮でも同じ事が言える。


 大晦日の夕方になると王都騎士団や近衛騎士団の団員たちが次々と訓練から帰って来るが皆どこか浮かれている。

 冬の日暮れは早く町は真っ暗に暮れているが通りには人通りが絶えず、屋台や飲食店の灯りが煌々と輝いている。

 教導騎士団員はこれから大晦日の聖堂の警備に駆り出されるそうで皆不貞腐れながら大聖堂に向かった。


 それでも大半の騎士団寮生は残っている。夕食にはホロホロ鳥が出され酒もふるまわれるからだ。

 そして生徒たちは年明けの鐘が鳴り響くまで喧騒が続く。


 今年はウィキンズ達は最上級生である。

 その上ウィキンズは今年もAクラスの特待生だ。騎士団寮では上位貴族の子弟を差し置いて副寮長に指名されている。

 寮長が第一王子である事からすべての仕事はウィキンズの丸投げされており、実質の騎士団寮のトップである。

 アルコールが入って浮かれ回る寮生を仕切らねばならないとなると胃が痛くなってしまう。


「お気の毒に、今夜は優しく慰めてくれるクロエ様も帰省していらっしゃるしな」

 レオナルドが嫌見たらしく囁いてくる。

「別にそう言う事無ない!」


「それじゃあ、クロエ様の兄上のルカ隊長にそう言って慰めて貰えば良いぜ。隊長なら夜と言わずいつでもボロボロになるまで可愛がってくれるだろう」

 ケインがニヤニヤしながら言う。

「バカ野郎。ルカ隊長は今夜も不寝番の任務で荒れてるんだ。迂闊な事を言えば命に係わるわ!」

「ウィキンズ、そろそろ夕飯の号令をかけろ。みんな焦れてるぜ。寮長殿下の代理だろう」

 ウォーレンが号令の催促をかける。

 寮長の第一王子子殿下は宮廷行事に託けて早くから寮を抜け出している。どこかの女の所に遊びに出かけているらしいがいつもの事だ。


「ヨシみんな! 今年一年ご苦労だった! 夕飯も酒もシッカリ楽しんでくれ。ただし羽目を外し過ぎるな。酔いつぶれるのも禁止だ! いつ非常招集がかかるか分からないからな。それを弁えて楽しむ分には今日は目をつぶってやる。良き新年を!」

「「「「「オー! 良き新年を!!」」」」

 床に響くような怒号と共に盃が掲げられて一斉に食事が始まった。


 ☆☆★★

 昨年までは酷かった。

 近衛騎士団の上級貴族たちが寮を牛耳っていたので、王都騎士団員との反目が激しかった。

 いつも年末はその上級貴族たちが率先して寮を留守にして遊び回っているものだからそれこそ寮内は無秩序の極みで、街中で上級貴族寮生が起こす不祥事や苦情も寮に残った下級貴族や平民の騎士団員が処理する羽目になり酷い有様だった。


 それが今年になってやっと落ち着きを取り戻したのだ。

 お飾りの寮長はさて置くとして、副寮長のウィキンズが同僚のケインと親友のレオナルドとウォーレンを加えた四人体制で近衛と王都の両騎士団を抑えているからだ。


 新入生に近衛騎士団長の息子がいると聞いて少し緊張したが、一本気でバカだが割といい(御しやすい)奴なのでとても助かっている。

 忖度込みでAクラス入りをしたそうだが、派閥や身分や教派をよく理解していない様なので助かっている。

「Aクラスの同級生でなかなか出来るやつがいましてね。近衛への入団を誘っておるのです」

「剣術の技でも持っているのかい?」

「いえ、体術もなかなかでしたがこの間同級生との喧嘩でのパンチも蹴りも感心するほど鋭かった。こう、叩き込むパンチなのですが、体重を入れて回転をつけてえぐり込むように、それも寸分違わず胃袋あたりを狙って。蹴りもスピードも角度も大したものでしたが同じクラスの男子に取り押さえられて放てませんでしたがね。かなり小柄ではありますが、あれなら近衛騎士団でもやって行ける」


「喧嘩相手は軍人の家系か? 武術の心得の有るやつか? 貴族なんだろう」

「殴られたのは軍人ではないですが、教導騎士団と縁があるやつですな。まあ殴ったあいつは子爵家でありながら第二王子殿下にでも平気で喧嘩をふっかける奴ですからやはり武人向きのやつですよ」

「おいおい、いくら技術があってもそんな喧嘩っ早い奴は願い下げだ。勘弁してくれ」

「そうですか。逸材だと思うのですが」

 身分を問わない騎士団寮では有るが、いくら逸材でも王家にでも平気で喧嘩を売るような奴の面倒を見るのは御免被りたい。


「そう言えば明日我が家で新年の祝賀会が有るのですが副寮長も呼ばれていると聞いておりますが」

「いや、そんな話は聞いていないが?」

 そんな話ウィキンズに心当たりもない。ルカ隊長辺りが連絡を忘れたのかイヴァンの勘違いか。

「明日の昼前に迎えが来ると思います」

 そう言ってイヴァンは宴会に戻っていった。


 ☆☆☆★

 レオナルドは食堂の喧騒を逃れて部屋に帰っていた。

 同室の者はみな食堂で騒いでいる。彼は年明けの鐘が鳴った後に寮内の見回りと監視に回らなければいけないので羽目を外すわけにゆかない。

 今は自室で一人マデラ酒を飲んでいる。

 ブレア・サヴァラン男爵家令嬢が手紙まで添えて冬至祭にと送ってくれたものだ。ウォーレンやウィキンズにも同室の奴らにも飲ませるつもりはない。

 ”年が明け授業の再開が待ち遠しい、早く会いたい。ロンバモンテェ州は田舎ながらも最近はライトスミス商会との取引が始まりセイラカフェも出来て紡績も始まった。森も湖も綺麗な所なので一度来て欲しい”と言うような事を近況と一緒に書かれていた。

 レオナルドはグッと二杯目を煽ると手紙と酒瓶をチェストの奥に片付けて見回りへと出ていった。


 年明けの鐘が鳴り響く。

 部屋中に一斉に歓声が上がり、「新年おめでとう」の声が響き渡る。

 ウォーレンとケインは模擬刀を携えて静かに外に出ていった。決闘とかというわけではなく、深夜の見回りである。

 このあと寮から抜け出して街で騒ぎを起こすバカどもが溢れ出すからだ。

「因果なことだねえ。年越しの夜に見回りなんて」

 ケインがボヤく。

「お前は去年も一昨年も夜中に抜け出していた口じゃあないか。どの口でそんなことが言えるんだ。少しは罪滅ぼしをしろよ」

「別に遊んでたわけじゃあないぜ。酒場の用心棒だ。特に年越しの夜は暴れるバカが多いから酒場も報酬を弾んでくれるからな」

「ほー、それじゃあ今年は行けなくて残念だったな」

「去年は後見人の叔父貴が子爵家の直属の騎士団長に就任して給料も上がって仕送りも増えたんでな」

「そいつは良かったな」

「お前こそその襟巻きはどうしたんだよ。刺繍入りじゃあねえか」

「なんでもない。貰い物だ」

「貰い物って、はやりのジャガード織じゃあねえか。刺繍は…エダム男爵家の家紋じゃねえのか?」

「うるせえなあ、どこの家紋か知らねえよ。そんな刺繍だったのか、知らなかったぜ」

「白々しい。どうせシーラ様からもらったんだろう。お前ら三人とも良いよなお相手がいてさ」

「いや、お前にだってそのうちにだなぁ」

「そのうちに何だって? 爆ぜろ! もげろ!」


 ☆☆☆☆

 昼前にウィキンズのもとに迎えの馬車が来た。

 ライトスミス商会の差し回しの馬車で使いの従業員がウィキンズのもとにやってきたのだ。

 ウィキンズは礼装に身を包んで儀仗刀を腰に携えて馬車に向かった。

 馬車に乗り込みドアが閉まると中で声がする。

「年始でアドルフィーネもリオニーもナデタもいないのよ。向こうについたらストロガノフ団長と商談が有るわ。その後はフラミンゴ宰相と取引関係の相談を済ませて、ロックフォール侯爵家の別邸にご挨拶。最後にゴルゴンゾーラ公爵家の王都別邸の聖教会教室立ち上げのセレモニーに参加するわ。あと、あなたの同室のケインにもこの式典に参加するように連絡を入れておきなさい。正装で来るようにとね。ああ、ルカ隊長にはもう連絡済みだから。ストロガノフ子爵邸では商談が終わるまで適当に待っていればいいから」

 まくし立てるように話すグリンダの声を聞きながらウィキンズの胃はキリキリと痛みだした。


 ――――――――――――――――――――――――――――――――――――――

 あけましておめでとうございます。

 年始投稿のつもりは無かったのですが、書き始めるとレオナルドやウォーレンの話しも書きたくなって大晦日の話を書いてしまいました。

 今年は九日から投稿を始めます。

 本年も宜しくお願い致します。

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