第50話 仕立て屋戦争
【1】
平民寮のお披露目会になんと王都トップクラスの仕立て屋が参戦してきた。
どうもヨアンナの口利きらしい。今までゴルゴンゾーラ公爵家の御用達で公爵家の衣類の縫製を一手に引き受けたいた仕立て屋だそうだ。
「わたくしはポートノイ服飾商会の代表を務めておりますミハエル・ポートノイと申します」
口髭の中年男性が私に頭を下げて自己紹介をした。
アヴァロン商事を介して私たちのお披露目会に参加すると言う事で、私に挨拶に来たのだ。
「お噂はかねがね伺っておりましたが、フィリップ様にこの様なお美しいお嬢様がいらっしゃるとは驚きました」
「ヨアンナ様を差し置いてその様な事を申されても恐縮致しますわ。他にも色々とお聞きなのでしょう」
「ええ、お父上よりも商才がおありだとお伺っております。ライトスミス商会と太いパイプをお持ちだとも」
「まあ父上様を差し置いてその様な事。女の身で差し出た事は致しませんわ」
「そうなのでしょうか。わたくし共は今回のお披露目会を通じてぜひライトスミス商会様やシュナイダー商店様と昵懇なお付き合いを願いたいと思っております」
ポートノイ服飾商会は今回のお披露目会を通して西部のリネン生地や北西部のコットンや羊毛の生地入手したいと考えているようだ。
さすがに王都の一流服飾店だけあって織物に関する知識や情報も豊富で織機の改造などに役立ちそうな知識も持っているようだ。
南部の新作デザインについても関心が有るようで有益なアドバイスも色々と有ったようだ。
私(俺)はファッションには関心が薄いのでわからないが、エマ姉が熱心にメモを取って色々と質問をしている。
「シュナイダー様はお若いのに見識が豊かでいらっしゃる。さすがは南部を代表する服飾店のご息女だ」
「いえ、たしなむ程度ですわ。それで私のご提案した型紙の技術についてはどうお思われます?」
「馬具や武具の製造で使われている技法の応用ですな。顧客一人一人の型紙を保有しておけば新着の時に採寸に時間を掛けなくても済みますしデザインにも役立つ。わたくし共の工房でも取り入れたいですな」
「それならばシュナイダー商店のお針子たちを派遣してお教えいたしますわ。その代わりに裁断や縫製のお話を聞かせていただければ嬉しいのですが」
「おやおやわたくし共の店がシュナイダー商店様にお教えできることが有るかどうか。南部はおろか王都の服飾店も危ういですな」
「またまた、私どもは下級貴族様や平民が対象の廉価店で御座いますよ。その方々のオーダーを私たちがいただければ、後はポートノイ商会様の物では御座いませんか」
「これはしたり、そうですな。わたくし共はそちらのお仕事を頂きましょう。シュナイダー商店様とは良い取引が出来そうだ」
「服飾など多くの人が着るものが主流になるんのですわ。南部のデザインが下々で主流になれば上級貴族の方も真似たくなるもの。高級素材は優先してご提供いたしますので是非顧客の皆様方にも勧めていただければ」
「そうですな。南部のデザインも取り入れたドレスも王立学校での発表前に一部の上級貴族令嬢様にご提示いただければ人気に拍車がかかるのではありませんかな」
つまりコンペに参加した作品の上位デザインをポートノイ服飾商会が広告塔になりそうな貴族令嬢に提供するという事だ。
その反応に併せて廉価版のセミオーダーやレディーメイド品をシュナイダー商店が投入するという筋書きだ。
その上コンペに参加した才能の有りそうなデザイナーや工房はエマ姉がキッチリと囲い込む心算だろう。
なにやら王都の服飾業界に血の雨が降りそうな予感がする。
ライトスミス商会を後ろ盾にしているシュナイダー商店とヨアンナ・ゴルゴンゾーラを後ろ盾にするポートノイ服飾商会のタッグって王都にとっては最悪だろう。
王都の服飾業界はヨアンナとエマ姉の餌場になり果てるのだろうか。
【2】
新作デザインのお披露目会は大成功だった。
ポートノイ服飾商会がお披露目会に参入を表明したことから中小の仕立て屋の参加が大きく増えた。
それに触発されたのか平民寮の寮生の中にもデザイン画を描いて出してくるものが幾人も居た。
ジャンヌの話しでは何人か光るものを持っている娘がると言う。
ポートノイ服飾商会とエマ姉とジャンヌが相談してその娘たちは在学中にも服飾の知識を学ばせて卒業後はシュナイダー商店かポートノイ服飾商会で雇い入れる内諾を取ったようだ。
特にジャンヌがその才能に感心したという娘は三年の平民の娘で卒業後は聖職者になる予定だったそうだが、シュナイダー商店のデザインを担当したお針子と共同で春の新作を一着作る事に成った。
誰の衣装を作るかという時に彼女が望んだのはジャンヌだった。
「貧しい縫製職人の出で私が王立学校に入れたのはジャンヌ様の聖教会教室のお陰です。だからジャンヌ様に報いるために聖職者になろうと思った。それをまたジャンヌ様が新たな道を示してくださった。その恩に報いるために初めての成果はジャンヌ様に捧げたい」
そしてジャンヌの要望を取り入れた服はドレスでは無く庶民用の一般服であった。
スカートとブラウスのツーピーススタイルにコルセットを廃止してベストに安価な水牛の角のトグルボタンを付けてコルセットを閉めたように見せるデザインとなっている。
そしてやはりトグルボタンを採用したブレザーである。
お披露目会のデザインでも注目を集めたが、その翌日からジャンヌが着て登校したことで話題をさらった。
良くも悪くも斬新であった。
着付けに人手が要らず動きやすい普段使いにはとても良いデザインなのだが、何より装飾では無く実用としてボタンを採用した女性服は珍しいようで評判になった。
上級貴族や宮廷貴族の批判する庶民服のようだという例えはまるで批判にならなかった。
そもそも庶民服で日常遣いの物である。
どうもエマ姉の本来の目的はジャンヌに庶民服を着せる事だったようで、リオニーたちのメイド服に需要が有った事から思いついたらしい。
平民をターゲットにしたレディーメード庶民服の薄利多売が目的だったようだ。
しかしこのデザインは当たった。
コルセット代わりのベストやブレザーだけを求める私のような下級貴族や生地もボタンも最高級品に変えてコルセットの代わりにベストを着るヨアンナ・ゴルゴンゾーラのように一部を取り入れる事でドレスの着方自体に変化がもたらされてきた。
下級貴族の間でボタンが高級装飾品から便利な留め金にその地位を変えつつある。木製や貝殻や金属のボタンもジャンヌの発案で製作されていた。
ピンでとめるより安全で使いやすい道具になりつつあるのだ。
ポートノイ服飾商会はいち早くベストとブレザーの流行を取り入れてドレスのオプションとして提供し始めている。
これにより一部の高級貴族が仕立て屋をポートノイ服飾商会に変更する動きがみられた。
他の仕立て屋は旧来の顧客の苦情を恐れて新しい流行に踏み込めないので、高級仕立て屋たちがポートノイ服飾商会狩場になりつつある。
そしてシュナイダー商店と提携した仕立て屋は型紙とトルソーの導入で一気に作業効率を上げて大量生産に移行し始めている。
西部や北西部の織機工場で生産される安価なコットン生地がその流行に拍車をかけた。
そして多種多様の安価なボタンは庶民のお洒落のアクセントになり中には明らかにソロバン珠と思しきものまであった。
今や中小の仕立て屋は雪崩を打ったようにシュナイダー商店の傘下に堕ちて行っている。
王手の仕立て屋は下請けの店まで取られていったが本業も左前なので損切の手間が省けたような状態に陥っている。
王立学校から始まった王都の服飾界はいまやエマ姉・ヨアンナ同盟と旧来の宮廷貴族派閥の代理戦争の様相を呈し始めていた。
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