第50話 セイラカフェ(ゴッダード)

【1】

「ああ、情報が足りない。ニワンゴ修道女以外は腹の内が知れない。ハウザー人って魑魅魍魎過ぎる」

「セイラちゃん、仕方ないよ。商人ってどこに行っても同じような物よ。私たちみたいな真っ直ぐな商人ってあんまりいないよ」

 私たち?…その中にエマ姉も入ってるの?


「うーん、やっぱりハウザー王国にも情報源が欲しいねー」

 エドがセイラカフェのテーブルに突っ伏して伸びをしながら呟いた。

 私も同意見だ。聖教会教室を開くにしても向こうの情報が少なすぎる。ゴッダードでの情報は限られてしまう。

「でも行くの面倒だしなー。ここみたいにみんなが勝手に来て勝手に話してくれれば便利なのになー」

 エドとしては動かずに情報だけ欲しいようだ。


「やはり、ハウザー王国の中に入らなければ難しゅうございますね。せめて国境沿いのサンペドロ州で情報収集をできればよいのですが」

「メリージャに支店を出せばいいんだよー」

 そうなんだよなー。

 今までは王都と周辺領地での商売を中心に進めてきたが、ハウザー商人との取引を始めてからはハウザーでも商品が売れる事が分かった。

 そろそろ海外展開を進める時期かもしれない。


「セイラー、聖教会教室ってもともと木工所の教室だったんだよー」

「そうだったよねえ。もともとチョーク工房のシステムが有ってそれで聖教会教室が出来た。ならハウザーにも先にシステムを作ればいい」


「メリージャに木工房を作りましょうか、ねえセイラちゃん」

「それは無理よ、エマ姉。職人が居ないもの。ヴォルフ商会と代理店契約もしているし、そのヴォルフさんが職人が足りないって言うんだからいないんでしょう」

「商会長、支店だけでも立ち上げて向こうで注文を取ればどうですか?」

「ミゲルの言う事もわかるけど、それだけじゃあお客は来ないわ」


「それならここと同じにすればいいよー」

「そうね。セイラカフェは良いアイディアね」

「お嬢様、私がメリージャに一号店を立ち上げます。商会の事務所込みの支店を」

「じゃあグリンダに立ち上げは任せるわ。でもリバーシは禁止よ。聖教会との契約のことも有るし商人達に狙われているからね」

「はい、ご期待に沿えるように致します」

「誰を連れて行くかは任せるわ。目途が付いたらその子に任せて帰ってきてよ」


 こうして先にセイラカフェを立ち上げる事に決まった。

 そもそもゴッダードとメリージャは片道一日で行ける距離だ。国境を考えなければゴッダードから一番近い都市だろう。

 マヨネーズの輸出に一番適している都市だ。

 輸入する商人がいると言う事は、輸送費と税を払っても採算が取れると言う事だろう。ラスカルよりもずっと物価の安いハウザーなら、パンや食材も安く手に入る。


 マヨネーズを使った料理を出せば、余り高い値段にしなくても店で出せる。マヨネーズが評判を呼んで客も来る。

 あとは雇った店員に教育を施す事、閉店後は一定時間読み書きと算術を学ばせる。それが出来る様になれば、メイドマニュアルでメイド教育と言う事でシステムを作る事にしよう。

 チョーク工房は併設しても良いが聖教会教室と一括りに成る物だから、ハウザーの現状を見ながら進める事にする。


 メニューはオープンサンドを主にフルーツサンドをスウィーツとして提供し、富裕層の商人や貴族向けの店舗としてアピールする。

 メリージャはハウザー王国の中では裕福な商業都市である。そうすればメイドとしてスカウトされる店員も出て実績もつめると言うものだ。

 この計画で父ちゃんとお母様に提題してみよう。


【2】

 お母様と相談して父ちゃんからダンカンさんを借りる事を了承して貰った。多分二人の事だからハウザー出店の計画を聞いて、ダンカンさんに段取りをつけさせていたのだろう。

 ダンカンさんを通して、ハウザー商人連合のカルネイロ氏の仲介で店の確保を進める。


 ダンカンさんがミゲルを連れてメリージャに向かい、居抜きで借りた店舗の二階に商会の事務所と商会員の部屋を準備してくれた。

 当面はダンカンさん中心で、商会はミゲルが管理しカフェはグリンダが担当する。それに加えてゴッダードのセイラカフェや厨房で働いていたリオニー、ナデテ、アドルフィーナと言う三人の獣人属の娘を連れて行った。


 三人とも工房の初期から通っていた子達で、読み書きも算術もシッカリと仕込まれている。

 メイドとしての教育は、グリンダから叩き込まれている。本人たちも獣人属として出世できる手段だと自覚しているから、熱心に学びアンからもお墨付きを貰っている。

 今回のハウザー支店開店に抜擢されたことに、意欲と誇りを持って受け止めている。両親の故郷に錦を飾るのだから、その意気込みも頷ける。

 ハウザーのカフェが軌道に乗れば、中心となって運営を任せられる人材である。


 見習いの子供を現地採用して、読み書きと四則算をキッチリと仕込む。

 そうなれば本採用だ。そこからは帳簿付けとメイドの作法の修業が始まる。十二歳までに修業を積んだら退職して、新し進路を決める事に成る。

 それを取り敢えずの方針として半月後には早々にカフェが開店し、見習い店員の募集が始まった。


 募集した見習いが使える様になるまでは、グリンダがカフェの運営を行いつつ商会での商談も代行する事に成る。ミゲルも知識はあるが商談は今まで経験不足の為、グリンダにつけて商売の駆け引きの経験を積ませると言う事だ。

 定期的にダンカンさんがゴッダードとメリージャを掛け持ちして、ミゲルを独り立ちさせると息巻いている。ミカエラさんの教育が有ったので経理はシッカリとこなせる上、堅実な性格なので無茶はしないだろう。


 そして、落ち着けばミゲルに店舗の一部でチョーク工房を細々とだが立ち上げさせる事にした。もちろん卵の殻だけの運用だ。


 ただ、スジは通した方が良いだろう。

 ドミンゴ司祭とブォルフ商会には、事前に了承を貰うために手紙を出した。

 驚いた事に二人ともこちらに面会を求めてきた。ブォルフ氏は私に、ドミンゴ司祭は父ちゃんに。


 ◇◇◇◇


「嬢ちゃん、どう言うこった。支店の開店にカフェの併設。おまけにチョーク工房。何か思惑が有るのかい」

 手紙を出した二日後にはヴォルフ氏本人が面会の使いを連れてやって来たのだ。


「あんたの事だからただの思い付きじゃあないんだろう。裏が有るのか? 一つ言っとくが、俺はあんたの商会とは一蓮托生のつもりでやっている。家具工房はどうだ? 俺はこれに商会の全てをかけてる」

 いやあ、それは買いかぶり過ぎだよ。


「ゴメンナサイ。本当に思い付きだったんです。情報が欲しいのでカフェを立ち上げようと思っただけですよ。チョーク工房はついでと言うか…」

「ホントかよー。それにしては大掛かりじゃあねえか」

「まあやる限りは根を下ろすつもりでね。チョーク工房はそもそもライトスミス木工場の副業として始めた物をシステムごと聖教会に売ったんです。だからハウザーでも試験運用してみようかと…」

「まあ今回は嬢ちゃんの言う事を信じよう。何か俺に出来る事が有ったら言ってくれ協力はする。メリージャ商工会への口利きは俺の方からしておいてやる。カルネイロの親父にばかり口を挟ましたくないんでな」


「それじゃあ、セイラカフェを贔屓にしてください。取引先にも宣伝していただければ嬉しいですわ。出来れば商談もうちでして貰えればサービス致しますわ。契約の代行も行いますので」

 エマ姉がしゃしゃり出てくる。

「商談や契約までやっちまうとすべて筒抜けじゃあねえか。まあせいぜい使わせてもらうさ」


 ◇◇◇◇◇◇◇◇


「オスカー様、今回のメリージャのカフェの件はどういう事なのでしょう? お嬢様から連絡を頂いたので驚いて飛んで参りました」

 ドミンゴ司祭との面談は父ちゃんに任せた。ライトスミス商会の応接室に居る二人の話を、私は厨房の伝声管で聞いている。

 ドミンゴ司祭には私の事は只の子供だと思わせておいた方が無難だと言う事で、こういう事に決定した。


「この度は、ワザワザご足労願ってすみません。そもそもは取引が増えたので、交易期だけでなく、通年でハウザーとの取引を考えて商会の支店を置こうっていう話だったのですよ。今回丁度良い機会だったので、ついでにカフェを併設しようと言う話になったんです」

「メリージャは聖教会大司祭のお膝元、わたしも色々と働きかけておりますが大司祭にへそを曲げられますと面倒な事に成ります。お嬢様が知らせてくれなければもめ事が起こっていたかもしれませんよ」

 ドミンゴ司祭は父ちゃんの支店設置に気付いた私が急いで知らせてくれたと好意的に取っている様だ。


「もめごとと申しますと?」

「メリージャの大司祭猊下は少々難しいお方でな。世俗の出身者が多い福音派の司祭の中で貴族の出なのだ。もともとはバトリー子爵家のご令嬢であったのだ」

「大司祭猊下は女性だったのですか」

「うむ、そういう事で福音派の中でも少々浮いた存在の上、神経質なお方でなあ、市庁舎の幹部やメリージャの領主一族ともあまり折り合いが良くない」

「という事は、市関係者に申請を出す前に大司祭猊下に根回しを行っておいた方が良いと…」

「大司祭猊下は自分専用の特注品がお好みだ。意匠や素材に手間をかけたものは殊の外お喜びになる。わたしにも宝石を埋め込んだ金杯や銀のカトラリーなどをご自慢なされたことが有るが…」


「そういう事でしたら近々手土産をもってメリージャの聖教会にご挨拶に伺ってもよろしいでしょうか? できればその折には是非ともドミンゴ司祭のお口利きとお立合いをお願い致したいのですが」

「私も忙しい身ではあるが、これも聖教会の為。ご同行致そう。日にちは追って連絡致そう」

 メリージャの街も割ときな臭い様だ。

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