閑話6 ジャックのクエスト(1)

【1】

 今回は始めての遠征クエストだ。ブリー州を離れてレスター州のドミニク女司祭長からの依頼で護衛任務だ。

 ドミニク聖導女様はレスター州に移られて今では大きな村の聖教会の司祭長を務められている。


 二日前にいきなり母ちゃんが、明後日からレスター州へクエストに行くから準備しろってぬかしやがる。

 アルビドのおっさんに聞いたらクエストを受けたのは五日も前だって言うじゃないか。ふざけんなよ、準備とかあるんだからクエスト受けたらすぐに説明しろ。

 そんなだから考え無しだって言われるんだ!


 母ちゃんは頼りにならねえから、アルビドのおっさんに説明を受ける。

 依頼主はあのシスタードミニク様で、病が発生した村の治癒に行く護衛だと言われた。

 ドミニク様の村まで片道二日、そこから病の発生している村まで片道一日。二日滞在して村で治癒治療を行い帰りの一日までの護衛任務だ。そしてゴッダード迄の帰路が二日。


 合計八日もかかるクエストじゃねえか。

 それを前々日のそれも夜になってから言うのかよぅ。だから考え無しだって言われるんだ!

 明日は朝から買い出しと準備だから今日はトットと寝よう。アルビドのおっさんも今日はピエレットさんの酒場に行くのは禁止だぜ!


 ◆◇◇◇◇◇◇◇


「持ってく食料は四日分あれば良いだろうなあ。帰りは向こうの村で準備できるだろう。あとはポーションとボウガンの矢は少し多めに用意しておこう。それと酒だな」

「おっさん、酒はいらねえだろうが。母ちゃんも生ハムやフルーツは持ってかねえから返しておけよ」

「バカヤロー、気付け薬とかの代わりに蒸留酒はいるだろうが」

「良いじゃない少しくらい良いもの食ったって」


「買うのは干し肉とチーズとピクルスだ。食べ残して痛んだり無駄になるものは持ってかねえ。残れば帰りの食料に回すんだから。それから蒸留酒は俺が管理するからおっさんは持つな!」

「お前、口煩い所と細けえ所だけディエゴに似てるなあ」

「あの人だってここまで細かくはなかったよ。いつもいつも何書いてるんだよ、それ」

「工程表って言うんだ。こんなの常識だぜ。明日からはクエストなんだから酒は控えろよ」

「本当に小煩い所だけディエゴにそっくりだなあ」


 あれだけ言ったのにアルビドのおっさんは、酒場に行っていたようだ。朝、聖教会に集合して関所の鑑札を受け取りに行くとき酒の匂いがしていた。

 それになんでピエールの母ちゃんが居るんだ?

 鑑札札を持ってきたピエールに聞くと”お子様は知らなくていい”ってぬかしやがる。

 お前、俺と同い年じゃねえか。知った風なことを言いやがって、ふかしてんじゃねえよ。


 ◇◆◇◇◇◇◇◇


 街道筋は安全で荷駄や人の行き来も多い。州境の関所も特に問題なく越えた。馬車なら一日で着く旅程だけれどそんな金はねえから、街道を歩き続けてドミニク様の村に着いた。

 麦畑が続く街道の村々を過ぎて、見えてきたその村は大きく平和そうだった。

 聖教会に着くとドミニク様が出迎えてくれて、タンポポ茶って言うお茶を入れてくれた。


 以前飲んだ事のあるコーヒーのような、少し苦みの有る飲み物で砂糖まで入れてくれた。

 ここで孤児院の世話をしている女の子が作ったそうだ。どうやって作ったか知らねえけど、お嬢なら絶対にセイラカフェで出して金儲けにしてただろうなあ。


 村の真ん中にある聖教会は集会場や役場の機能も有る為、割りと大きな建物だ。孤児院も併設されて近隣の村々の孤児たちは皆ここに連れてこられる。

 ここでも孤児たちの仕事が卵の殻集めとチョーク工房でのチョークと黒板作りだそうだ。


 孤児院ではちょうど算術教室の最中だった。子供たちがみんなで掛け算の九九を大きな声で唱和しているのが聞こえた。

 俺達はこんな覚え方はしなかったなあ。ひたすら掛け算表を見て暗記していたっけ…。


 中では黒い服を着た少女が黒板に書かれた掛け算式を差し棒で示しながら子供たちに唱和させていた。

 俺達が扉の向こうから顔を覗かせると、ふとこちらを見て母ちゃんの顔を見つけると嬉しそうに顔をほころばせた。


「ジャクリーンさん! お久しぶりです」

 そう言って授業の手を止めて走り寄ってきた。

「ジャンヌ様もお元気そうで安心したよ」

 母ちゃんが答えた。

「紹介するよ、ジャンヌ様。こいつが私の息子のジャックって言うんだ。まだ駆け出しの冒険者さ。それからこのデカいのがアルビド。ヘッケルと一緒に組んでたパーティーの仲間だよ」


「ジャック様。ドミニク様からうかがっております。私の父とお婆様の仇を見つけていただいたと。人を憎悪してはいけないとは思えどもお婆様を手にかけた者たちをどうしても許せませんでした。あなたのお陰で犯人たちを司直の手にゆだねる事が出来ました。本当の、本当にありがとうございます」

 手を取って泣かれたけれど、言ってることが難しくて、良く判らねえ。けど喜んでくれてるなら良いや。それにこんな綺麗な娘に手を握られるなんて照れるじゃねえかよう。


「ジャック様はやめてくれよ。俺はそんな大層なもんじゃねえから」

「そうですよジャンヌ様。こいつなんて呼び捨てで十分なんだから。何ならバカ息子でも構わないよ」

 ジャンヌ様はコロコロと笑って言った。

「それならジャックさんとお呼びいたしますね」


「アルビド様もヘッケルさんと一緒に、私を助けるためにご尽力下さったとか。私の為にジャック様のお父上も命を落とされていたと聞いて、自身の持つ運命の罪深さに悲しくなってしまいます」

「弱気になっちゃあいけねえよ、ジャンヌ様。あんたがこれから先助ける命の為に私の旦那も礎になったんだ。前にも言っただろう、そう思うのならこれからあんたが助ける命で返しておくれよ」

「はい。それでは明日、州境の村々で流行性感冒が流行っているそうなので治療に参ります。道中の護衛を宜しくお願い致します」


 ◇◇◆◇◇◇◇◇


 翌朝はジャンヌ様は見習いの修道女と二人で馬車に乗って、馬丁と村で付けてくれた護衛のオヤジ、それに俺達三人が徒歩で周りを囲んで出発した。


 街道筋から離れるとやはり魔獣が出没する。

 ホーンラビットは狩る。ブラックウルフは数頭の群れだったので、少々厄介だったがどうにか追い払う事が出来た。

 まずまずは予定通りに順調に行けたと思ったが、目的の村の少し手前でワイルドボアに遭遇した。


 ワイルドボアは問題なく狩れたが、ワイルドボアに驚いた馬が暴れたので馬車の車軸が折れてしまった。

 馬丁と護衛のオヤジが、予備の車軸との付け替えを終えた頃には日も落ちかけていた。

 夜の移動は危険だ。道も見えないし、魔獣の動きも活発になる。仕方がないので野宿することになった。


 ジャンヌ様はわざわざ馬車から降りてきて食事の用意を手伝ってくれた。

 火を起こして湯を沸かす。炙ったライ麦パンに俺が持ってきたマヨネーズをたっぷりと塗って行く。

「ジャック! あんた私がハムや果物を買おうとしたら止めたくせに、なんでマヨネーズみたいな高価な物買ってんだよう。それも二壺も」

「母ちゃん、マヨネーズは長期クエストの必需品だぜ。それに兄貴分として街のチビ共の助けになってやらなくちゃあいけねえ」

「何言ってんだか、どうせおだてられて調子に乗って買ったんだろう」


 そんな口喧嘩をしているとジャンヌ様が驚いた顔で俺たちを見ている。

「…今、なんとおっしゃいました?」

「いえね、この口煩い息子が私には文句を言うくせに高価な食材を買ってたもんで」

「マヨネーズと仰いましたか?」

「ああ、ゴッダードの名物で旨いんだ。ただのライ麦パンが塗るだけで別もんだぜ。肉にも野菜にもよく合うんだ。たっぷり塗ってあるから食べてみてくれよ」

 俺はライ麦パンに干し肉とチーズとピクルスを乗せてジャンヌ様に渡した。


「こいつは去年までマヨネーズ売りの売り子をしてたんだ。ジャック、お前本当に口上は達者だなあ」

「アルビドのおっさん、そう言うけど本当にうまいだろう。修道女の姉ちゃんも馬丁の兄ちゃんも護衛のオヤジさんも食ってくれよ」


「美味しい…」

 ジャンヌ様は噛みしめるように無心に俺の作ったゴッダードブレッドを頬張って一言呟いた。

「そうだろう。俺の仲間が作ったんだぜ」

「ジャックさんのお友達が…、どういう方なのでしょう?」

「ああ、ダドリーって言ってゴッダードでは一番の料理屋の息子でよう。いろいろとマヨネーズでハバリーサラダとか旨いものを作るんだ」

「マヨネーズという名前も…」

「ああ、あいつがつけた。鶏肉やニシンの甘酢漬けも旨いぞ。タルタルソースをつけると更に旨い」


「それって、南蛮漬け…」

「そうそう、そんな名前だったかな。タルタルソースって言うのはマヨネーズに茹で卵を潰した物を混ぜて作るんだ」

「そのダドリーさんという方はゴッダードにおられるのでしょうか?」

 どうもマヨネーズの味がおきに召したようで、旨いものを食べたくなったんだろう。ジャンヌ様は身を乗り出すようにして聞いて来た。


「ダドリーなら料理の腕を認められて今は王都のロックフォール侯爵家の料理人だ。向こうのお嬢様に気に入られてるようで今も新しいレシピのお菓子を作ってるそうだ。ファナセイラって言って白パンに生クリームやフルーツを挟んで食べるんだ。ゴッダードでも大人気だぜ」


「それって、フルーツサンドじゃあ…。ファナ…セイラ。ロックフォール侯爵家のお嬢様…。ファナ・ロックフォールのお気に入り…?!」

「もしゴッダードに来ることが有ればダドリーのレシピはハバリー亭で食べられるし、セイラカフェでも出てるよ。がっかりしなくてもどちらで食べても旨いから」

「…ええ、そうですね。いつかいただきたいものですね」

そう言ってジャンヌ様は小さく笑った。

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