第51話 メリージャ大聖堂(1)
【1】
オスカーはドミンゴ司祭が帰ると、応接室にレイラとセイラを呼んで家族会議を始めた。
「ドミンゴ司祭の要求は、彼を通して事前に大司祭に付け届けをしろという事だな」
「ええその様ですわね。バトリー大司祭様は色々と見栄を張りたいお方のようですわね。聖職者ですから貴金属のアクセサリーや衣装にお金をかけられない、普段遣いの小物に意匠を凝らしていらっしゃるのではありませんか」
「それならアバカスかリバーシ盤でアピールしてみるか」
「父ちゃん、ハウザー王国では算術は下賤な物扱いのようだよ。以前ニワンゴ修道女がそういうことを言ってたから。リバーシ盤にしようよ。聖教会教室のアピールも併せて」
セイラは膝の上でオスカルを遊ばせながら答えた。
「大司祭様への面会は如何します? 話を聞く限りでは中々に気位の高そうなお方のようですから、ダンカンとグリンダではへそを曲げられそうですわ」
「そうだな。俺が行こう」
「なら、わたくしの方が適任ですわ。元貴族という事なら、対応の仕方もあしらい方も心得ておりますもの」
「それなら二人で行くか」
「それなら私も…」
「セイラは駄目ですよ」
「そうだ、セイラはオスカルの子守で留守番だ。向こうの聖教会にはできる限りお前の事は隠しておきたい。あちらの聖教会で何かあればさすがに手を出せねえ。様子が判るまでは国境を超えることは禁止だ」
オスカーはダンカンに連絡してメリージャ大司祭の代表紋とバトリー子爵家の家紋を調べさせた。
黒檀と象牙の併せ細工の駒の裏表に二つの紋を刻印する。ゲーム盤は色の違った香木で組木細工を施した上に、中央の四マスには貴石の板をはめ込んだ豪華なゲーム盤が出来た。
メリージャの聖教会にはオスカーとレイラが向かう事に成り、面会日の前々日に馬車でハウザーに向かった。朝早くにゴッダードを出た馬車は日暮れ前にはメリージャの城門をくぐる。
【2】
メリージャは古い大きな城郭都市であった。
中心の要塞城郭の周りに広がった都市部を更に城壁が囲い込み、その外に又広がった部分を又城壁が囲む三重城壁の都市となっている。
城壁の外周に向かうほど下層民の居住区になり都市の中枢部は全て第一城郭の内側に収まっていた。
ゴッダードよりも人口は多そうだが街並みは古く、下層民が多い為あまり裕福な街では無い様だ。
セイラカフェは第一城郭の正面大門の近く、中央大通りに面した一角にあった。周辺には大店も多く、貿易関係の店舗が集まっている。ヴォルフが愚痴っていたことの一端がこれなのだろう。事務所は貿易関係の商会に取り込まれているのだ。
ヴォルフ商会は第二城郭のすぐ内側付近に集まる職人街の近くに有る。
職人は第三城郭の内側に住むものが多い為どうしてもその近辺に工房が出来る。木工工房は材料の搬入搬出もあって外門に近い方が都合が良いのだ。
レイラはこの都市の構造を見て眉根にしわを寄せる。
「聖教会は第一城郭の中。そして救いたい子供たちは第三城郭に住んでいるのですね。これでは聖教会が教室を開いても誰も通えませんわ」
アドルフィーネとナデテが荷台の荷物を下ろすのを手伝いながらため息をついた。
荷馬車にはカフェの開店で使う什器や調理器具、そして店に展示する製品のサンプルもいくつか積んできたいた。
店の中ではリオニーの指示の下、見習いとして採用された三人の娘たちが荷物の梱包を解いている。
「うわー、綺麗!」
巻かれた麦わらを解いて出てきた陶器の皿を見て見習い店員たちから歓声が上がる。
安物ではないが、ゴッダードではありきたりの陶器皿である。しかしメリージャの下町では陶器皿自体をあまり目にすることが無いらしい。
庶民が使うのは木皿と木の椀で、大概は皿も使わずテーブルに直置きで食事をする。
「あなたがたのお名前は?」
レイラが名前を聞くと見習いの三人は緊張した声で返事を返す。
「マ…マリーです」
「アンヌでございす」
「シャルだよ」
「シャルロット! ご挨拶の仕方は教えましたよね!」
シャルロットはリオニーに頬を抓られて慌てて言い直す。
「シャ…シャルロットでごじゃーます」
「あなた達にも良い機会だから、ご紹介させていただきます。こちらは大奥様と大旦那様です。私たちの商会主であるセイラお嬢様のお母様とお父様ですよ」
リオニーが気合の入った紹介をする。
「リオニー、そんなに気負うと疲れてしまいますわよ。身内ばかりなのだから肩の力をお抜きなさい。それに大奥様はやめて。年を取ったみたいだから」
「はい、奥様。それでお嬢様はいらっしゃらないのですか?」
リオニーが少し寂しそうに言った。
「そうね、セイラの事を知らない人ばかりのこの街ではあの子では舐められてしまうし、子供相手と言って怒る方も居るでしょう。立ち上げ前の挨拶はわたくしたちが行います。当面セイラはこちらには来ないわ。だからあなた達はセイラの名代として頑張っていただきたいの」
リオニーは頬を紅潮させて直立の姿勢を取るとレイラに頭を下げた。
「お世話になってるセイラお嬢様の為に精一杯頑張ります」
「そんなに気負うなって。お前らなら普段通りにしていてもやれると思ったから、セイラも初めての支店立ち上げを任せたんだろうぜ。無理はしなくても良い。普段道理にやればきっとうまく行くさ」
アドルフィーネとナデテを連れて入ってきたオスカーがそう言う。
アドルフィーネとナデテとリオニーの三人はその言葉を聞いてさらに気負って答える。
「「「わたしたち絶対成功させて見せます」」」
「すまねえ。余計に気負わせたみたいだなあ」
オスカーはそう言って頭を掻いた。レイラもその横で楽しげに笑っていた。
シャルロット達三人は日が暮れる前に家に着ける様に、ライ麦パンに干し肉とチーズを挟んだファナセイラを持たせて帰らせた。
控室でメイド服を脱ぐと継接ぎだらけのボロボロの服に着替え、大事そうにライ麦パンを抱えて帰って行った。
「あの見習いたちはどこから来てるんだ?」
「はい、第三城郭だそうです」
オスカーの問いにグリンダが答える。
「今度来る時はもう少しましな服を見繕って持って来てやろう。ゴッダードの貧民街でももう少しましな服を着てるぞ」
「でもあまり綺麗な格好をしていると襲われる事が有るんですよ」
ダンカンの言葉に更にグリンダが続ける。
「それでも、ハウザー北部の国境沿いは良い方です。南部の様に農奴がおりませんから」
アドルフィーネが悲しげに言う。
「ラスカル王国では先々代の国王陛下が禁止令をお出しになったので名目上は廃止されましたからねえ」
「それでも北部や東部では守られていねえ。おまけに教導派は救貧院を作って、農奴の代わりの人間から命まで搾り取ってやがる」
レイラの言葉に続いてオスカーが忌々しげに吐き捨てる。
「先々代王様の偉業が気に入らないのでしょう、今の王様は」
「東部貴族とハスラー聖公国の言いなりじゃあねえか。先々代王がお隠れになったのもハッスル神聖国の今の教皇が何かやったんじゃねえのか」
「あなた、それは口にしては…」
「構うもんか、ここはハウザー王国だ。ハッスル神聖国の悪口なんぞ日常茶飯事だろう。今のラスカル国王様も後ろ楯の東部貴族とハスラー聖公国には逆らえねえようだし。本来王座を継ぐべき王太子様が臣籍降下させられて、王弟が王座に就くなんて。臣籍降下させられたゴルゴンゾーラ公爵家の無念も良く解らあ」
「それでも農奴制がまかり通るハウザー王国よりはずっとマシです。メリージャの貧民街の人たちは、殆んどが農奴から逃げてきた人たちです。今でも見つかれば領主や農園主に連れて行かれるのですから」
リオニーも悔しげに唇を噛んだ。
「こいつは、一筋縄では行かねえなあ。ゴッダードと同じやり方じゃあ聖教会教室は開けねえ。かと言ってドミンゴ司祭やハウザーの清貧派がどれだけ信用できるかもわからねえ」
「明日…、明日の大司祭へのご挨拶の折に色々と探れれば良いのですが…」
そうすべては明日の大司祭との面談から始まるのだと二人は覚悟を決めた。
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