第138話 街道守
【1】
関所ではほんの入れ違いで例の商人の馬車が通って行ったと告げられた。
関所を通ってから鐘四分の一も立っていないと告げられて、パブロは大急ぎで馬車を駆っている。
商人が向かったと教えられた西に向かう街道をひた走る。
一番近い村に入った時点で討伐隊が出ている事は、その商人の耳に入るだろう。
その場で引き返してくれれば捕らえられるが、馬車を捨てて逃げられると厄介だ。
領内に潜伏して悪事を働かれるのも御免被りたい。
馬車を飛ばして最初の村に到着した。
街道筋の村は通行人の監視所も兼ねており通り抜ける者の把握も行っている。
私たちは村の入り口で馬車を止めて街道守に先行した商人の馬車の行方を聞くと意外な答えが返ってきた。
荷馬車は通っていないと言うのだ。
途中で追い越した様子も無かったのだけれど?
「なあ、おっちゃん。それじゃあこの街道を村を抜けて西に向かったやつはいねえかなぁ?」
「少なくとも今日の日の出から今までの間じゃあ誰もいねえな」
「解せねえな。モルビエの関所で俺達より前に出た荷馬車がこの街道を西に向かったって聞いたんだけどな」
「そう言われても荷馬車はおろか人は誰も通っちゃいねえぜ。…もしかして例の盗賊にでも。いや盗賊団は捕まったってさっき連絡が入ったしなあ」
「お尋ねしたいのですが、この街道から別の街道に抜ける脇道などは御座いませんか?」
「それは無いなあ。この村を抜けない限りは他の街道へ抜けられねえ。人が普通に通れる道もけもの道以外には無いはずだぜ」
「それじゃああの商人の荷馬車は何処に行ってしまったのでしょう」
街道守の答えにリオニーも頭を抱えてしまっている。
「途中で盗賊の事を聞いて引き返したんじゃあねえのかい?」
「それなら俺たちが途中ですれ違うはずだろう。そんな馬車は見かけなかったぜ」
「それなら馬車を捨てて逃げたのかなあ」
「それなら馬はどうするの? 馬車を街道の森に捨てても馬の嘶きにリオニーが気付かないはずが無いもの。パブロ、あなただって見逃したりしないでしょ」
「ああ、よほど森の奥にでも連れてゆかなければ気付くと思う」
「そもそも盗賊の事をだれから聞いたというのよ。私たちは誰ともすれ違わなかったじゃあないの」
そう言ってわたしは自分の言った言葉い違和感を覚えてしまった。
そしてリオニーと顔を見合わせる。
「おじさん。盗賊が捕まったていう報告は誰から聞いたの?」
「鐘ひとつ前頃に警備の衛視が来て知らせてくれた。それからモルビエの関所に行くって馬で駆けて行った」
「緑の髪の中年の方ですね。ライオルの西関所でお会いした方でしょうね」
「その風体なら多分そうだと思う。モルビエ領沿いからライオル領側の関所に向かうと言っていたからな」
「おじさん、さっき途中で盗賊の事を聞いて引き返したんじゃないかって言ったわね。それはその衛視様の事じゃないわよね」
「ああ、その後に通った木こりの事だよ。残党がいるかも知れないからって言ったのに無視して行っちまいやがった。森の中は危険だって言うのによ」
「…その木こりってこの辺りにお住まいでいらっしゃる方なのですか?」
「お住まいって…メイドの姉ちゃん俺たちはそんな上等なもんじゃねえよ。その木こりも半月ほど前にフラッと表れたやつだ。デカい荷車に薪を乗せて村の向こうから来て州境の森で生木を積んで帰って行くんだ」
「そいつが今日も通ったのかい?」
「ああほぼ一日おきに通ってる。今日鐘半分くらい前に通って行ったぞ」
「おっさん、そいつこの街道のどこに行ってるのか聞いていねえか」
「おいガキ。お前失礼な野郎だな。そっちのメイドの姉ちゃんの半分でも上品に振舞えねえのか。そっちの獣人属の姉ちゃんならライトスミス商会でも通用すると思うぜ。でもガキてめえは無理だな。品がねえから」
「うるせー! それでその木こりのおっさんがどこに行ったか知ってるのかよ」
「聞いちゃあいねえが、木こりといやあ森の木こり小屋だろう。あっ」ちの森で木を切って生木を持って帰って乾燥させてるんだろうぜ」
「森の中では日が当たり難いから生木を持って帰るとしても、何故毎回薪を持って来るのかしら。木こり小屋で燃料にするにしても毎回荷車一台分持って来る必要は無いでしょう。空で来る方が楽なんだから」
「どこかに売りに…。そんな訳わねえな。言われれば怪しいがだから何なのか分からね」
「その積み荷仲間で全部薪だったのかしら? 中までは見ていないんでしょ」
「そうか、そうですよねセイラお嬢様。その薪の下は羊だったのですね」
「それじゃあ、そのおっさんの言ってた木こりって言う奴も盗賊の仲間だったんだ」
「そうかあの野郎! 盗賊の一味だったんだ。クッソ、そうと分かってればとっ捕まえたのによう。…だがよう木こり小屋に何しに行ってたんだろう?」
「そんなこと知らねえよ! それよりおっさん、木こり小屋の場所を教えてくれ!」
「パブロ、いけないわ。教えて頂くのですからその口ぶりはお止めなさい。多分木こり小屋に羊毛やら羊肉やらを隠しているのでしょう。それをリール州から来た商人の荷馬車が引き取って持ち出してたんですわ」
「このガキはともかく嬢ちゃん達は上品だし、頭良さそうだな。木こり小屋への道は、この街道を戻って少し行けば右手に馬車が通れるくらいの林道が有る。その奥だ。俺も村の若い奴らを集めて応援に行くから馬車を入れて道を塞いでおいてくれ。ぜってえ無茶はすんなよ。木こりは一人だったが商人が何人居るか知らねえが、最低でも大人二人だ。このバカガキ一人じゃあ嬢ちゃん達を守れねえ。くれぐれも俺たちがつくまで手出しは無用だからな」
街道守のおじさんは早速に村中に声を掛けて人を集めに行った。
私たちは一足早く馬車で木こり小屋に入る林道の口に馬車を乗り付けた。
林道の奥を見ると馬車の轍と蹄の後が森の奥に続いている。そしてそれより幅の狭い轍がもう一つ。
間違えなく商人の馬車も木こりの荷車もこの奥に向かて行き、まだ出て来ていない。
私たちは馬をハーネスから外して少し離れた木に繋いだ。馬車には全ての車輪の前後に輪留めを噛ませて、さらに石で固定した。
完全に道を塞いだので商人の荷馬車は出てこれないだろう。
「お嬢。俺様子を探りに行ってくる」
「ダメよパブロ! あのおじさんが応援に来るまでここを動いちゃダメ!」
「でもセイラお嬢様。追手が掛かっているのはもうバレてるのですから徒歩で逃げてしまうかもしれませんよ」
「そうだぜ、お嬢。俺が見張って後をつければ…」
「パブロ! いい加減にしなさいよ! 貴方ねぇ五年前の事忘れたの! ポールやウィキンズにあの時どれだけ心配かけたか覚えてないの! 私だってもうあんな話聞かされるのはコリゴリよ! 分かればここでじっとしておきなさい」
あのバルザック商会絡みの事件は箝口令が敷かれて関係者以外は知らない。
リオニーも事情は分からないもでも私の剣幕に驚いた様で口を噤んだ。
もちろんパブロは俯いて大人しく馬の世話を始めた。
「おーい! 嬢ちゃん達。みんなを連れて来たぜ」
街道守のおじさんの後ろに屈強な村人たちが七人も並んでいる。
手に手に天秤棒や棍棒を持って、中には鉈や大鎌を持っている者もいる。
「シッ! 静かに! この道からは誰も出てきてないわ」
八人の村人はニヤリと笑うと息を殺して林道を進んで行った。
私は成功を願いつつ、森の中に入って行く彼らを見送った。
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