第137話 盗賊
【1】
「そうね。私もそう思います。自警団程度の討伐隊では場合によってけが人や死人も出る可能性が有るわ。領地外に逃げている可能性もあるけれど大急ぎでリール州との州境を封鎖する事をお勧めたします」
「ああ、すぐに衛士を走らせよう。領地の境は全て封鎖して…」
カマンベール男爵の発言をリオニーが遮った。
「それでは警備が手薄になって逃がす可能性が増えますわ。先ずはリール州との境に集中して検閲すべきだと思います」
「私もそう思うわ。そろそろ雪が積もり始めているので北に逃げるなら今を逃すとチャンスが無くなるもの。雪で関所が閉まるまでの半月余りが勝負所でしょう」
「しかしそれでは反対の領地境を越されてしまうではないか」
異を唱えるルーク様に対して私が助け船を出す。
「そこは州内の各領地のネットワークを頼りましょう。隣接する領地のアバロン州内の領主様方にお願いして検問を強化していただいて、領内の不審な荷馬車の取り締まりを依頼いたしましょう」
「ヨシわかった! アヴァロン州内で隣接する四領地の領主様たちに早馬を仕立てて書状を送る事にしよう。俺はすぐに準備してくる」
「パブロ! あなたも早馬を仕立ててクオーネの冒険者ギルドの依頼内容を盗賊討伐に変更して直ぐに出発して貰うように手紙を出してちょうだい。それにライトスミス商会を通して情報の詳細をゴルゴンゾーラ家連絡して貰うようにナデテに一報をお願いするわ」
「それならお嬢。早舟にしないか。念の為馬も仕立てるけど下りなら船の方が早いかもしんねえ」
「良いところに気付いたわね。ルーク様の使いも何人か同じ船に乗せて速さを競って貰いましょう」
パブロは首肯すると文書類の入ったカバンを下げてルーク様の後を追った。
「それではリオニー議論を続けましょう」
「この後更に何を話し合うと言うのだね?」
男爵とメリル様が驚いた顔で私に問いかける。
「犯人の捜索や黒幕の推測…そのほか諸々御座います。男爵様」
リオニーが私に代わって答える。
「犯人の捜索という事は何処に居るか見当がつくのですか? 盗まれた羊を取り返せるのですか?」
被害に有った村の代表たちが色めき立った。
「多分羊は生きてはいないと思います。十五頭も生かしたまま保管するのは難しいでしょうから」
リオニーの回答で村人たちの間に落胆が広がる。大切に育てていた羊たちなのだから情も移るのだろう。特に七頭盗まれた村の村長の落胆は大きい。
「でも肉や羊毛は上手くすれば取り返せるかもしれないわ。多分盗賊たちは盗んだ羊を解体している最中だと思うの。羊の死骸を丸ごと持ち出せば検問で言い逃れも出来ないから」
「それではまだ領内に居るという事なのか」
「確実ではありませんがその可能性は高いのではと思うわ。羊肉を売るにしても血抜きもせず寝かしてもいない羊肉を買い付けるようなものは居ませんから。きっと領内のどこかで食肉処理をしてる最中だと思うのよ」
「そうだな。…そうだ、そうに違いない。なら領内の廃屋をしらみつぶしに…、いや食肉処理をするなら水が無いと無理だ。水場が有って人目に付かず‥‥」
「それに最後の村から六頭連れて行っているからそこまで遠くには行かないのでは?」
「北辺の村を最後に選んだのはやはりリール州に逃げる心算か…」
「リール州というかライオル伯爵領だな」
カマンベール男爵が吐き捨てるように言った。
【2】
各村々の男たちに通達が出され、周辺の廃屋や狩り小屋などの探索指示が出された。
周辺に見慣れない者たちの出入りが無いか、汚水が多量に流出しているか、とかを探らせている。
特に北辺の沼沢地周辺では各村からの派遣者を駆使して、徹底的にチェックをかけた。
そして異変が認められれば直ちに引き上げて領主館に報告させて、周辺の村々は自営を固めるように指示を出している。
功を焦った若者の被害を食い止めるためだ。
冒険者ギルドから雇った討伐隊は領主館に到着している。
やはり船便が功を制して討伐隊は使いを出した翌朝にはクオーネを出発していた。
三チーム、八人の冒険者たちが報告の有った場所を手分けして調査に入った。
報告の有った五か所の内、南・西の三か所は一時的に隠れ家に使われた跡が有ったが盗賊どもは去った後だった。
想定内の結果だった。
後は北部州境の二か所。本命は沼沢地にある狩り小屋だ。
この冬の時期は周辺に近づくものも居ない上、寝泊まりが出来て獲物の解体が出来る設備も整っている。
後の一か所は放棄された開拓村の後で朽ちかけた三件の廃屋が残っている。
念の為二チームが狩り小屋、一チームが開拓村に向かった。
私たちも手伝いで…って言っても討伐班では無く州境の見回りだけれどね。
州境の森や山岳部を巡回してる衛士隊と一緒に関所を回って聞き込みをしている最中に討伐隊よりの報告が入った。
盗賊は二手に分かれて潜伏していたようで、狩り小屋に四人、廃村に五人の盗賊団が居た。
狩り小屋の四人が狩猟・解体班で廃村は荷物の運搬役だったらしいが、廃村の討伐隊には負傷者が出たとの事だ。
それでも潜伏していた盗賊団は全員捕縛されて領主館に連行された。
私としてはそもそも敵の人数が全て把握できていないのが不安ではある。
連絡係に逃げ延びた盗賊が居る可能性を指摘して警戒は続けて貰うように依頼をした。
衛士隊にも逃げてくる可能性が高いライオル領行きの三か所の関所に急行して貰った。
「二人はどう思う?」
一緒に来ているパブロとリオニーに問いかける。
「十五頭分の羊をどうやって運ぶつもりだったんでしょう。馬車が見つかったとは報告されてませんし。全員で背負って移動するには無理が有ります」
「狩り小屋から廃村までは人が背負って運んでいたらしいぜ。それなら州境もそうやって往復するつもりだったんじゃあないかなぁ」
「いえ、リオニーの言う通り無理があるわ。羊を抱えて州境の山岳地帯や森林を通るのは危険だし体力的にも難しいわ」
「それじゃあどこかに荷馬車を隠しているって事かなあ」
「事件が始まって半月近く経ってる。その割に調査が入るまで奴らが潜伏していたことが知られてねえ。羊だけを食って巧妙に息を潜めてたんだろうが、それにしては痕跡を隠すのが雑過ぎる」
「それはおかしいですわ。十頭分の羊肉しか見つかっていせんが、狩り小屋以外で羊の解体の痕跡は見つかっていませんもの。最後の七頭の事件が起こるまで奴ら何を食べてたのしょう?」
「それじゃあ何か食料を持ち込んでいたのかしら。…でも本職の冒険者でも長期クエストなら現地調達だし、九人も居て半月となると大量の食糧がいるわね」
「まあ干し肉やウサギなんかを狩ってる可能性も有るから何とも言えねえ」
「あっ! リオニーこの半月の間の関所の通行記録の写しが有ったわね。見せてちょうだい」
私は差し出されて通行記録をめくって行く。
「これよ! 有ったわ! リール州のモルビエ領の関所よ。今すぐに向かうわ」
「お嬢、一体どう言う事だよ」
「行きながら説明するからパブロはすぐに馬車を出して」
待機していた関所に伝言と応援依頼を頼んで、私たちは先行して馬車を走らせた。
「モルビエ領の関所にこの半月で四回商人の荷馬車が来ているのよ。食料品や日用品を積んで来て、羊毛と羊肉を積んで帰ってる。運んだ羊も五頭分。こいつだよ、絶対」
「そう言われれば絶対そうだと思うぜ。でもお嬢、そいつは領外に出ちまってるんだろう。どうするんだよ」
「パブロ、もしその商人が来たら捕まえて尋問できるではないかしら」
「いえ、それはしないわ。考えている事が有るの。だから関所に急いでちょうだい」
「なにか分からないが、お嬢に考えが有るなら任せるよ。それじゃあ飛ばすぜ」
しかし馬車が関所に到着したのは、一足遅かった。
ついさっきその商人の馬車が関所を抜けたところだと伝えられたのだ。
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