第136話 狼
【1】
大型織機の設置は順調に進んだ。
稼働テストも済んで第一号の毛織物は思った以上に良い物が出来た。
秘密兵器のフライングシャトルも問題なく作動し試運転は大成功であった。
それに合わせてカード機も紡績機も稼働を始めて羊毛の紡績が始まっている。
カマンベール男爵領内で買い上げた羊毛はほぼ紡ぎ終わった。今は倉庫に全ての紡糸が保管されて大型織機の本稼働を待つばかりになっている。
そう言えば半月ほど前に例のオーブラック商会が買い付けにやって来たらしい。
領主館の村に来て買い付け品が無い事に憤り散々に悪態をついていたらしいが、塩や貝灰などを売って、”二度と来ない”と捨て台詞を吐いて空荷で帰って行ったそうだ。
貝灰はゴッダードでも北部の海浜部から購入している。
そのルートにカマンベール領も加えれば済むことだし、塩もその他の北部からの購入品も一端カマンベール領に集積して船便を使えばライトスミス商会にとってもメリットが大きい。
今後ライトスミス商会関連の買い付けルートは北部から東部を経由する陸路から、直接北部からカマンベール領を抜けてブリー州に至る河船ルートに変えてゆこう。
カマンベール男爵は良く理解していないようだが、今後この領地の重要性はハウザーとの通商が活発になるほど重要になってくる。
分水嶺の麓は沼沢地で森が無いと男爵は嘆いていたが、泥炭が取れるので燃料には不自由しない。
それに山は石灰岩質で硬水だが醸造には適している。
今後の調査結果によるが石灰が採取できれば貝灰の代わりに販売できる品目も増える。
なにより大麦、
いやあ、夢が広がるなあ。十年後が楽しみだ。
そう言う訳で月に一回のペースでゴッダードからカマンベール領まで船が行く。
私はそれに乗って月一のペースで川沿いの各地を回っていた。
まだまだカマンベール領だけでは帰りの船は一杯にならないので、各地で特産品の買い付けを進めながら一週間から十日程度掛けて往復する。
【2】
その知らせが届いたのは登船でアヴァロン州に荷下ろしをしている時だった。
クオーネとカマンベール領を管理しているリオニーから手紙が来たのだ。リオニーは私あてに手紙を託してすぐにカマンベール領に発ったそうだ。
カマンベール領で狼の群れが出て羊に被害が出ているという。
アヴァロン州での買い付けはクオーネの商会支社に任せてパブロを連れて馬車でカマンベール男爵家に向かった。
クオーネの商会支社には詳細が分かり次第討伐隊を派遣できるように冒険者ギルドに依頼を入れておいてもらった。
カマンベール領に入ると北部の州境にかかる地域で被害が出ていると言う噂が耳に入ってきた。
未だ人に被害が出たという話は聞いていないが、牧羊が主体の農民にとってはいつ村にまで狼が下りて来るか判らず不安が広がっているという。
馬車が領主館に着くとドロレスさんが迎えに出て来てくれた。
「セイラお嬢様、早馬の連絡を聞いてお待ちしておりました。お疲れでしょう。中でお寛ぎ下さい」
ああこういう対応は新鮮だ。
ライトスミス商会の従業員やメイド達は、出迎えに出て来るが、馬車を降りると労いの言葉より先に報告の言葉が先行する。
まあ私の教育の結果なので致し方ないのだけれど。
「いえ、休憩は結構です。事情の説明が出来る方と早急にお話がしたいので宜しくお願い致します」
結局、私がいつもこういう対応を取るので従業員たちが、あんな対応になるのだろうなぁ。
「わかりました。それではあちらの広間にお入りください。わたくしはお茶をご用意致しますのでそちらでお待ちください」
「リオニーさん。お給仕は良いからこちらにお座りなさい。貴女の意見が聞きたいのだから」
メリル夫人の声がしている。
私が扉を開けて中に入ると一斉にみんなの視線がこちらを向いた。
「セイラお嬢様。お出迎えもせず失礼いたしました」
リオニーが慌てて頭を下げて駆け寄ってくるのを、手で制して私は言った。
「メリル様の仰る通り貴女は議論に専念してちょうだい。ドロレスさんもそれが解っていらっしゃるからあなたに告げずにいたのだと思うわ」
そのまま広間にを見渡すと、カマンベール男爵とルーク様とメリル様のご夫妻、そして各村の村長や代表者が集まっていた。
そして部屋の壁には大きな黒板が置かれている。これはライトスミス商会の会議室での定番だ。
「セイラ様。北の村で狼が出たのです」
「山の麓で羊の死骸が見つかったという話で…」
「この辺りにも出没しているという噂でして…」
私がソファーに座ると村長たちが口々に状況を訴えだした。
「リオニー、悪いのだけれど話の内容を時系列でまとめてくれないかしら」
「セイラ殿が見えられたので、ちょっと状況を整理してみよう。リオニー殿すまんがまとめの司会を頼まれてくれ」
ルーク様が私の要望を受けてリオニーに司会を促す。
リオニーは頭を下げてからおもむろに説明を始めた。
四日前、初めて狼が出たと領主館に報告が来た。
その前日の夕方に北辺の村で食い殺された羊の死骸が一体見つかったからだ。
領主館では知らせが入った当日に、衛士を中心とした調査隊を招集された。
三日前の早朝から調査に向かわせた。
二日前の夕刻に領主館に戻った調査隊の報告を受けて各村に通達を出し村長たちを招集。
一日前、すなわち昨日には各村の代表が領主館に集まって対策の検討を始めて、今日にいたる訳だ。
続いて調査隊の調査結果も報告された。
死骸が発見される二日前、今日から遡って七日前に羊が行方不明ん有っていた。
厳密には七日前の夜半から六日前の早朝の間に牧羊場の柵が壊され七頭の羊が行方不明になっていた。
牧羊場には羊が走り回った後が残り、柵は内側から外側に突き壊されていた。
月の無い夜の出来事で、夜中に音を聞いたと言う者も居たが外に出たわけでも無く、ましてや時間など知るすべも無い。
当初村人たちは羊の脱柵と判断して、翌朝から周辺の探索を始めたが行方は
次の日は捜索範囲を広げて湿地帯の周辺まで捜索範囲を広げたところ、食い散らかされた羊の死骸が一体見つかったのだ。
周辺にはイヌ科の獣の足跡が沢山あった事から狼が出たと判断して領主館に使いを走らせた。
調査隊が死骸を調べた限りでもその食い跡は複数のイヌ科の獣で間違いないとの事だ。
そうして昨日招集した各村の代表者からの報告でさらに異変が分かった。
脱柵事件が起こる一週間ほど前から、あちこちの村で羊の行方不明事件が発生していた。
どの村でも一頭だけの被害であったがその被害が広範囲で広がっており、領内全体では脱柵事件以外でも九頭の被害が出ていた。
全ての被害を併せると十六頭の被害である。領としても看過できない。
脱柵事件以降は被害が収束している様で新たな被害は出ていないそうだが、昨日から牧羊をしている各村では不寝番を立てて警戒に当たっているそうだ。
明日にでも狼の討伐隊を仕立てて出発しようと言う話になりかけて異を唱えたのがリオニーであったらしい。
残りの十五頭の羊はどこに行ったのか?
その一言で議論が止まってしまったと言う事だ。
食われた死骸は一頭だけ。
狼が原因なら被害にあった村々の周辺でも死骸が見つかるはずである。
それに、被害に遭った羊が大人になった大きな羊ばかりと言うのも腑に落ちない。
狼が食らうのなら親よりも子羊の方が捕まえやすく加えて移動しやすい。
昨年あたりから羊が増えだして今年も子羊は沢山居るのに、牡羊迄取って行く事が有るだろうか?
「リオニー、それであなたの結論は?」
「はい、セイラお嬢様。羊泥棒、それも質の悪い盗賊団ではないかと」
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