第139話 残党

【1】

「重ねて言うけれど、二人とも離れないで頂戴ね。盗賊の討伐は私たちの仕事じゃあないんだから」

 二人には重ねて釘をさす。

「でもよう。逃げてきた悪党の足止めなら有りだろう」

 リオニーもそれは当然という表情で頷いている。


「素手ならかまわないけれど、盗賊が獲物を持っていれば却下! 冒険者ギルドの討伐隊員にも負傷者が出てるんだから舐めちゃいけないわよ」

「セイラお嬢様。それならばせめて馬車を横向けにして完全に道を塞いではどうでしょうか」

 リオニーの提案を受けて三人で馬車の向きを九十度移動して完全に道を塞ぐ。


「これで馬で走ってきても抜けられませんね」

「ええ、これならばかなりの足止めになるわ」

 そんな事をやっていると森の奥から叫び声が響いてきた。


「来た様ね。馬車の反対側に隠れてやり過ごすわよ」

 リオニーは臨戦態勢で私の前に出て馬車の陰から様子を窺う。

 パブロも不服そうだが、馬車の反対の陰から顔を覗かせていた。


「そっちに行ったぞ! 嬢ちゃん達隠れてろ!」

 村人の怒鳴り声が響いた。

 林道の奥から木々の合間を抜けて男たちが出てきた。

 刀や短剣で武装しているのが盗賊だろう。三人の男がそれぞれファルシオン・ダガー・手斧を振り回しながら村人たちを威嚇しているが、多勢に無勢で防戦一方だ。


 手斧を持った男が馬の轡に結ばれた手綱を引きながら逃げている。

 追手の村人たちが盗賊たちに迫る。

 手斧の男は振り回していた斧を追いかけてくる村人の向かて投げつけた。村人は間一髪で手斧を交わして地面に倒れ込んだ。

 手斧はさらに飛び少し離れた木の幹に突き刺さる。

 周辺に居た村人も二人、飛んできた手斧にひるんだ様で斜面に足を取られてバランスを崩した。


 そのわずかなスキに手斧の男は引いていた馬の背に飛び乗ってこちらに馬の頭を向けた。

 他の二人も村人を振り払ってその馬に続こうとするが押し寄せた村人が掴みかかった。二人の盗賊と八人の村人が入り乱れて争っている中を、手斧の男は馬で踏み込んで行く。

 森の中なので馬も勝手が悪く上手く逃げられないようだ。そしてどうにか林道に降りて着て来てこちら迄走り抜けて横付けにされた荷馬車の前で並足で抜け道を探り始めた。


 その馬の前足目がけてパブロのローマ秤と分銅が叩き込まれた。

 馬が驚いて後ろ足立ちになり馬上の盗賊は投げ出された。

「パブロ! バカ! 馬に蹴られる!」

 私の叫び声が森に響く。


 馬はどうにか向きを変えて森の奥に向かい走って行く。

 二人の盗賊もファルシオンやダガーを叩き落されて、村人たちと取っ組み合いを始めている。

「お嬢! こいつは素手だ。良いだろう」

「仕方ないねえ。分かったよ」

 私とリオニーもパブロに続いて躍り出る。

 盗賊の男は急に現れて私たちに一寸ギョッとした表情を見せるが、直ぐに立ち上がり馬車の反対をくぐって街道に転がり出た。


「そいつがリーダーのようだ! そいつを捕まえてくれ」

 村人の声がする。

「セイラお嬢様如何致します?」

「仕方ない。行くよ」

「そう来なくちゃあ」

 私たち三人も街道筋に駆け出して逃げた盗賊の後を追いかけた。


【2】

「待て! 観念しな!」

 しばらく走った先で、パブロの投げた分銅が盗賊の右肩を打った。

「すべて話して貰います。大人しくなさい」

「ハァハァ…ゼェゼェ。本当に大人しくなさい。ゼェゼェ…」

 ここ最近運動不足だったようだ。

 商売に追われて体を動かすことが減ったせいだろうか息が上がってしまった。


 盗賊は街道際の巨木を背にして身構えている。

「ハァハァ…二人とも油断しないで。何か武器を持っているかもしれないわ」

 私たちは逃げられぬ様に三方からゆっくりと迫って行く。

 正面には私、右からリオニー、左はパブロだ。

 正面突破されれば私が組手で奴を抑え、両翼からリオニーとパブロが突進する。右に逃げればリオニーのナイフが飛ぶ、左ならばパブロのローマ秤が薙ぎ払う。

 どの方向に向かってきても盤石な構えなのだ。


「ガキども! そこをどきやがれ!」

 奴は私が一番御し易いと判断したのだろう。まあ一人ゼェーハァー言ってるのだから当然と言えば当然だ。

 掴みかかってきた男の袖と襟を掴んで大外刈りを決める。

 綺麗にひっくり返った盗賊の男を抑え込もうとした私を、奴は跳ね除けてはいずりながら逃げ出そうとする。

 リオニーとパブロが背中にのしかかり、パブロが男の首に腕を回して締め付けようと力を入れた。


「リオニー! そいつ何か持ってるわよ」

 盗賊の男は胸に吊るしていた何かを右手で握りしめると口元に持ってきた。

 その右手を抑えようとリオニーが動くが、一瞬早く男がそれを口に咥える。

 リオニーが右手を抑えたが男はそれを口に咥えたままだ。

 パブロがそれを叩き落し右手で掴んで持ち上げた。

「お嬢! 大丈夫だよ。これは笛だ。音がしてねえから吹いてねえ」


「気を付けて。毒は仕込まれてない? 吹き針とか入っていないかしら」

 私は気になってパブロに尋ねる。

「いや、ただの笛だな」

 パブロは盗賊を絞め落としながら言った。

「いったいなのの笛なんでしょう? 何のために笛なんて…この近辺今だ仲間がいるのかもしれません! 逃げろの合図か、救援の合図か…」


「その笛、本当に吹いて無いのかしら?」

「ああ音が聞こえなかったから吹いていないだろう」

「もしかして、吹いたけれど音が出なかっただけじゃあないの」

「そうかも知れないけど、同じ事だろう?」


「パブロ! 周辺に気を付けて!」

 私が叫んだのでパブロは慌ててローマ秤を握り直して立ち上がった。

 それと同時に黒い影が森の中から飛び出してきてパブロに襲いかかる。

 パブロがローマ秤で薙ぎ払うが、一瞬でそれを交わした黒い影は音も無く地面に着地した。


『グルルルル』

 呻き声をあげてこちらを睨む黒い塊。

 子牛ほどの大きさが有る黒い犬だった。

 リオニーが黒犬目がけてナイフを投げつけるが、あっさりと避けられてしまう。

「何なんだこれはよー!」

「多分猟犬ね。この男が先程の笛で呼んだよ」

 私はリオニーの足の下で意識を刈り取られている男を見下ろしながら答える。


「でも音が出てなかった‥‥」

「犬笛と言ってね。犬にしか聞こえない音を出す不思議な笛が有るんだよ。こいつは犬使いだったんだよ」


 迂闊だった。

 すっかり忘れてしまっていたんだ。事件が発覚した時の事を。

 イヌ科の獣らしきものに喰われた跡の有る羊の死骸が発見されたことが、発端だったじゃないの。

 湿地の周りにもイヌ科の獣らしき足跡がついていたって言ってたじゃない。

 盗賊団の犯行が確定して、その羊の死骸についての報告は忘れたままだったんだ。


 私は羽織っていたフランネルのチェニックを脱いで左腕にグルグルと巻き付けた。

 右手にはさっき拾った木の枝を握り犬を威嚇する。

 犬に向かって振り回す私の左腕目がけて飛び掛かって来た。

「セイラお嬢様ーーーー!」


 犬は私の左腕に食らいついてのしかかって来る。

 私は木の枝を捨てて、左腕のフランネルの上から噛みついてきた犬の首輪を右手でしっかりと引っ張った。

 その脇腹目がけてリオニーが両手に持ったナイフを突き立てる。

 小さなナイフなので致命傷にはならないがしっかりと脇腹に突き刺さった。


 犬は鳴き声を上げようとするが口に私の腕が押し込まれ首をを引かれているので口を離す事が出来ない。

 その首元目がけてパブロのローマ秤の鉤口が容赦なく突き刺さる。

『キャイーーン』

 犬が口を振りほどいて甲高い悲鳴のような鳴き声を上げる。

 私が首輪から手を離すと、犬はジタバタと鉤口から逃れようと足搔くが、パブロは首に鉤口が突き刺さったままの犬を振り回してローマ秤ごと横の大木に叩き付けた。

『キャン』

 短い鳴き声と共に犬はその木の下に崩れ落ちてピクピクと痙攣を始めた。


 そのタイミングで荒縄で縛られた二人の男を引っ張りながら村人達がやって来るのが見える。

 この男を村人に引き渡して、衛士に連絡を入れて貰えるように村に依頼する。

 あとは村と衛士に任せてこれでお役御免だね。

 詳しい事は取り調べで分かるだろう。しかしもうこんな大事件はコリゴリだ。私は深くため息をついた。

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