第140話 真相

【1】

 私たちは盗賊を引き渡して帰りの馬車の中に居た。

「セイラお嬢様!(怒)」

「待って! リオニー違うのよ」

「違いません! 私たちに危険な事はするなと仰っておいて何故? 自分から犬に噛みつかれに出て行くなんてもっての外です!」

「ハー…。もう止めときなよリオニー。なあお嬢、領主館に戻ったらグレッグさんに報告するからな」

「待って! パブロも落ち着いて。グレッグ兄さんだけには…」

「久しぶりにグレッグさんに殴られればいいんだよ。お嬢は」

 あーあ、失敗だった。

 グレッグ兄さんがまだカマンベール領に留まっているのをすっかり失念してた。

 最近は偉そうにしてる私に対して鉄拳制裁を行える数少ない天敵の一人だ。

 後の天敵は父ちゃんとメイドのアンだ。


「でもあんな笛が有るんですねえ」

「犬笛って言うんだって。私も見たのは初めて。話に聞いた事が有るだけよ」

「でも何で音も鳴らねえのに犬が来るんだ」

「鳴らないんじゃなくて、人間は聞こえないけれど犬には聞こえる音が有るそうよ。あの笛は犬にだけ聞こえる音を出す笛なのよ」

「その笛で猟犬を操って狼の仕業に見せようとしていたのですね」

「雑な仕掛けだけれど村人たちは騙されかけたものね」


 盗賊団の目的はもちろんカマンベール領の羊を奪う事。

 領内全域で残党狩りの為の警戒は続けているが、羊目的の盗賊団にしては人数が多すぎる。捕らえた犯人たち以外の残党が要るのかどうかすら判らない。

 狼の被害に見せかけて村から放牧中の羊を盗み解体して売る。

 ご丁寧に狼の毛皮まで持ち込んで、猟犬に狼の毛皮を被せて出没させていた様だが、生憎と犬は遠吠えをしないので村人が気付くことが無かった。

 最後の村では猟犬におびえた羊が大量に脱柵したのでまとめて捕まえて、一頭分の死骸を猟犬使いに運ばせて食わせたと言う事だ。

 推測の範囲ではあるが事件の大筋はこんな事だろとリオニーとパブロに馬車の中で説明する。


 領主館に帰り着くと状況報告の為にカマンベール男爵とルーク様に関係者を集めて貰った。衛士長と関所の管理官そして執事のエンキーさん領主館の村の村長にも来てもらっている。

 パブロには領主館の村に新設したライトスミス商会の支店から商会員を全て集めて貰った。他領からの情報はうちの商会員の方が多くの事を知っている可能性が有るからだ。


 リオニーが淹れてお茶を飲みつつ先に集まっている人達に今日の状況の説明を始める。

 ちょうどそこに扉が開いてうちの商会の面々も入ってきた。

「丁度良かったわ。今から説明を始めようと思っていたところ『ゴチッ』…☆☆☆! イテー!」

 いきなりグレッグ兄さんのゲンコツが炸裂した。

「お嬢! そこに座れ! 何度も何度も何度も…! あぶねえことは絶対するなって何度いやあ判るんだ! 六年前から全然変わっちゃいねえじゃないか」

「これには訳が有るんだよー!」

「パブロに聞いた限りじゃあそんな言い訳は通じねえ。リオニーはどうなんだ。お嬢の言い訳は筋が通っているのか?」

「今回ばかりは私もパブロと同じ意見です」

「リオニ~…(´;ω;`)」

 それから十五分余りの間、グレッグ兄さんから過去の行状も含めて滾々と説教が続いた。それもカマンベール領の関係者が見ている前で。


 これもみんなパブロの告げ口のせいだ…。パブロ許すまじ。横目でパブロを睨む。

「ひで~! みんなお嬢の自業自得じゃねえか。とんだ逆恨みだよ~」

「セイラお嬢様! 全然反省していないじゃないですか」

 私は何も言ってないのにパブロもリオニーもなんで分かるの~


【2】

 男爵様たちには少々呆れられたが、今日の事件の報告は終わった。

 狼に見せかけようとしたトリックも説明し終わった。狼の噂が広がれば領内の他の場所にも移動してさらに犯行を重ねるつもりだったのだ。

 しかし直ぐに私たちが盗賊団の犯行を前提に捜査を始めたため、狼のトリックは不発に終わった。

 足跡や狼の毛、そして目撃談を広げる為の扮装も私たちが一切考量しなかった為だ。


 村々で盗賊の被害の噂が上がったので仕事を切り上げるべく数日前から商人の荷馬車で交易に見せかけて羊毛や解体した羊肉を持ち出し始めていた。

 まさかこうも迅速にアジトがバレて尚且つ冒険者ギルドから応援が駆け付けるとは考えたいなかったようで、後三日遅ければ全員逃げられていただろう。

 全ては盗賊団にとって想定外だったようだが、私たちも間一髪のタイミングだった。


 黒幕や交易に関わった商人に関しては未だ犯人たちが口を割っていない。

 商人の出入りしていたのは予想通りリール州側のモルビエ領だ。ほぼ北部商人に繋がっている事は間違いはないと思う。

 盗賊団が何処から来たかは不明だ。関所の管理官によると関所とは言っても不審者のチェック程度で通過者の身分確認を行っているわけではない。

 不測の事態に備えた犯罪者などのチェックと荷馬車の出入りチェックのような業務だけだ。

 通商行為を伴う場合は徴税の目的もあるが、通過だけなら荷馬車の通行ならともかく個人の通行程度は記録に残っていない。余程記憶に残るようなことが無ければ通行した人の足取りを追うのは難しい。


 ただ盗賊団の中に領民と思しき人物は見つかっていない。すべて他領の民のようだ。

 その割に領民に見つからずに廃屋や狩り小屋、木こり小屋などを的確に把握していると言う事はその情報をどこかから仕入れていたのだろう。

 領内に内通者が居るのか、領外から時間をかけて調査に入られていたのか。


 地図を出して今回盗賊団がアジトにしていた場所に印をつけて行く。

「北部から東部へ抜けて北部に帰る街道筋に集中しておりますね。やはり北部から来た盗賊団なのでしょうか」

「ちょっと待ってリオニー。この道筋前に見た記憶が有るのだけど」

「そう言えば俺も、どこだったかなぁ…。ああそうだ! オーブラック商会だ! あそこの交易ルートと重なる」

「そうね。それも有ると思うのだけれど…」

 パブロの推測は間違っていないだろう。でもそれだけでは無い様な、何かほかでも見た様な…。


「多分オーブラック商会が買い付けで回っていた時に近隣の調査をしていたのだろうよ。奴らが回った村が全部で十二。盗賊団がアジトにしていた廃屋や狩り小屋はその内の六つの村と重なっている」

 ルーク氏の言葉を受けてエンキーさんがさらに説明を付け加える。

「ご覧ください。二年前から作付けの改革を始めて放牧と畑作を村ごとで集約させておるのですが、初めの四か所は放牧から畑作に転向を進めた村で御座います。その結果で御座いましょうか、被害が少のう御座います。二回目の村と最後の村は反対に牧羊に軸足を置いた村で四頭と七頭の被害が出ております」

「要するに盗賊団は村々の現在の状況は把握できていなかったと言う事?」

「左様で御座いましょう。初めから村の状況が分かっておればもっと効率的に狩られておりましたでしょう」

「それならばやはりオーブラック商会が怪しいわですわね。でも何故ここ迄するんでしょう。商会員の立場で申し上げますと犯罪に手を染めてまで羊を集めるメリットが見えません。オーブラック商会は北部では中堅の商会で御座います。悪い噂でも上がれば他の商売にも影響が出てしまいます」

「そうなのよねえ。オーブラック商会が関わっていないとは言わないけれど、私も釈然としないのよ」

 盗賊どもは多分口を割らないだろう。

 真相を話そうが話すまいが監獄送りは免れない。この国の法律によれば、それによって罪状の酌量がある訳では無いのだ。

 真相は藪の中に入ってしまうのだろうか。

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