第12話 清貧派女子集会(1)
【1】
「ヨアンナ様、誠に差し出がましいお願いなのですが…。妹を、アドルファをド・ヌール夫人の下に付けていただけないでしょうか」
エヴェレット王女殿下の部屋の準備が整い、ヨアンナの部屋に私とヨアンナ二人になった時に、アドルフィーネが唐突にヨアンナに願い出た。
「どういうことなのかしら?」
「やはり知識として知っている私どもと、実際に経験しておられるド・ヌール夫人とでは宮廷作法に対する力量が違います。ならば、今のうちにド・ヌール夫人に指導いただいて、この先ヨアンナ様が王妃になられた時にラスカル宮廷でもハウザー宮廷でも対応できる力量を、アドルファに付けさせる良い機会だと思うのです。幸いナデタが王女殿下のおそばについております。妹を鍛える良い機会かと思いましたので」
「ウーン、それもそうなのかしら。ド・ヌール夫人から指導を受けるならこの二年だけなのかしら。若い内に学ぶならそれに越したことは…、でもせっかくアドルファちゃんがメイド見習いで来たのに…。ファナちゃんをド・ヌール夫人に…、でもそうするとアドルファちゃんを指導をできないし」
ヨアンナが苦悩している。
アドルフィーネとしては、妹が甘やかされていると気になるのだろう。
「決めたかしら。アドルファちゃんの修行の為なのかしら。アドルファちゃん、辛いけれどしっかり学んでくるかしら。でもアドルフィーネやナデタのように無愛想になってはダメかしら」
アドルフィーネが何か言いたそうだが、少し考えて口をつぐんだ。
彼女も自覚が有るのだろうか…。
【2】
昨年と同じで平民寮はごった返している。
ただ、今年は少し様相が違っている。先ずジャンヌがここに住んでいる事で、皆が彼女への挨拶に向かう。
お陰でジャンヌは部屋に居られなくなり、日中は王立学校の礼拝堂に籠る事になってしまった。
朝と昼の礼拝で聖霊歌の奉納(もちろん聖霊歌隊の歌をカロリーヌやヨアンナやファナが喜捨している)とジャンヌの説法が日課となってしまっている。
礼拝堂が完全に清貧派の物に代わってしまったのだ。教導派には聖霊歌隊も洒落た講話を話せる聖職者もいないのだから。
そしてもう一つ。
平民寮の食堂の半分が売店に置き代わってしまっている。
そしてそこにはライトスミス木工所の飾り板や
アヴァロン商事の茶葉やコーヒーや陶器、ハバリー亭謹製の高級菓子やチーズやパン、最近ではオーブラック商会からジャムやドライフルーツなども並び出した。
しかし一番人気はシュナイダー商店の商品だ。生地や小物、レディメイドのドレスや一般服、そしてメイド服まで。
当然、仕掛け人は当然エマ姉とリオニーなのだが。
…しかしその二人がこの時期になっても寮に居ないのである。
売店を取りまわしているのはオズマ・ランドッグとオーブラック商店の職員たちなのだ。
二人は今やシャピとクオーネとファナタウンを行ったり来たりしながらファナタウン証券取引所の立ち上げに奔走しているのだ。
「僕はこの国が教導派の国だと聞いて覚悟を決めてきたが、いやはや平民寮を見る限り清貧派が国教の町のようだね。ヴェローニャやゴッダードの街にいるような気がするよ。平民が活気のある所は栄えると言うからね」
「もう少しするとジャンヌさんの昼の説法も終わりますから、その時にお茶会にお誘いしましょう。オズマさんも来る事になっていますし、エマ姉も昼には戻って来ると聞いていますし」
後三日で新学年が始まる。
それを前にして今日の午後は下級貴族寮で、清貧派派閥の主要メンバーを集めて、お茶会とエヴェレット王女殿下との顔合わせ会だ。
二年三年の在校生と新入生が一堂に会するのだ。
礼拝堂に行くとジャンヌの講話が終わったところだった。私は聞いた事が無いのだけれど、とても示唆に富んで面白いと評判が良いのだ。
ジャンヌは一年生に取り囲まれていてそばに寄れそうにない。ナデテに伝言を託して私とエヴェレット王女は外に出た。
「今のメイドはいったい…」
「ジャンヌさんのメイドで、王女殿下付きメイドのナデタの双子の姉に当たります」
「ああ、それで。これでまたナデタに親しみがわいたよ。それから王女殿下はやめてくれ。聖女様にはさん付けならば僕もさん付けで構わないよ」
「それは出来ません。特にこの学校内では、それは教導派の貴族に侮られます。王女殿下が砕けた言葉遣いで声を掛けられるのは構いませんが、下級貴族や平民にそれを許すと、王女殿下を軽んじる上級貴族が出てきます。私もファナ様やヨアンナ様とは親しい間柄ですが、それだけはお互いに許してはおりませんから」
「そうなのかい。厄介なところだねエ、上級貴族寮は。兄上の騎士団寮ではそんな事は無いと言っていたのだけれども…」
「まあ、騎士団は階級が物を言う所ですから。でも騎士団寮でも近衛と王都の軋轢とか教導騎士団との確執とかドロドロした物が有るんですよ」
「それは、ハウザー王国でも同じさ。でも慣れている事なら対処も出来るが、こちらの女子寮は少々不慣れだからね」
「それで言うなら、上級貴族寮は教導派の牙城。平民寮は清貧派の拠点。そしてこれから行く下級貴族寮がその戦場という所でしょうかね」
「いいね。その比喩は気に入ったよ。教導派貴族と清貧派貴族の在寮生ががせめぎ合っているんだね」
「それも有りますが、平民と上級貴族の両方が入れる場所でもあるのですよ。だから在校生が集うイベントは大体下級貴族寮で行われるのです。今日のお茶会も清貧派二年生の派閥の集会ですしね」
そんな話をしつつ下級貴族寮にエヴェレット王女を案内したのだが、寮内の空気は案外と浮かれた物であった。
上級生に連れられて平民寮の一年生がかなり見学に来ているし、下級貴族寮の新入生もウキウキとエントランスホールや食堂に集まって話をしている。
そこに帰ってきた私を目ざとく見つけた平民寮の二年の生徒たちが急に駆け寄ってきた。
「セイラ様! みんな、こちらがセイラ・カンボゾーラ子爵令嬢様よ」
一緒に集まってきた一年生が頭を下げて挨拶をする。
戸惑う私に一斉に質問が飛ぶ。
「セイラ様、夏至祭のドレスはもう手に入らないのでしょうか?」
「セイラ様、また冬至祭のファッションショーは開かれるのですか?」
「そんなの当然ですよね? 今年は規模を大きくするって本当ですか?」
「私、デザインコンペに応募したくて案を描いてきたのですが見ていただけないでしょうか?」
「秋のファッションショーは、今年もジャンヌ様がモデルをされるのですか?」
エマ姉とリオニーがつかまらないので、私のところに要望が来たようだ。
「あのセイラ様…、後ろにいる獣人……」
まずい! ここで不敬があってはこの子達の身に火の粉がかかる!
「はーーい! みんな聞いてちょうだい!」
私は大声を張り上げてみんなの注意を引く。
ざわめきが収まり皆の視線がこちらを向いた。
「こちらにおられる御方は、ハウザー王国継承順位第四位であられるエヴェレット・ウィリアムス王女殿下です。みなさん、くれぐれも御不敬の無いように気をつけて下さい」
そう言って私は一歩横に回ってエヴェレット王女にカーテシを行う。
それを見て集まってきた少女たちも深々と頭を下げた。
遠目でこの喧騒を見ていた宮廷貴族令嬢の一団が苦々しそうに舌打ちをして去っていった。
ここで不敬な発言があったら、揚げ足を取ってこの子達を吊し上げるつもりだったのだろう。
そんな事になれば、王女殿下と平民女子たちの間に亀裂が入る。気を付けなければ。
「みんな、僕がハウザー王国第一王女エヴェレット・サンペドロ・ウィリアムスだ。僕は日頃は女騎士として修行をしている上、ラスカル王国の作法には疎いので、無作法はお互い様と思って接して欲しい」
「女騎士ですって、素敵!」
「王女様、凛々しくってかっこいいわ」
新入寮生の間から熱い溜め息が漏れる。
彼女の入寮で学内にまた人波乱起きそうだ。
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