第11話 平民寮の女子たち

【1】

 昼の講話が終わったと同時にナデテがジャンヌの下へ、セイラ・カンボゾーラからの伝言を伝えに来た。

 急な話だが午後から派閥のお茶会が開かれると言うのだ。

 四日後にはもう入学式となる。貴族寮の新入生が揃うタイミングを計っていたのだろう。


 議題も見当がついている。

 一番はカロリーヌ・ポワトーの派閥入りのお披露目、そしてエヴェレット王女との顔繫ぎだ。

 清貧派派閥としては、教導派の重鎮で昨年のジャンヌ異端審問事件の関係者であるポワトー枢機卿の孫であるカロリーヌの立場を鮮明にしておかなければ、この先混乱の火種になりかねない。


 しかしジャンヌとしてはもっぱらの心配事項は、やはりエヴェレット王女とエヴァン王子の事だ。

 まず間違いなくエヴェレット王女は参加するだろう。

 王族だと言う事で尊大な態度を取れば平民生徒の顰蹙を買う事になるだろうが、リナ・マリボー男爵令嬢は好意的な印象を持っているようだったので、その辺りは心得ている様だ。


 やはりどちらかと言えばラスカル王国の人間の態度の方が問題かもしれない。

 獣人属だと言う事で軽く見てしまう節が、ここの平民生徒にも有るのだ。

 悪気も無く雑事を押し付けたり、軽口を叩いたり、ジョン殿下には出来ない様な事をしてしまう事で、王女殿下の不興を買う事の方が有りうる話である。


 ジャンヌは急いで平民寮に帰ると昼食のために食堂に集まっている寮生たちに、ハウザー王国の王族が留学生として来ている事を全員に告げた。

 その上で、獣人属の王国の王位継承者である事、特にエヴェレット王女が継承順位四位の正式な継承権を持つ王女であることを告げた。


「皆さん、お二人はジョン殿下と同じ立場にあられます。ジョン王子殿下と接する場合を思い出して接してください。他国の王族ですが国賓ですから、場合によってはジョン王子に対するより厳しい罪に問われる事すらあると言う事を」

 交換留学生が来ている事は噂で聞いていたものもかなり居た。

 ただあらためてジャンヌに説明されて、初めて現実感を持った者が殆んどだったようだ。

 迂闊な事をすれば首が飛ぶことも有ると初めて認識したのだ。


「言われてみればそうだよね」

「ジャンヌ様に言われなければ、私首が飛んでいたかもしれない」

「ハウザー王国は女の子も王様に成れるんだ。今日は王女様も来るのでしょ。ヤバかったよ」

「ジャンヌ様有り難うございます」


 清貧派の生徒はもとより、中立派や教導派貴族の庶子や準貴族の娘たちも感謝の言葉を告げる。

 ジャンヌはその人柄から平民寮では派閥に関係なく慕われているのだ。


「そう言えば今回の留学は国王陛下が特に推進なさったって聞きましたわ。ペスカトーレ枢機卿様やモン・ドール侯爵様も後押しをなさっているとか。いったい何が起こっているのか解らないのです」

 教導派修道女でもある伯爵家の庶子の寮生が困惑気に話す。


「そうなのですか? 私も一昨日の宮廷歓迎会に行かれた方からお聞きしただけで良く知らないのですよ。上級貴族の方々は皆とても忙しそうで、下級貴族の方々は詳しい事を聞かされていないようですし…」

「セイラ様は…セイラ・カンボゾーラ様は何も仰っていないのですか? あの方ならば情報通ですし、上級貴族の方々にも顔が利くと思うのですが…。ジャンヌ様とはお親しいのでしょう?」

「ああそれが…、どうもセイラさんはそちら関係の仕事で駆り出されている様なのですよ。それに私もこちらに戻ってからは、ずっと礼拝堂に詰めておりますのでお話を聞く機会も無く…。あなたこそ御尊父はアラビアータ枢機卿様では無かったのですか? 私などより情報がはいるのでは?」

「私など枢機卿様からすればゴミの様なものなのですよ。修道女の資格を持っていたので免れましたが、そうで無ければ私も交換留学の対象であのケダモノの国に送られていたかもしれない…」


「その仰り方は…」

「ああ、そうですわね。気を付けなければ…」

「でもハウザー王国に送られていたとは…」

「この度の交換留学では十二歳の王女殿下と共に枢機卿や大司祭の同い年の娘たちが一緒に送られたんです。みんな末端貴族の庶子で、聖職者になる予定だった者がいきなり養女にされて…ハウザーに送られたとか。私も聖職者の叙階を受けていなければその候補に挙がっていたかもしれません」

 そう言って恐ろし気に身を震わせた。


 そうか、裏ではそういう事が行われていたのか。

 ジャンヌが知っているのは、国内での政争を避け暗殺を免れる為に二人が逃がされた事だけだ。

 裏で国王の後ろ盾である教皇派が動いていると言う事は、この交換留学でトラブルを誘発させてジョン王子即位の芽を潰したいと言う目論見が見える。


 宗教と政治をハッスル神聖国に握られ経済をハスラー聖公国に握られていたこの国は、北方の二国の属領の様なものだった。

 それを断ち切ったのが先々代の国王、現在のゴルゴンゾーラ公爵の父に当たる国王だった。


 その先々代国王が頼ったのはハウザー王国との国交回復と通商、そして軍事的緊張の緩和による軍事費の削減だ。

 現ゴルゴンゾーラ公爵が継承権を放棄する時に条件とした南部と北西部の高度な自治権は、今ハウザー王国との通商の活発化によって実を結ぼうとしている。


 そう考えればハスラー聖公国の商人達も黙って座視しているはずは無いだろう。特に王妃殿下はハスラー商人の権益保護にとても熱心だとオズマから聞かされている。

「これはジョン王子殿下にとっては辛い立場では無いのかしら」

 一緒にいたオズマに聞いてみる。


「ジョン王子殿下はそこは割り切っておられるようですよ。王妃殿下に義理立てして国益を損なうような事はなさらないと思います。ただ、ハスラー聖公国と事を構えるのも本意では無いようですね」

「そこも、割り切って貰わなければいけないわ。この先ハスラー聖公国との通商はこれと言って旨味が無いもの」

 その言葉に驚いてジャンヌが振り返ると、いつの間にかエマが立っていた。


「ッ! エマさん、いつ帰ってこられたのですか?」

「今帰ったところ。本当にセイラちゃんは私がいないうちに面白いことを始めてくれるわね」

「別にセイラさんが始めた訳では無いと思いますが…」

「それでもドップリ浸かって関わっているのだから同じ事よ。そうそう、うまく行けば、綿花市場やハウザー王国の北部の通商だけでは無くて、ハウザー王国を通して南海貿易まで食い込めるかもしれない凄いチャンスなのよ」


「そうですねえ。南の河筋はヴェローニャで止まっている訳でも無いですもの。南海まで流れているんですから」

 一緒にいるリオニーがエマの考えを補足する。

「セイラちゃんにもジャンヌちゃんにも、ハウザーの王子様や王女様と仲良くしていただか無ければいけないわ。…大丈夫エヴァン王子は大人しい甘党のお子ちゃま王子だから」


「エマさん、王族の方にその言い方は失礼では?」

「でもブラックコーヒーが飲めない猫舌の王子様よ。味覚も通商知識も人並外れているけれど、腹芸は下手なようね。ラスカル王国の南部や清貧派にはとても好意的な方だったわ。だからジャンヌちゃんにはきっと好意的で優しくしてくれると思うわ」

 いったい何故エマはここ迄エヴァン王子事を知っており、評価できるのだろう。


「エマさん、エヴァン王子とは…」

「うん、あった事有るから知ってるの。ファナ様もグリンダも面識があるわ。メリージャのサロン・ド・ヨアンナが開店した時に特別来賓で来られたから」

 ああ、やはり此処でもセイラ・ライトスミスが手を打っていたのだ。

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