閑話2 ジャンヌの不安(2)

 ★★

 それでもセイラ・ライトスミスはこうして手駒を送り込んで来てくれている。ジャンヌは決意を新たにした。

 運命が圧し潰しに来るなら最後まで抗ってやる。尊敬するセイラ・ライトスミスは諦めていないはずだから。


 彼女も二人の事は気付いているのだろう。

 王子にも王女にも手駒を送っていると言う事から容易に想像がつく。

 しかし、まさか今頃になってあの二人が追加されるとは思わなかった。


 エヴァン王子とエヴェレット王女は、全クリ後の隠しキャラだ。

 一巡目全員のトゥルーエンドを迎えたら発生するボーナスシナリオだ。

 そしてそのシナリオは又一年の入学式から始まる。クラス分け直後にこの二人の兄妹が編入してくるのだ。


 そもそもヒロインのセイラ・カンボゾーラがトゥルーエンドを迎える気が無いので、このイベントキャラ自体の事を忘れてしまっていた。

 しかし先見の明があるセイラ・ライトスミスは、早い段階でハウザー王国にもライトスミス商会の支店を持ち、セイラカフェを展開していた。

 ここ迄お膳立てをして貰って、自分がくじけてどうする! っとジャンヌは気合を入れ直す。


 とは言えジャンヌ自身も過去にこのシナリオは一度クリアしただけだ。

 ラスプリは全クリの後、隠しイベント発生直後に辛い事が有り、エヴァン王子ルートを一度クリアしただけで、それ以上続ける事が出来なかった。

 記憶を整理してみるが細かい事を思い出せない。

 なにしろハウザー王国の王族が絡むことでシナリオが大幅に変わる。

 これまで間接的にハウザー王国と関わってきた悪役令嬢たちが主体的にこの二人に絡む事になるのだから当然なのだが。


 しかしこのシナリオで一番の核となるのはセイラ・カンボゾーラの動向なのだ。

 このシナリオではセイラ・カンボゾーラが選ぶことによって、攻略対象が決まるのは当然だが、それによってもう一人の攻略対象が悪役に変わるのだ。

 セイラ・カンボゾーラが選んだ攻略対象に相対するキャラが悪役になってしまう。


 攻略対象がハウザー王として即位する事により、兄妹の一方が廃嫡される事になるからだ。

 そう、攻略対象にエヴェレット王女が含まれている。この隠しシナリオには百合ルートが隠されているのだ。


 ★★★

 エヴェレット王女の立ち絵は、完全に宝塚の男役風の長身でセミロングのボブカットを無造作に頭の後ろで括っている。

 そしてどちらかと言えば少年ような気の強そうな面立ちと尖った表情と鋭い瞳。

 そして頭の上には後ろに白い斑点がある黒いピンと尖った猫耳。

 服装は騎士服にシュルコー。腰の獲物はレイピアだ。ただし戦闘時はシュルコーの背中に隠した鞭を使う。


 エヴァンは整えられたショートボブで、精悍な立ち姿で描かれている。

 白い髪に丸みを帯びた猫耳。

 しかしその面立ちは少女のように線が細く、優しげな中に理知的な光を宿す瞳。

 こちらも騎士服に腰にサーベルを佩いている。


 まあ二人のヴィジュアルが何処まで再現されているかは、本人に会えばわかる。学生寮の中なのでサーベルはさすがに佩いていないだろう。

 そして気を付けねばいけないのはエヴァン王子の動向だろう。


 セイラは今までどの攻略対象ともフラグを立てて来なかったのだから、エヴァン王子も攻略対象にはならないだろう。

 セイラ・カンボゾーラの周りは少女ばかりが取り巻いているのだ。

 そしてその取り巻きの一人が自分だとジャンヌは思っている。


 そして今、攻略対象としてエヴェレット王女がやって来た。

 別にセイラ・カンボゾーラが百合だとは言わないが、一番可能性が高い攻略対象がエヴェレット王女だと思う。

 性格が似ている上、セイラ・カンボゾーラは同じ境遇の男女が居れば間違いなく女性を、子供を、平民を優先する。

 王女と王子を天秤にかけると間違いなく王女につくだろう。


 ただ王子との相性が悪い訳でも無いとも思う。

 この一年の付き合いで気付いた事は、攻略対象との関係もジョバンニ・ペスカトーレを除く四人とはそこまで悪い関係では無いと言う事だ。

 見ていると悪友と言うか、お互い罵り合いながらも良い友人関係を作っている。

 特にジョン王子たち高位貴族相手に、身分差を乗り越えた人間関係を作っているように見える。


 ジャンヌが上手く立ち回れば、エヴァン王子との関係を破綻させずに軟着陸をさせる事が出来るだろうか。

 しかしジャンヌがつくという事は王権から遠ざかるという事で、そう考えてゆくと胃が痛くなりそうだ。


「ジャンヌ様、顔色がお悪そうですが大丈夫ですかぁ。御気分が悪いならぁ、今日はお休みいたしますかぁ」

「いえ、大丈夫よ。何でもないの、少しおなかがすいたからかなあ。お茶会では久しぶりにファナ様のデザートが出るのかしら?」

「王女様が着ているのでぇ、出るかも知れませんねぇ。楽しみですねぇ」


「私も楽しみだわ。エヴェレット王女様にも顔繫ぎをして通商ルートをもっと強固なものにしなければいけないもの。オズマちゃんもうかうかしてはいけないわ。オーブラック商会もシッカリと王女様に顔を憶えて貰って、好印象を持って貰わなければ」

「でも、私のような新参者が出しゃばって良いものでしょうか?」


「そんな弱気では駄目よ。元北部の教導派御用商人って言うイメージを払拭するには獣人属との取引はすごく大きいの。ハウザー王国と友好的に接していると言う印象は、カロリーヌ様にも良いイメージを与えるわ」

「そっ…そうですよね。私頑張ります」

 カロリーヌにとってその事実は清貧派へのあからさまな転身をイメージさせて、教導派からの風当たりは一層厳しくなるだろう。

 ただ、清貧派にとってはエマの言う通りイメージアップにつながるからあえて指摘はしないジャンヌであった。


 ★★★★

「ジャンヌ様、そろそろお茶会が始まる時間ですぅ」

「そうですね。急がないと、王女殿下をお待たせするわけには行かないわ」

 ジャンヌは二人を促して下級貴族寮に向かおうとするのを、エマに押しとどめられた。


「まあ落ち着いて、ジャンヌちゃん。そんなに急ぐ事もなくってよ。今日は新入生も含めてほぼ全員が集まる顔見せのお茶会よ。交換留学生の件は大切だけれど、ヨアンナ様達にはもっと周知したいことが有ると思うわ。私たちのように事情を知っている商人は少し邪魔かもしれないし」

「でも、ハウザー王国の王女様以上の事など何が…」


「派閥としてはそれ以上に周知するべきことが有るわ。だからしばらくは様子を見てから…」

「派閥の重要事項っていったい?」

「オズマちゃんは絶対私から離れてはいけないわよ。中が落ち着いたころを見計らってジャンヌちゃんについて入るからね」


 そう言うとドアの前で中の様子を窺い始めた。

 ジャンヌはエマの目論見が良く分からないまま後ろに付いて待っていると、中から声が聞こえて来る。

『あの女伯爵カウンテスって教導派の枢機卿の孫娘ですよね』

『それに教導派の大司祭の娘でしょう。セイラ様の事件に関わって脅迫した奴らじゃないのですか?』

 上座に控えているカロリーヌに対する不信が募っているようだ。

 エマの言っていた重要事項とはこのことだったのだと、遅まきながらジャンヌも気づいた。


『しっ! あまり大きな声を出してはダメ。ポワトー枢機卿は私とジャンヌ様とで命を繋いでいるの。だから息子の大司祭は…ねっ、解るでしょう。それにカロリーヌさんがなぜ女伯爵カウンテスになれたか? 後ろ盾は私たちとゴルゴンゾーラ公爵家とロックフォール侯爵家。ここまで言えばもうこの先は見当がつくでしょう』

 それを押しとどめるセイラの割と大きな声が聞こえて来る。秘密にするつもりも無いのだろう。


『ポワトー伯爵家は評判の悪いカロリーヌ様の兄上がいらっしゃったと思ったのですが、そう言う訳ですのね。セイラ様これも秘密なのですか?』

 その話声と共にザワザワと響いていた話し声の中から険が消えていくのが判る。


 そうか、エマはこのタイミングを計っていたのだ。

 オズマは北部の商人の娘である。もともと派閥のメンバーでは無いし、何より北部や東部というだけで、南部の人間は当たりが強くなる。

 それを考えてオズマを側に置いてジャンヌと一緒に行こうとしたのだろう。


「ジャンヌ様、エマさん、入られないのですか?」

「私たち、新入生を集めていたらおそくなってしまって、ご一緒させてください」

「ご一緒させていただいても良いでしょうか?」

 遅れてきた二年生と新入生の一段と一緒に、お茶会室に入って行くと大きな部屋が人で溢れていた。

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