セイラ 15歳 カマンベール領

第131話 分水嶺の領地

【1】

 特別に仕立てられた河船が、引き綱を引いた馬に引かれて川を上る。水手かこも降りて馬を引き、又自分達も綱を引く。

 カマンベール領の南の外れにある小さな村の船着き場には、近隣の村から集まった荷受作業員や見物の村人たちが集まって歓声を上げている。

 それだけではない。領主館からやってきた役人やカマンベール男爵家の家人たちも皆揃って大歓声を上げている。


 こんなに大きな船を彼らは未だ見たことが無いのだろう。

 子供たちは興奮してはしゃぎ回っている。大人たちも大興奮で船に目を奪われていた。

 水手かこ達が川辺に杭を打ち係船索を繋いでゆく。村の若者たちはその周りに集まって興奮気味に作業を手伝い始めた。

 船がしっかりと固定されると次々に足場板が降ろされ岸辺に固定される。

 荷下ろしを見ようと集まる子供たちが岸辺から追い払われる。船が係留されている船着き場は淵になっており水深が深いので危険なのだ。


 岸辺の際には起重機が設置されて、二台分の大型織機の部品が吊り上げられる。起重機とコロを使ってゆっくりと慎重に足場板の上を転がって行く。

 船が重さで傾くと岸辺からどよめきと悲鳴が起こる。水手かこ達は慌てて反対の縁に集まり、船の縁から川面にぶら下がりバランスを調整する。

 織機が岸に着くと次々に歓声を上げながら水手かこ達が河に飛び込んでゆく。

 拍手と歓声の中荷物は馬車に積まれて領主館目指して進みだして行った。


【2】

 織機の荷下ろし如きに何この一大イベントは?

 織機の荷下ろしの指揮をしていた父ちゃんとグレッグ兄さんは村人たちにもみくちゃにされていた。

 最後に迎えに上がってきたリオニーと一緒にウルヴァとミゲルを従えて降りてきた私にルーシーさんが駆け寄って来る。

「セイラさん、良くいらっしゃいました。お久しぶりですね」

「ルーシー様こちらこそお迎え有り難うございます。如何ですか一度船の中をご覧になりませんか? 私が案内いたしますよ」

「まあ、ありがとうございます。こんな大きな船は初めて見ましたわ。ぜひ見学をさせて下さい」


「それで父ちゃんたちは?」

「オスカー様たちでしたら私の父と兄が連れて行ってしまいましたわ。これから村で宴を催すとか言っておりましたわ」

「あーあ、父ちゃんも調子に乗ってお母様に叱られなければいいのだけど。リオニー、積み荷の中の物を男爵様方にお持ちしてあげて。それから料理のお手伝いも。ミゲルもリオニーの荷物運びを手伝ってあげて頂戴」

「「はい」」

 二人がそろって船倉に降りて行った。私はルーシーさんとウルヴァを連れて船室に降りて行った。


「さあこちらです。ルーシー様」

「まあ、船の中に部屋が有るのですね」

「ええ、この船には一部屋だけですけれど客室が付いているのですよ」

 河船なので甲板のマストの前に張り出した屋根と板壁の小屋が設えてある。それが客室になっている。

 流れの緩やかな場所では追い風の時は帆を張って進むので屋根の上を水手かこがドタバタと走り回り喧しいが、船倉の暗く淀んだ空気を吸うことが無い分快適な場所だ。


「彼方のマストの後ろが船倉の屋根になっているのです。両脇には櫂を漕ぐ為の座席が四か所ずつ付いています」

「船員の方はどこに寝泊まりされるのですか?」

水手かこたちは船倉の空いたところに思い思いにハンモックをかけて寝ます。でも気候が良い頃は甲板ででも寝ているようですわ」

 ルーシー様は興味深げにあちこち覗き込んだり触ってみたりしている。

 天板が開いているとは言うものの船倉の汗臭いニオイにも特に動じた風では無く、水手かこたちに気軽に声を掛けていた。


「ウルヴァ、客室にお茶の用意をしてちょうだい。用意ができれば私たちも休憩に致しましょうルーシー様」

 ルーシー様は運び出される積み荷を熱心に見ながら一つ一つ何が入っているのか水手かこに質問している。

 私は荷下ろしが終わる頃合いを見てルーシー様に声を掛けた。

「あら、セイラさん。私ったら夢中になってしまってそんなに時間がたってしまっていたのですね」


「あまり大したものを用意できるわけではありませんが、船の上で川を見ながらのお茶も風情が有って楽しいかもしれませんわ」

「それは楽しそうですわ」

「少し屋根が低いのが難ですが、窓から風も入りますし何より外が見れるのは楽しいですよ」

 そう言ってルーシー様を連れて客室のドアを開くと彼女を迎え入れた。


「えっ! これは…」

 ルーシー様が絶句して扉の前で固まってしまった。


 部屋の中にはお母様が椅子に腰を掛けてこちらを微笑みながら見ていた。

「本当に大きくなったわね。もう立派なレディーね」

「おっお従姉様ねえさま…」

 優しく微笑むお母様を見たルーシー様はそれ以上言葉を発する事が出来ずに、ぽろぽろと大粒の涙を流して嗚咽するばかりだった。


 お母様は椅子から立ち上がるとルーシー様に歩み寄り両手でその肩を抱いた。

「いつまでたっても泣き虫のままではいけないわ」

「レイラお従姉様ねえさま…。お会いしたかった…。私は…私は…」

 ルーシー様はそのままお母様の胸に顔をうずめて泣き続けた。


「レイラお従姉様ねえさまは、オスカルさまの世話が有るから見えられないと聞いていたので諦めておりました」

「ええ、わたくしもどうしようか迷ったのですけれども…。リオニーやセイラからお話を聞くうちに我慢できなくなって…。オスカルはアンに任せてついて来てしまいました」

 そう言うお母様の目にも涙が溜まっている。


「お従姉様ねえさまにはお話ししたいことがそれは沢山御座います。でもその前に言わせてください。レイラお従姉様ねえさまお帰りなさいませ」

「ありがとうルーシー。二十年ぶりに帰って参りましたわ。わたくしの自慢の旦那様のお供で…」

 お母様は涙をぬぐいながらウフフと笑う。


 ウルヴァに後の給仕を任せると、私はその二人を部屋に残して客室の扉をそっと占めて表に出た。

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