第130話 工場誘致説明会
【1】
その日、クオーネのセイラカフェのホールは貸し切りでカーテンを閉じられていた。
特別な催事が有ったからだ。
”アヴァロン州 領主貴族親睦リバーシ大会”
催事場のホールの入り口にはそう掲げられた看板が掲げられている。
州内の領地貴族が集ってきている。それも領主や実務担当者たちばかりだ。
もちろんリバーシは口実で本当の目的は織機と工場誘致の説明会である。
「みなさん。こちらが現在ライトスミス木工場で製作している一般的な織機です。リネンの織物で使用されていますが、羊毛の織物でも普通に使えます。すでに二年前にパルミジャーノ州で導入されていますが、昨年よりフラミンゴ伯爵やシュトレーゼ伯爵にも納めております。宰相様を通して製造のお墨付きはいただいておりますので、ハスラー聖公国との問題は御座いません。すでに各領地で五十機以上納品・製作しておりますがハスラー製より丈夫で良好だと好評をいただいております」
「うむ、そのハスラー製も北部や東部諸州の貴族が占有して、我々のところには入ってこんのだ」
「我が領内でもまだ手動式の織機を使っておる。更新できるなら買い換えたいが値段が高い」
「お値段については、ハスラー製の半分のお値段でご提供いたします。何より税金分だけでも金貨七枚と半分は安くなりますよ。ここからは御内密にお願いしますが、東部貴族には金貨三十五枚で売りました。でも皆様には三十枚でご提供いたします」
オオと歓声と拍手が上がる。
「ただ残念ですが、東部に収めた様な豪華な飾り彫りや化粧板はお付けする事が出来ません。ただ糸を織るためだけの機会になってしまいますが」
「ワハハハ、それで東部商人向けに値段を吊り上げたのだな」
「ワシらは貧乏な北西部の領主だから糸を織る機能だけで十分じゃよ」
「東部貴族のように織機を居間に飾って自慢するようなことは出来んからな」
「これが有れば羊毛の織物も効率的にできるぞ」
「皆様。ここで更に私たちライトスミス商会からの提案です。今までよりもずっと大きな織機を導入してみませんか」
「それは、パルミジャーノ紡績組合のようにどこかに工場を建てて州内の生産を賄うという事か?」
「紡績では上手く行っているようだが、あれは亜麻繊維だったなあ。羊毛でも同じ事が出来るだろうか?」
「紡績から一挙に織物迄賄うのならその方が有利ではないか?」
「しかし毛織物は北西部だけでなく北部でも東部でもやっておる。競合するぞ」
「だからこその株式組合では無いか? 一元化する事で他州の羊毛も請け負って有利に立てるぞ」
「しかし今まで毛織物の生産にかかわっていた村が納得するか…」
職を奪われる農村の説得とそれに対する補償が課題になる。
「農村への説得は難しい話となりますが、個人で織機を買い替えようとするとかなりの投資が必要です。その割に稼働時間が短いので、資産の償却もままなりません。今回新しい織機を買えた農家が儲けを独占して、大半の農家は職にあぶれますから結果はあまり変わりません。それならば州全体で管理して、その代わり羊毛の買取価格を上げても東部や北部の毛織物よりは安く供給できるでしょう」
「うーむ。州内での羊毛の買取価格を上げると他州からも羊毛が流れてくる可能性もあるなあ」
「毛織物の競争力は上がるのだから、利益は上がるぞ」
ディスカッションは進み割と前向きな意見が出ている。
「現在東部貴族に売っている織機は個人や小規模な織小屋で使うものです。でも今ライトスミス木工場で生産を進めている織機は、横幅がこれまでの織機の三倍以上ある大きなものです。試験的にカマンベール男爵領に設置をお願いして運用を始める予定になっています。この設備を使うと今までの三倍の生地を同じ労力で織る事が出来るようになります」
「それは…凄いな」
「絨毯が織れるな。それが狙いか?
「まあそれは御想像にお任せいたしますが…」
いや本当の狙いは帆布なんだけれどもね。
「しかし、杼はどうする? その距離を投げようと思えばかなり力が要るぞ」
「それにも工夫が有ります。新しい機械を使って杼を渡す構造を開発しました。とりあえずは弓の構造を使って同じ位置に飛ばして受ける機能を付けてみましたがね」
もちろん嘘である。
今は未だフライングシャトルの事を話すわけにはゆかない。
フライングシャトルの事実が知れれば、一期に工業化への道は開けて動き出すだろうが、その過程で小規模の機織り工や手内職で機織りをしている農村にそのしわ寄せが行く。
国内の毛織物業界は大混乱に陥るだろう。急激な変化は利益も大きいが、その反動で不利益を被る人も多い。
更にはこの利益が一部の特権階級に独占される危険性もある。産業革命は都市部で労働者の酷使による悲惨な結果を生み出したのだから。
まあ私としては要らぬ恨みも買いたくないし、儲けを奪われるのも業腹だという事だ。
時間をかけてでも影響の少ない方法で市場を占有し、紡績工業を定着させたい。
私はミゲルに命じて新型の紡績機の模型を持ってこさせる。
五分の一サイズの模型ではあるがそれでもかなりのサイズになる。
模型の周りにみんなが集まってきた。
「ほう、このアームがこう動くのだな。この錘でアームを絞めるのか」
「このペダルを踏むと動くのか。ここが杼口になるのだな」
「という事は、ああこれが杼を飛ばす構造だな。杼口の間を抜けるので大きくズレる事は無いという事だな」
「概ねよくできている。かなり丈夫な織物が出来そうだな」
どうにか製品のお墨付きはとれそうだ。
「実物は有るのかね」
「現在製作中で、完成し台設置して試験運用の予定です。試験運用なので今はカマンベール男爵家と私たちライトスミス商会の合弁の組合として立ち上げますが、行く行くは領内の皆様に出資を募って株式組合に発展させたいと考えております」
「先ずは大物の絨毯からという事だな。高級なオーダー品の市場だから農村への影響は少ないと思うが…」
「安値の段通が流れると北部貴族を得意先にしている工房から反発が出そうではあるが」
「今は複雑な模様は織れません。段通はまだ無理でしょう。はじめは単色の絨毯から初めて、徐々に改良しながら段通も織れるように改良してゆきたいですね」
「今までなかった安値の絨毯か。それなら北部の工房からの反発も少ないだろう」
「いっそうの事。織ってから染め絵で模様を描くなど考えても良いなあ」
「一考の余地はあるな」
「そうなればさらに利益は上がる。その代わり他州との羊毛の取り合いになるぞ」
「あまり他州と軋轢を生むのは憚られるな」
「それにリネンのような特産品でもないし独占できるわけでもないから大きな利益は見込めまい」
「生産量が増えない限りは、利益に関しては羊毛だけではこの先発展が見込めませんね」
さすがに実務者ばかりの集まりだ。具体的な意見が次々と上がって来る。
「羊毛の生産を増やすのも方法かもしれませんなあ」
「紡績や織物を辞めさせて牧羊に補助金を出すとか検討するか…」
「カマンベール男爵家の毛織物生産の状況を見てからですかな」
「しかしなぜカマンベール男爵家が…」
「知らぬのか。セイラ殿の母上はレイラ殿だ」
「えっあのレイラ・カマンベール殿か」
「ライトスミス商会が一代でここ迄財を成せているのはかの才女が立ち上げたからだぞ」
ヒソヒソ声での会話であるが耳に入ってくる。
お母様を褒められるのは良いが、ライトスミス家は父ちゃんとお母様が二人三脚で大きくした木工場である。
悪意は無くても、こう言う会話はお母様の癇に障るのだろう。
平民が一段下に見られるのは貴族社会では仕方ない事だが、お母様はそれが我慢ならないので極力貴族に関わる事を避けているのだろう。
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