第6話 ファッションショーの水面下
【1】
今年の秋のファッションショーの内容は昨年までとは様変わりした。
初年度はジャンヌのワンマンショー、昨年はエヴェレット王女とジャンヌのペアにカロリーヌたちが加わった。
しかし今年の清貧派のその三人は生徒のコンペティションの受賞デザインしか着ない。聖女ジャンヌ用の平民が普段に使うドレスと貴族向けのエヴェレット王女用のミリタリー風ドレスに加え一般貴族令嬢用のドレスをカロリーヌが着る事になっている。
そして各服飾商会がプレゼンするドレスは各学年クラス分けテストで各科目最高得点を取った三年Aクラス以外の女子生徒が選出される事になった。そして選出された女子生徒も全員が平民か下級貴族である。
容姿や体型に関係なく無作為に選ばれたその生徒に似合ったドレスをというコンセプトを各服飾商会が課題として与えられたという事だ。
本来こういった華やかな世界から縁遠かった少女たちがいきなり表舞台に引っ張り出されたのだ。
生徒たちが自分たちの専攻分野の女子をバックアップする体制迄出来上がった。
天文はジャンヌに憧れて下級生の専攻が増えたが、幾何の女子は私と今年入った新入生の二人だけだ。
どうも私に挑戦するために二年前から必死に学んできたらしい…イヴァナ・ストロガノフは。
何それ! 私に挑戦するために必死で幾何を学んだんだろう!
結局、こぶしで挑戦しに来たじゃん。何のために幾何の勉強したんだよ! まあそれでシッカリAクラスに入ってるんだから良いんだけれど。
幾何の専攻学生の間ではイヴァナはオタサーの姫みたいに扱われているが、日常の言動が私と被っていると周りからは言われている。
お陰で幾何を専攻する者の評判を落として女子に嫌厭されているとジョン王子殿下からは愚痴られている。そんなに嫌ならジャンヌのいる天文に移れよ!
まあ幾何専攻としては代表のイヴァナをヤローばかりでバックアップする事になったのだが、イヴァナが着るドレスは単にイヴァナに似合うものであってイヴァナの好みのスタイルでは無いと言うのも大きい。
そしてイヴァナの見た目はスレンダーなまだ幼さの残る美少女だ。
イヴァナの好みは憧れのエヴェレット王女殿下の様な乗馬服やミリタリー風のドレスなのだが、担当の服飾商会が持って来たものは白とパステルブルーのフリフリのエプロンドレスだった。
お陰で男子生徒は大盛り上がりだがイヴァナは非常に機嫌が悪い。
「お姉様、なんで私がこんなチャラチャラした服を着なきゃなんねえんだ。なあお姉様からどうにかするように言ってくれよ!」
「算術や特に音楽の生徒は競争倍率がもっと激しいのよ。特に音楽専攻は選ばれた生徒の足を引っ張ろうとする奴らとの争いも出ているのよ。イヴァナはこの専攻科で二年生も三年生もみんなに快くバックアップされているわ。あなたはこの専攻科の頭を取ったという事よ! それをこんなつまらない理由でフイにするつもり? 全校生徒に向けてこの専攻科のトップは誰かお披露目する機会をフイにしたいの?」
各専攻科は学年一人、計三人が選出されているが、幾何はイヴァナ一人なのだ。
「お姉様、私はやるぜ! この幾何専攻科で一番は誰か知らしめてやる! いや、このファッションショーで全校の頭を取ってやる! 野郎ども、私はやるぜ!」
ああこの娘がイヴァンの妹で…おバカで良かった。
どうにか本人もその気になったので、私は巻き込まれない様にさっさと退散させて貰おう。
【2】
どうにかファッションショーは恙無く始まったが、今年はシュナイダー商店があまり表に出ていない。
やはりポートノイ服飾商会を軸にした高級品路線の商会の再編に裏で動いているようなのだが、何かもう一つありそうで気になって仕方がない。
彼女が服飾業界の再編程度の事で満足するとも思えないのだ。
…業界の再編なんてエマ姉が以前から何度もやっている日常茶飯事なのだ。
要するにこのファッションショーに合わせてするほどの事でも無い。
偶々タイミングが良かっただけだと言えばそうなのだろうが…。
温い! エマ姉が画策しているにしては温すぎる。
私の疑念を乗せたままショーは滞りなく進んで行く。エマ姉の企みが気になってショーに中々集中できない。
まあ上級貴族令嬢枠の五人の衣装はデザイン的に大した工夫も無く、値段の高いリネンに絹のウェストコート、宝石をあしらったボタン。
ありきたりの教導派見栄張りファッションだ。
まあ見るべきものはというとせいぜい足元くらいか。
昨年から流行りだしたモカシン靴や乗馬ブーツのアレンジは中々決まっているんだけれど。ヒールの高いデザインがお洒落かなというくらいでその程度だ。
そして上級貴族枠が終わると一般生徒枠だ。
幾何は二年と三年が居ないから専攻科で舞台に立つのは十人だ。
熾烈な足の引っ張り合いから這い上がって来た音楽専攻の女子の三年生からだ。
音楽専攻枠は上級貴族も多いが、技量の優れているものは下級貴族が多い。花嫁修業の一環でお座なりの音楽教育を受けた程度の上級貴族や聖教会で合唱団から声楽の基礎を習得しただけの平民女子と比べると、将来の成功を目指して技量を磨いている下級貴族は楽器の演奏が出来るものが多い。
楽器演奏が出来るという事は音譜が読めて音階が判って、要するに音楽理論の基礎から学んでいるので上位成績者は皆下級貴族だ。
そして上級貴族からその席を譲れと圧力がかかり、それを受け入れても次に選ばれるのは次席の下級貴族だ。
結局下級貴族同士一丸と成って上級貴族に諍って舞台出場を守り切った一体感が凄い。
…まあ専攻科内での上級貴族と下級貴族の対立で非常に空気が悪いので辛いと平民寮のミラやキャロルから相談を受けたが、結局平民女子も下級貴族側についたようだ。
一番空気が悪いのは三年の音楽専攻だが、二年も一年も似た様なものらしい。
ただ揉めただけの事は有って小物からコーディネート迄かなり力が入っている。
何よりこの専攻科も高いヒールの革靴が多い。
どうもメアリー・エポワスが広めている様でこれは上級下級関係なく貴族女子の評価が高い。
それに比べて女子が多いが数学専攻は割りと和気藹々としていた。
平民女子が大半を占めその次に多いのは下級貴族、上級貴族など数えるほどしかいない状況で揉める原因は考えにくい。
上級貴族が我を張れば弾き出されるのだから。
更に天文専攻の女子に至っては全員ジャンヌの信奉者ばかりで揉める要素など皆無である。
まあそう言う訳で各専攻科ともに、ぬるま湯の幾何のイヴァナなどまるで及ばない程力が入っている。
そしてうちのイヴァナはというとパステルブルーのエプロンドレスに合わせて同じ色の頭巾をかぶり…なんで同色の
お前はヴァンパイ〇セイヴァーの〇レッタか!
ファッションショーの舞台でショートソードの演武をするな! 革のスリッポンでスカートのまま蹴りを入れるな!
アイザックもゴッドフリートもさっさと止めろ! 私がやると羽交い絞めで引き摺って行かれるのになんでイヴァナは好きにやらせてるんだよ!
ああ、頭が痛くなってきた。
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