第5話 ファッションショーの裏側

【1】

 今年の聖霊歌隊コンサートファッションショーは昨年と同じパターンで決定してしまった。

 夏至祭のエマ姉のプレタポルテの大安売りで一気に女学生のファッションへの関心が高まったのだ。

 いや女子学生ばかりでは無く母親や姉妹、そして親類縁者に至るまでの女性たちの要望に学校側が抗えるはずも無かったのだ。


 今回も教導派上級貴族に五枠を献上して後は去年と同じで清貧派枠だ。

「セイラ様、今年はジャンヌ様は舞台に上がられないのですか? 昨年は聖霊歌隊に参加したのですが、今年は観覧席でお会いできると楽しみにしていたのですが…、残念です」

ハンナ・ロックフォール侯爵令嬢が私に愚痴ってきた。

「その様ね。今年は色々と軋轢も有ってこういう場では企画や準備に徹すると言っていたわ」


「それは私も残念です。ハンナ様は昨年ご覧になれたようですけれど、私は聖霊歌隊には参加していないし、準備の奉仕活動も知らなかったので参加できなかったのですよ」

 エレーナ・ル・プロッション子爵令嬢が溜息をつく。


「セイラお姉様、エヴェレット王女は今年も出るんだろう。あの乗馬服はカッコよかったもんな。王女は向こうじゃあ騎士だって聞いたんだけど本当なのか?」

「イヴァナちゃん、エヴェレット王女殿下よ。敬称を忘れてはまた作法が赤点よ」


「そうだった。私は去年舞台設営の奉仕活動で立見席権を貰ったんだ。その時のエヴェレット王女殿下様の服とあの乗馬靴もカッコ良かったぜ」

「うん、ちゃんと敬称付けて言えたね。えらいわ」

 注意するところがソコ? もっとそれ以前の問題が有るだろう。

「ああ、兄上から言われていたのを忘れてたな。名前の下に様を付ければ特待を取れるって。何でも兄上の同級生の子爵令嬢が誰にでも様を付けていれば、王宮作法の成績は赤点にならないって教えてくれたそうだぜ」


 アドルフィーネ、こっちを睨まないで。私そんなこと言って無いからね。この娘の兄貴はバカだからね。私はもっとチャンとしてるからね。


 とは言え、下級生のファッションショーにかける意気込みは大変なもので、最近は自分のデザイン画を抱えて服飾商会に売り込みに行くものも多数いる。

 プレタポルテが一般的になり初めて清貧派女子は自分が着るという発想から、人に着せるという発想に頭が切り替わったものが多いのだ。


 今年のファッションショーの五つの教導派枠はさしたる争いも無くすんなりと決定してしまった。

 コットン生地に引っ張られて服地全体の価格が下がり傾向にある為昨年までの様に衣装による身分のアピールが薄れて来ている事が原因なのだろう。

 それ以外にも教導派上級貴族も懐事情が苦しくなってきているのも一因である。


 その教導派貴族に対して清貧派の平民や下級貴族は舞台に上がるよりも舞台を支える事で参加するという参画意識が高まっている。

 ジャンヌの下に実行委員会が組織され企画や台本が練られて行く。

 傘下の商会の口利きや窓口はエマ姉の手を離れ、実行委員会に参加している平民寮の、男子生徒が二人、新入生にもかかわらず上級生を仕切って委員会の権利を守っているとか。


 そして服飾デザインを志す女子生徒たちが着せたい相手は聖女ジャンヌとエヴェレット王女殿下の二大巨頭だ。

 学生たちの要望に目を付けたエマ姉は、生徒たちのデザインの事前コンペを立ち上げて、ジャンヌにコンペティション優勝者の一点だけの参加を承諾させた。

 優しいジャンヌが自分のために学生がデザインした服を拒めるハズがない。策士と言うより卑怯だろうエマ姉!


 何はともあれ事前コンペティションは非常に盛り上がり、聖女ジャンヌとエヴェレット王女殿下を交えた厳正な審査の結果各一点が決定した。

 そしてそのデザイン画の製作を請け負う商会には学生との交渉権も製品化権もすべて与えられる。

 ここから先はエマ姉と服飾商会の間でどれだけ実弾が乱れ飛んだのか知りたくもない。


 聖女ジャンヌのドレスはかわいい系の明るいパステルカラーのドレス。エヴェレット王女殿下はやはりボーイッシュなイメージで深紅と濃紺のミリタリー風のトップスにプリーツ入りのキュロットのツーピースドレス。

 プリーツの内と外で紺と赤に塗りわけているので、立っていれば紺のスカートが歩くと紺と赤のツートンに見えるというギミック入り。

 これは受けるだろうな。


【2】

 これまでの高級服飾店がジリ貧になっており、プレタポルテに参入しようとする商店はまだ救いがある。

 しかし高級路線に固執するあまり、綿製品を廃してリネンやラミー生地に特化しようとしている商会は今年でもう終わりだろう。

 まだ絹生地はそう簡単に手に入らない。

 そしてこの冬からはラミーやリネンの生地もどんどんと値が下がって行く。冬季は値下がりしたウール生地が市場を席巻するだろう。

 そして春になるとコットンと変わらぬ価格でラミー生地が供給されるようになる。

 収穫量の下がったリネン生地は割高感は有るが特別感は無くなってしまうだろう。


 それを予測できずにこの夏の市場で品薄感が出て価格が若干上がったリネン糸に目を付けて更に転作を進めた愚かな領地もかなりあったらしい。

 北部やハッスル神聖国国境に近い東部の諸領地は気候的にはリネン栽培に向いているが温暖な気候を好むラミーの栽培は難しい。

 転作初年の今年はリネンは豊作だろう。しかしノフォーク農法を導入しなければ続けての輪作は休耕地を増やすだけになってしまう。

 今年の市場での品薄感も東部やハスラー聖公国でのラミーへの転換による供給量の増加の為だ。供給量が戻れば価格は大きく値崩れする。


 そう言った転作に失敗した領地では休耕地が増えて食糧供給が不足しだしている。その為小作人たちが清貧派領へ逃げ出し始めているという。

 領主も態の良い口減らし程度にしか思っていないようだが、このままでは数年で領地の経営が破綻するのは目に見えている。

 来年からはラミーとコットンに押されてリネンの価格も大きく下がるからだ。

 そして供給量の多いラミーとコットンに対して十分な供給量を出せないリネンはコストパフォーマンスが悪く儲けが出にくくなる。

 そうなると領の経営の破綻は目に見えている。


 その時に荒れた農耕地がどうなるか考えられない領地は破綻して行くのだろう。これから先リコッタ伯爵家のように領主が追放されたり、フランの住むモンブリゾン男爵家のように爵位を買われたりする領地が増えるのだろう。


 そしてそう言った末期領地では人減らしが横行している。

 リネンやウールを扱っていた手織物の工房は次々と破綻し始めており、そういった工房をライトスミス商会やアヴァロン商事やオーブラック商会が北部や東部や西部の新興領地で再編させる動きがある。


 特に東部や北部のハッスル神聖国国境周辺ではエマ姉が手織り職人を集めて、手織り高級生地の工房を立ち上げようとしている。

 ハスラー聖公国からの手織りの高級生地に対抗する狙いがあるのだろう。

 王都のポートノイ服飾商会を筆頭とする高級服飾店をまとめ上げて生地から縫製、刺繍迄の一連の高級ブランドを立ち上げて、アヴァロン商事の大量生産品とは差別化を狙っているようだ。


 薄利多売を標榜する私と利益率を重視するエマ姉との考え方の違いだろうか。

 まあエマ姉は儲かれば使える者は何でも使う人だけれど。

 どうも他にも企みが有って高級服飾ブランド商会は何かの隠れ蓑の様な気がするのは私の考え過ぎだろうか。

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