第122話 アジアーゴ大聖堂の狂犬(1)

【1】

 アルハズ州の州境から私とルイーズは別の馬車に移されてアジアーゴに向かって行った。

 豪華な馬車ではあるがその進みは遥かに遅い。

 二人に騎士が同乗して見張りについている。


「貴様が光の神子か。フン、貧相なガキじゃねえか」

 誰がガキだ! 実年齢はともかく異世界年齢でももう十八だ! 秋には十九だぞ!

「失礼な兵卒ね。聖教会の私兵如きに礼儀を云々云うのは無駄なのかもしれないけれど、貴族には礼と言うものがあるのよ」


「貴様己の立場がわかっていないようだな!」

「あなたこそ何もわかっていないようね。教導騎士ごときが二人かかった程度で私をどうこうできると思っているの? もしそうなら余程おめでたいわね」

「教皇猊下の御指示で人質を殺すなとは言われているが、それ以外の事は命令されておらんのだぞ」


「フフフ、なら私は教導騎士を殺すなとも命令されていないのだけれど? そもそもここまでの道程でなぜ私もルイーズも武装解除していないのか考えなさいな。ヨンヌ州までならまだしもアルハズ州の州境を越えた後でさえ、一緒に逃げてきた教導騎士が手を拱いていた理由をね」

「貴様ごとき小娘に何が出来たと…」

「あなた方もあの指揮官や士官のようになりたく無いでしょう」

「ハッ…ハッタリだ。そうに決まってる」

「どう思うかはあなた方の自由よ」


 それ以降アジアーゴに到着するまで教導騎士達は言葉を発する事は無かった。

 私とルイーズは鐘二つづつ交替で睡眠をとり、交代で食事と水分補給を行った。

「けっ、貴様の主人は図太いな。よくこの状態で寝れるものだ」

「それにお前もメイドだろう。主人に見張りをさせて良く寝ていられたな」


「寝れる時に寝る。食べられる時に食べる。メイドの当然の心得でしょう。いざ戦闘になってベストなコンディションで戦えなければ意味が無いと教えられておりますから。根性論はメイドの世界では通じませんので」

「もうういい、メイドの概念が俺たちと違うようだ」


 結局アジアーゴに着いたのは翌朝の日が昇り切ってしばらくしてからだった。


【2】

「降りろ。さっさとしろ」

 私達が馬車を降ろされたのは大聖堂の裏塀の内側の車寄せのようだ。

「これからどこに行くの?」

「知る必要はない! ついてくればわかる」


「朝食も出ないのかしら? アジアーゴがそこまで困窮しているとは知らなかったわ」

「口の減らぬ小娘め。お前はこっちだ! メイドは…」

「一緒よ! そんな事決まっているでしょう」


「貴様! 抵抗するのか?」

「当然です。メイドは主人に付き従うもの。離れる訳が御座いませんでしょう」

 そう言うとルイーズは彼女の手を掴もうとしている騎士の喉元に左手で抜き放たったダガーを突きつけた。

 寸止めでなく少し刺している様でダガーの刃をつたって血が流れて行く。


 馬車の回りで私達を連行すべく集まっていた六人の騎士が凍り付いたように止まっている。

「チェインメイルを付けるなら頭から被るべきだったわね。ルイーズ、もう良いわこちらにいらっしゃい」


 ルイーズに喉を刺されて騎士は血の気が引いた顔で肩で息をしている。のどを押さえた両手は血まみれである。

「貴様ら、どこにそんなダガーを隠し持っていた!」

「バカなの? ルイーズは初めから腰に差していたじゃない。私はずっとここに」

 そう言って私も初めての食事の時に兵士から取り上げた、背中に差したダガーを抜いた。


「なぜ誰も武装解除をしなかった?」

「あなた達何か勘違いしているのじゃないかしら? 三本ともカロライナを襲ったあなた達騎士が持っていたダガーよ。私たちはここに来る途中に襲撃者から取り上げたのよ。素手では心もとないものね」


「どういう事なのだ?」

「あの騎士達は私を捕まえたんじゃないのよ。私が付いて来てあげたのよ。この違いが判らないかしら」


「ふざけるな。そんな事有り得ない」

「なら十人も載せた馬車がなぜここまで無事に帰って来れたと思うの? 私があれ以上の戦闘の中止と引き換えに同行するよう申し出たからじゃない。私は信義は守ったわ。あなたたちはどうするの」


「しっ信用出来ん!」

「まあ良いわ。私たちを牢にでも何処にでも連れて行きなさい。こんな所で立ち話をするつもりは無いのだから」

「なら、武装解除を!」

「私達を信用しない人間をなぜ私達が信用できると思うの? 武装解除なんて以ての外よ」


 指揮官らしき男は苦々しそうに私を睨みつけた。

「さあ、行きましょうか」

 両手にダガーを持ったルイーズが私の前に立つ。私はその後ろをついて行く。


 指揮官らしき男が目配せしているのがわかる。

 横に立つ騎士がいきなり私に覆いかぶさって来た。

 後ろから来るかと思っていたが、私はその騎士を裏投げで石の床に叩き付けた。

 当然受け身など知らない騎士だ。後頭部から石の床に叩き付けられて首から嫌な音がした。


 私は立ち上がるとこちらを振り向いたルイーズに大丈夫だと合図を送りまた歩き出した。

 他の騎士達が慌てて駆けより助け起こしたが、私が投げた騎士は鼻血を流して泡を吹いて痙攣している様だ。


「朝は何を食べさせて貰えるのかしら? ねえこの港はアジは獲れないかしら。獲れたてならルイーズ、捌いてアジフライにしてよ。あっエビのかき揚げも良いわね。玉ねぎとニンジンとエビをお願い。ちょっと新しいレシピだけど挑戦してみようよルイーズ」

「もう、朝からそんなに重いものはダメですよ。王太后みたいになっても知りませんからね」


「貴様! いう事はそれだけか! よくも…上級騎士だぞ! それを…」

「それを何? いきなり女を襲おう様な奴は報いを受けて当然じゃない。そいつもあの馬車に乗っていた士官の仲間入りをしただけじゃない」

「貴様が武装解除に応じないからだろう」

「そう言えば馬車に乗っていた騎士たちは何人死んだの。まだ生きているのはいる? ああ士官は生きているでしょうね」


「貴様、こんな事をして良心は痛まぬのか!」

「うーん…、あなた達がアルハズ州でやった事程度には心が痛むかな。でもゴキブリを駆除するのに一々嘆いてもいられ無いでしょう」

「セイラ様、そんな事よりさっさと行きましょう。朝食はライ麦パンとベーコンと卵を、それから夏野菜を沢山ソテーして下さいな。厨房が有れば材料だけ用意して頂ければ私がやりますから」


 私達を連れて行く騎士は六人から三人に減っていた。首を折った騎士を治癒術士の下に連れて行ったからだ。

 指揮官はどうにか気を張って先導しているが、後の二人は完全に腰が引けてしまっている。

 目の前で仲間の惨状を見ているのだから当然だろう。そう言えばルイーズに喉を突かれた騎士は右手で喉を押さえながらも付いて来ているな。


 どうせ牢にでも放り込むつもりなのだろう。ルイーズは水魔法が使えるので飲料水はどうにかなる。

 食事も睡眠も足りているが、一応私のポシェットには途中の差し入れのチーズとベーコンをタップリ押し込んでいる。

 どうせ牢に入れて兵糧攻めにでもするつもりだろうが、まあ二三日は余裕で耐えられるだろう。

 何よりこいつ等の作る錠前程度なら私の火魔法で破壊可能なのだけれど。

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